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いつの間にやら我慢

たった数年前のことだ。

人生の後半になって突如覚えた音楽ライブを鑑賞する楽しみ。

かつては滅多にライブやコンサートに行くことはなかった。

好きなミュージシャンのライブに行くには数千円とかそれ以上のチケット代が必要になるけれど、「だったらCD何枚も買えるじゃん!」というセコい考えがブレーキをかけた。

そして結局、コンサートにも行かなければCDも買わない、なんてことが常態だった。

贔屓のミュージシャンは皆有名。そりゃ有名ミュージシャンのチケットは高い。

音楽業界のチケット価格設定の仕組みは知らないけれど、会場が大きくて使用する設備も豪華になれば開催経費が膨らむのは自明の理。

サポートメンバーやスタッフの人件費やら、当然本人や所属事務所の利益やら、あっと言う間に巨額の資金の必要性が生じるのだろう。

直接的に携わったことはないけれど、嘗て仕事で会場使用料やギャランティの支払い事務に関わったことぐらいはあるから、何となくではあるけれど想像はつく。

かと言って、小さなライブハウスを拠点とするインディーズやメジャーデビュー間もないミュージシャンについても、時折CDの衝動買いぐらいはしたものの、チケット代が比較的安いからと言って会場に足を運ぶほど熱心にはならなかった。

金額を問わず大いにセコかったのだ。

言い方を変えれば、音楽は好きだけれどある意味冷めていたのだ。コスパを考えてしまっていた。

ライブの本当の価値も知らないままに。

もう少しだけ早く生まれていたら、もしかしたら違っていたかも知れない。

中学生の頃、当時人気のあったフォークソングを聴きまくり、ギターのコピーに励んだものだ。スリーフィンガーは必須だった。

とは言え、普通の、と言うより寧ろ真面目タイプの中学生が、渋谷や新宿のライブハウスに夜な夜な出没することなど全く有り得ないことだったし、考えもしなかった。

だいたいからして軍資金もなかったし。

もし、その頃既に社会人だったら、そうじゃないにしても自由にバイトできる学生だったら、人生のもっと早い段階でライブ通いを覚えていたかも知れない。

もし、If、たられば… 今更言っても仕方ないことだ。

結局、人生後半にだいぶ入り込んでから、生の音楽の楽しさや価値を知るに至った訳だ。

それから数年が過ぎた。

我ながら結構足繁く通った。寧ろ出不精の人間だった筈なのに。

恐ろしいので計算などしたことはないけれど、かつて夢中になったスキーに比べれば全然少ないにせよ、そこそこの金額を注ぎ込んで来た。

チケット代、飲食代、ファングッズ購入費。そして、決してそう近くもない所から通うのだから交通費が馬鹿にならなかった。

三千円のチケットでも、1回通えば倍以上かかる。多い月には二桁通っていた。要した軍資金は推して知るべしだ。

ここ最近になって、件の感染症の影響でライブやコンサートの中止、延期が相次いだ時期があった。

その時には、買っていたチケットが軒並み払い戻しになり、何か月かはライブ参加ゼロの日々が続いた。

関係者には申し訳ないけれど、繰り返し入金される払戻金で、何だか得したような気分にさえなってしまった。

そしてその後も、ゼロならずとも参加するのは月に1回か2回といった日々が続いた。

正直なところ、社会の動きがどうであろうと個人的には我慢する気はまるでなかっただけに、なんとなく我慢を強いられたような感覚になった。

実際、ある意味強いられていた訳だけれど。

社会全体が我慢しているのに呑気なものだ。いい歳して怒られるだろ普通。

ただ、結果として、払戻金どころかそもそもの出費が激減したのだから、皮肉にも懐具合は随分と良くなった。

ライブ以外の飲み会とかだって全くなくなり、経済的にも気分的にもかなり楽になった。

元々お付き合いの飲み会は嫌いなのだ。

そして、その状況に慣れてしまうと、いざライブが元通り開催可能になったとて、以前のように推しアーティストの告知があれば基本全て参加!という年甲斐のない行動が出来なくなっていた。

しかも、ここで仕事を辞めて緊縮財政で生活をリセットしようとしているところでもある。

強いられていた我慢から自発的な我慢へ、我慢の種類が切り替わった訳だ。

いや「切り替わった」ではなくて「切り替えた」のだな。

以前は、「定年後はもう気軽にライブなんて行けなくなるな」などと漠然と考えていた。

そして、マイルールを定めて参加するライブを制限しようとしていた。

でも挫けた。

やっぱ行きたいよ。聴きたいよ。音楽は生が一番だ。

全くもって年甲斐もない。

けれども、外的要因でライブに参加出来なくなったことが、図らずも自らの我慢スイッチをオンにした。

自発的には出来ず仕舞いだった我慢が、自然と出来るようになってしまったのだ。

心境の変化?いや、タイミングなのだろう。他人事のようで変だけれど。

2022年が明けた。今の仕事はあと3か月で辞める。

人生の再リセットのカウントダウンだ。

結局、1月のライブ参加は1件だけとなった。あとは配信ライブで満足している。

あと二か月、ライブやコンサート参加の予定は数本ある。これ以上増やすことはあまり考えていないし、開催情報はいくつも把握しているけれど予約は殆ど自粛している。

それぞれに理由を添えて。

さて、この我慢、本物かな?(やっぱ他人事か)