卒業論文(執筆途中)

概要

 本論文で提言するのは「京都市への交通特区の導入」だ。繁華街である河原町エリアや祇園、清水寺を囲むように御池通、烏丸通、四条通、東大路通を領域として仮想エリアを設定する。そしてエリアに関して、国内外で打ち出されてきた乗り入れ制限やロードプライシングなどの規制の導入に加え、シンガポールで実験の進む次世代のITS(高度道路交通システム)で道路課金システムの導入により、道路交通の改善と観光客の鉄道への移行の可能性を検討する。
 以上の提言を行った背景として、京都市の交通事情や地域住民、観光客の移動への不満が挙げられる。そこで文献調査とフィールドワークによる情報収集と考察を重ねた。京都市では、観光客の増加、道路事情の悪化、公共交通の値上げが相互に関連した問題と考えられている。古い街並みの特徴を持つ京都市では、狭い道路や不足する駐車場、増加する観光客向けタクシーがモビリティの問題を引き起こしている。これは地域住民にも影響し、市バスの遅延や混雑が住民に負担をかけている。さらに、新型コロナウイルスの影響で京都市交通局の財政状況も厳しい状況にある。
 具体的な公共交通の課題として、バスとタクシーの問題が挙げられる。京都市営バスと京都バスは観光客を運ぶ主要な事業者であり、特に205系統のバスは非常に混雑している。また、タクシー業界も減少する利用者数、高騰する燃料費、駅周辺の停車による道路混雑などの課題に直面している。また、京都市内の道路事情も問題で、交通が中京区と南区に集中しており、立体交差が不足しているため、交通渋滞が悪化している。新たなまちづくりが観光、地域住民、公共交通の調和を求める課題とされている。
 またドイツ、ハンブルクの事例では、自動車による道路混雑と、高架鉄道や西ドイツ連邦鉄道の競合が存在し、公共交通機関が一体となった政策が必要であることが明らかになった。運輸連合の設立前から、公共交通機関全体の連携が向上するべきであるとの考えが存在していた。運輸連合の意義として、統合によって効率化が達成され、利用者にもメリットがもたらされると述べられており、無駄な競争を解決し、利用者の減少を克服する手段として運輸連合が注目された。
 京都市の主要な問題は観光シーズンにおける道路渋滞とそれに伴うモビリティの低下だ。これを改善するために、公共交通への移行を促進する政策が必要で、そのために、ソフト面とハード面の両方を考慮した政策が効果的でだと考えられる。特に、京都市内の区画整理や道路拡張が難しいため、新たな税制の導入や仮想領域の活用といったソフト面の改善が必要だ。前者の提案は、タクシーや自動車に課税をかけることで、これにより、道路渋滞やオーバーツーリズムを抑制しつつ、財源を確保できる可能性がある。京都市の自動車の交通分担率は22%で、多くのドライバーがいるため、この課税から収益を得ることができる。後者は交通特区の導入だ。繁華街である河原町エリアや祇園、清水寺を囲むように御池通、烏丸通、四条通、東大路通を領域として仮想エリアを設定する。そしてエリアに関して、国内外で打ち出されてきた乗り入れ制限やロードプライシングなどの規制の導入に加え、シンガポールで実験の進む次世代のITS(高度道路交通システム)で道路課金システムの導入により、道路交通の改善と観光客の鉄道への移行の可能性を検討する。

