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喫茶○○でお待ちしてます

「私ね、全力で好きだった人とあの席で別れ話したの」
いたずら混じりのような、少し強がりにもとれる顔で彼女が話してきた。

「大好きで、私はどうしても離れたくなかったけど、彼の中で終わってることは分かってた。だから最後に会って話をしたの。それがこのお店。」

そう続ける彼女の声が切ない気がして、僕は自分の手を見ながら所在なく座っているしかできなかった。
「ここ、学生の時から時々来てて、好きなお店なの。静かだけどほどよく音楽とか話し声が良い雰囲気でしょ?別れ話ってなかなかちょうどいい場所ないじゃない。だから選んだんだけど、その日は私が座ってからなぜか他のお客さんが続々続いて。遅れてきた彼にも『意外だね、君が選ぶお店だからもっと静かにゆっくりできると思ってた』なんて言われちゃった。そういうこと言ってくる時点でもう終わってるんだなとも思ったけど。」

まるで昨日のことかのように話す彼女にはあの時の情景が鮮明に残ってるのだと感じた。
「今日はここに来て大丈夫だったの?」
遠慮がちに聞かれた質問に、彼女は少しいたずらっ子のような、泣きそうにも見える笑顔で「うん、いいの」
と答えた。
「このお店、ずっと好きだったんだけど。さすがにね、別れてしばらくは来れなかった。他にも思い出して泣きそうなところには行けなかったんだけどね、やっぱり好きな場所だから。」

自分が隣で彼女の傷を癒してあげられたらいいのに、声をかけられないことがもどかしかった。
「しばらくはずっと元に戻りたくてね、沢山泣いてたんだけど。それでも生きていかなきゃいけないじゃない?目の前のことに集中していくうちに時間も過ぎてね、少しずつね。コーヒーも、ここでの時間も味わえるようになったの。」

「思い出とお店への思い入れを分けられるようになったの。こうやって話せるようになったしね。とはいえ、3年近く経っても忘れられないんだけど。」
そう言って皮肉げに彼女は笑った。

心のどこかでは、あの時2人の恋が終わったことも、進んでいく時なことも、きっと彼女は分かっているんだろう。
それも分かった上で、自分が納得するまでは過ぎていく時間の責任を背負った上で彼との日々と今を行ったり来たりしているのかもしれない。

分かっているだろうから、何も声をかけられなかった。
その後も婚活相手のことや最近の仕事のことなど、彼女は沢山話してくれた。それなりに喜怒哀楽を感じながら忙しく過ごしているようで、あの時の壊れそうな泣き顔がないだけで僕は少し安心した。

ひとしきり話し終えて、「さて、そろそろ帰ろうか」と彼女が立ち上がる。

レジが終わったあとごちそうさまでしたと笑う彼女は3ヶ月前に来た時よりもまた大人びていた。きっと彼女ならすぐいい人が見つかるだろうに、女心に居座る『昔の恋人』ってやつはかなりの極悪人だ。

「またね」
と口パクで彼女は僕に笑った。

首の鈴をチリンと鳴らして返事をする。

「ありがとうございました。またのお越しを。」
無口なマスターも、お客が帰る時のこの一言だけは忘れない。

きっとまた思い出したかのようにふと来るんだろう。ここでの時間を味わいながらコーヒーを飲みながら、少しずつ進んでいくといい。

またのお越しを。


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⚫後書き

ここまで読んでくれた方、ありがとうございます。
自分の好きな喫茶店を舞台に「阪急電車」みたいな短編オムニバスが書きたくなって、手始めに自分の失恋を題材に書いてしまいました。

とはいえ、今回のは1話というよりワンシーン。こんな感じのを書いていきたいけど、ネタがあるかな。
まあ、そのままお蔵入りかもしれないし、もしかしたら私の代わりに書いてくれる人が現れるかもしれないという他力本願。

文章の練習をしながら、ブログやコラムっぽいのも書けるようになりたいな。
乞うご期待。(多分そんなに続かないから、ゆるりと。)

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