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『さいたま国際芸術祭2020』鑑賞メモ
2020年、今年は何もかもが想定外、さいたま国際芸術祭も開催までにいろいろとあったらしい。そんなことをゼミの同級生から聞いたような気がする。
チケットは完全予約制、こんな時期だからかあまりPRはされていなかったように思う。JR大宮駅に到着しても、そうした芸術祭をやっているのかというほどポスターや横断幕を見かけなかった。
メイン会場になる旧大宮区役所、横断幕かと思ったら壁画だった。これも作品のひとつ。
3年に一度の開催のトリエンナーレ、去年と一昨年に計画を重ねてきたものと思う。そうして開催の2020年になってのこの状況。横浜トリエンナーレもそうだけど、開催にこぎつけるまでには相当な苦労があったと想像する。
ゼミの同級生と一緒に観覧することにした。大抵一人で鑑賞することが多かったけれど、その場で意見交換できるゼミ同級生との鑑賞は刺激的だった。
篠田太郎の作品。ずっと落ちてくる砂、それが砂山を築いている様子は時間の経過を意識させる。福祉課のフロア全体に広がる砂山は、全て同じように見えて微妙な差がある。表の道路からの振動だろうか、やや崩れている山もあり、ここでも個性を思わせる。
この作品を見てマルクス・ガブリエルを連想した。
屋上の中庭には、川井昭夫のリュウゼツランのコレクションが作品として提示されている。テキーラの原料だ。会期中に花を咲かせたらしい。花を咲かせるのは数十年に一度、それが会期中だったというのが面白い。
地下一階まるごと使った梅田哲也の作品、グレゴール・シュナイダーを連想するが、それよりも楽しさがあったように思う。
3年間で8億円の予算だったらしい。それについて自虐的に見えるような主張をしている作品もあった。この数字、今年のコロナ禍にあって展覧会が中止、延期になっている状況、大手ギャラリーの関係者らしき人達がグループで訪れていた。その人達にアーティストが説明をしている。そうした声が聞こえてきた。
同級生は帰宅しないといけない時間、大宮駅まで戻る。途中で最果タヒの詩を見ていく。
一人で旧大宮図書館を見ていく。先ほどのギャラリー関係者と再開した。結構な人数だったのと、そこでの交流、こうした状況下では新たな出会いを行うのは難しいのでしょうね。オンラインで出会い、そこで信頼関係を築くことができる。そうした新しい関係性を築くことができるだろうか。
サテライト会場は、横浜トリエンナーレと共通するモノがあった。
人間の不在、自然、植物との二項対立。そうした単純な図式は誰しもがすぐに思いつく。その先を見てみたい。
今年のコロナ禍で削減されたCO2排出量は8.8%程度だったらしい。今後温室効果ガスの削減は7%の目標が掲げられている。コロナ禍の後は、地球温暖化との闘いが待っている。
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