Abstract

 What we propose in this paper is the "introduction of a special transportation zone in Kyoto City. A virtual area will be established around the downtown Kawaramachi area, Gion, and Kiyomizu Temple, with Oike, Karasuma, Shijo, and Higashioji Streets as its boundaries. In addition to the introduction of regulations such as transit restrictions and road pricing that have been proposed in Japan and overseas, the project will study the possibility of improving road traffic and shifting tourists to railroads by introducing a road charging system based on the next-generation Intelligent Transport System (ITS), which is being tested in Singapore.
 The background to the above recommendations is the traffic situation in Kyoto City and the dissatisfaction of local residents and tourists with their mobility. Therefore, information was collected and discussed through a literature review and fieldwork. In Kyoto City, the increase in tourists, deteriorating road conditions, and price increases for public transportation are considered to be interrelated problems. In Kyoto City, which is characterized by old streets, narrow roads, insufficient parking, and an increasing number of tourist cabs are causing mobility problems. This affects local residents as well, with delays and congestion on city buses putting a strain on residents. Furthermore, the financial situation of the Kyoto City Transportation Bureau is also in a difficult situation due to the new coronavirus.
 One specific public transportation issue is the problem of buses and cabs. Kyoto City buses and Kyoto Buses are the main carriers of tourists, and the 205 buses in particular are extremely crowded. The cab industry is also facing challenges such as declining ridership, skyrocketing fuel costs, and road congestion due to stops near train stations. Road conditions in Kyoto are also problematic, with traffic concentrated in the Nakagyo and Minami wards and a lack of multi-level crossings, which exacerbates traffic congestion. New urban development is seen as an issue that requires harmonization among tourism, local residents, and public transportation.
 In the case of Hamburg, Germany, the existence of road congestion caused by automobiles and the competition between elevated railroads and the West German Federal Railways also revealed the need for an integrated public transportation policy. Even before the Transportation Coalition was established, the idea existed that the coordination of the entire public transportation system should be improved. The significance of a transportation federation was stated as the efficiency gains that would be achieved through integration and the benefits to users, and the transportation federation was seen as a means to resolve wasteful competition and overcome declining ridership.
 A major problem in Kyoto City is road congestion during the tourist season and the resulting decline in mobility. To remedy this, policies to promote a shift to public transportation are needed, and policies that take into account both soft and hard aspects are considered effective in this regard. In particular, since rezoning and road expansion in Kyoto City is difficult, soft improvements such as the introduction of a new tax system and the use of virtual areas are needed. The former proposal is to impose a tax on cabs and automobiles, which could provide financial resources while curbing road congestion and overtourism. Kyoto City's automobile traffic sharing ratio is 22%, and with a large number of drivers, the city could generate revenue from this taxation. The latter is the introduction of a special traffic zone. A virtual area will be set up around the downtown Kawaramachi area, Gion, and Kiyomizu Temple, with Oike, Karasuma, Shijo, and Higashioji Dori as the areas. In addition to the introduction of regulations such as transit restrictions and road pricing that have been proposed in Japan and overseas, the project will also study the possibility of improving road traffic and shifting tourists to railroads by introducing a road charging system based on the next-generation Intelligent Transport System (ITS), which is being tested in Singapore.
 

序章
目的
 本研究の目的は2つ挙げられる。1つ目に京都市における自家用車の利用を減らし、公共交通へと人の流れをシフトさせること。それに派生した市営バスの運行の効率化や、京都市交通局の赤字財政の黒字化を目指す。2つ目に先端技術を導入した交通政策により、京都市の景観を壊さない形での自動車交通を目指す。

主張
 上記の目的を達成するにあたり「京都市への交通特区の導入」が有効だと考える。概要としては繁華街である河原町エリアや祇園、清水寺を囲むように御池通、烏丸通、四条通、東大路通を領域として仮想エリアを設定する。エリア設定の理由として、商業施設や飲食店、大規模な観光名所が集約されており人口密度が高い傾向にあること、人口密度が高いわりに京都市特有の細い路地や1車線道路によって人口の流動に制約を受けることなどが挙げられ、それ以外のエリアとは一線を画した交通対策が必要とされるためだ。そしてそのエリアに関して、国内外で打ち出されてきた乗り入れ制限やロードプライシングなどの規制の導入に加え、シンガポールで導入の進む次世代のERP(高度道路交通システム)による道路課金システムの導入により、道路交通の改善と観光客の鉄道への移行が実現すると考える。

理論・方法
 本研究を進めるにあたり基本とした理論は、藤井(2007)の提唱するモビリティ・マネジメントを参考とする。その中でも非言語的コミュニケーションには、料金引き下げや心理効果を利用し、自動車の利用者を公共交通へと呼び込むためのPull施策や、ロードプライシングや流入規制を利用し、自動車の利用者を公共交通へ押し出すPush施策が挙げられる。これらの考え方を土台として政策提言を進める。
 また研究方法として文献調査とフィールドワークの2つの軸を設定して研究を進める。文献調査では既存の交通システムから京都市の課題を解決するためにどのようなシステムを導入できるかを分析することや、国内外の地域の自動車抑制対策や混雑対策などの先行事例を収集することで、利用可能な政策を分析する。フィールドワークでは実際に京都市内のバス停や観光地を視察するほか、市営バスに乗車して京都市内の交通状況や課題点を洗い出す。

構成
1.はじめに
1.1.京都市の現状と課題
1.1.1.現状
1.1.2.課題
1.2.最新の取り組み
1.2.1.バス一日券の廃止
1.2.2.見える化
1.2.3.おもてなしコンシェルジュ
1.2.4.啓発活動
1.3.研究目的と社会的意義
2.先行研究
2.1.交通システムの研究
2.1.1.モビリティ・マネジメント
2.1.2.交通量調査の手法
2.1.3.観光ルート作成
2.2.日本での交通政策の事例
2.3.海外での交通政策の事例
2.3.1.乗り入れ制限
2.3.2.ウォンネルフ
2.3.3.オークション
2.3.4.交通税
2.4.先行研究の問題点
3.京都市におけるフィールドワーク
3.1.フィールドワークの検討
3.2.フィールドワークの実施と結果
3.2.1.バスの混雑状況
3.2.2.観光地の混雑状況
3.2.3.混雑エリア特定
3.2.4.データ集計
3.3.考察
4.先端技術の導入
4.1.次世代ERP
4.2.京都市への導入の検討と課題
4.2.1導入によって見込まれる効果
4.2.2.導入に立ちはだかる諸問題
5.終わりに
5.1.結論
5.2.謝辞

