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courtship

 あるところに、薄暗い部屋の隅に、壺が置いてあった。土間の中、窓からの光が、ちょうどすれすれに当たらない場所に。小綺麗な装飾が施された壺だが、寄って見てみると、その柄の、可愛らしいお花の金メッキが剥がれかけている。土の上に裸に置かれているからか、その足元は泥だらけだった。

 誰かが戸を開けたままにしておいたせいだ。大きな鷲が入ってきた。鋭い賢さが窺える眼球がぎろりと光り、立派な翼は土埃をたてる。部屋の中を、探偵のように、或いは強盗のように、隅々まで見渡している。
 すると、なんだか蠱惑的で昂ってしまうようなイイ香りに気がついた。

 壺には、葡萄酒が入っていた。たっぷりと、並々と、溢れんばかりに。暗いところに居るから、真黒に見えてしまうが、よぉく目を凝らすと、その紅さ、芳しさがよく判る。鷲は、とても賢いので、直ぐにそれを見抜いのだ。(なんと馥郁たるその魅力!そこらのスーパーで一千円ほどで買えてしまうものだろう!)すると、彼はそそくさと飛び立ってしまった。 

 暫くすると、鷲は戻ってきた。とっておきのプレゼントを携えて。輝かしい、宝石のような果実を咥えて。其れが周りに並べられると、壺は、まるでルーブル美術館にでも飾ってある、値打ちのある絵画のようだ。ただの少女に、真珠の髪飾りが贈られたのだ。鷲の気持ちが聞こえたならば、「よおし、晩餐の支度は整った。」だったろう。 
 鷲は、その大きな嘴を、壺に捩じ込んだ。入り口の小さな壺だから、無理矢理に、ガツガツと。ビチャビチャと、とても鷲の高潔さからは思いもしないような音を立てながら、壺の中身は消費されていく。嘴が、その中で暴れ、薄い壺の壁に傷をつけた。微かに入ったヒビから漏れ出す雫は、まるで、血涙のようだ。まだ半分と少ししか飲んでいないうちに、満足した鷲は、いつの間にやら何処かへ飛び去っていた。

 小さなヒビは、やがて広がり、翌朝には、割れてしまった壺と、溢れてしまった残りの葡萄酒があったそうな。

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