1.はじめに
 本章では本研究の前提となる背景や研究の目的について示したものである。
1.1. 京都市の現状と課題

1.1.1.現状
 近年、京都市では観光客の増加や道路事情の悪化、公共交通の値上げがしばしば話題となる。私はこれら3つがそれぞれ別の問題ではなく、相互に関連したものだと考えている。昔ながらの街並みの残る京都市では、道幅の狭い道路が数多く存在することや駐車場が少ないこと、観光客をターゲットにしたタクシーの増加もあり、モビリティの低さが指摘されている。その影響は観光客のみならず京都市に住む地域住民にとっても大きい。例えば地域住民の足にもなる市バスでは、道路混雑による遅延や満員による見送りが発生し、観光の負の側面が住民の大きな負担となっている。さらに現在の京都市交通局の財政状況は新型コロナウイルスの蔓延を皮切りに非常に厳しいものになっている。令和3年度は、新型コロナウイルス感染症により厳しい状況は継続、令和2年度、3年度の2年間で約280億円の減収見込み令和3年度も執行抑制を徹底しているものの、市バス・地下鉄事業ともに大幅な赤字となる見込みだ。京都市は今、観光と地域住民、そして公共交通の3つを相互に支えあう新たなまちづくりが求められている。

1.1.2.課題
 具体的な公共交通の課題として主にバス、タクシーの2つから挙げようと思う。まずバスについて、京都市の主な事業者としては上述した京都市が主体の京都市営バス、京阪バスを運営とする京都バスの2つとなっている。京都市が運営するバスであり、京都市全域、一部長岡京市や向日市にも走行している。観光客増加に伴う前乗り後降りの試験実施など進められているが、205系統を中心に非常に混雑している。また2020年度決算では48億円の赤字を計上した。またタクシーはエムケイ、ヤサカ、都タクシーが上位を占める。タクシーの役割について、国土交通省交通局は各地域の経済、社会、日常 生活を支える公共交通機関だという見解を出している。鉄道やバスと異なる点として機動性や移動の自由度があり、深夜も利用可能という柔軟性を挙げている。バスの課題として2018 年 12 月に実施した「市バス・地下鉄御利用状況調査」によると、「市バスに対してサービスの充実を望まれる集計結果」で、最も多い項目の「運行本数の増加」(29.4%)の次に多いのが、「車内混雑の緩和」で 26.8%となっており、アンケートに答えた利用者の4 分の 1 以上が、市バスの混雑に対して改善してほしいと考えている。一方で、タクシーの課題として業界全体の課題と京都市内での課題の2つに分けることができる。前者の課題について利用者の減少による収入の減少や燃料費の高騰、繁華街や鉄道駅周辺への停車による道路混雑、タクシーという業態上の競争性の低さと質の低い事業者が排除されない業界構造がある。また後者の京都市内特有の問題について京都市の道路事情が挙げられる。京都市の道路は全国的にも有名な碁盤の目であり、一見するとシームレスな移動が可能なように見える。しかしながらほかの大都市圏と異なって、京都市の心臓部である中京区や交通の要所である京都駅を擁する南区に交通が集中している。そういった現状があるにも関わらず、立体交差を利用した三次元的な道路構造は少なく、二次元的な道路構造中心であるため、これが交通渋滞に拍車をかけている。

1.2.最新の取り組み
 本項ではコロナ前の同月よりも観光客が増加し、オーバーツーリズムが声高に叫ばれる京都市において観光協会と京都市交通局の2団体がどのような政策で混雑緩和を目指しているのかに着目する。

1.2.1.バス一日券の廃止
 京都市は、市営地下鉄と市内を走るバスに1日に何度でも乗車できる「地下鉄・バス1日券」のバス車内での販売を10月から始めた。京都市では、観光地を経由する一部の路線バスが観光客で混雑することが課題となっていて、通勤・通学や通院で利用する地域住民の暮らしにも影響が出ている。そこで京都市は、観光客を中心に利用されていた、市内を走るバスに1日に何度でも乗車できる「バス1日券」の販売を9月末で終了し、バスだけでなく市営地下鉄でも利用できる「地下鉄・バス1日券」のバス車内での販売を今月から始めた。地下鉄の利用も促し、移動手段を分散させることで、混雑の解消を図ることを目的としたものだ。
 この取り組みの背景には京都市の地理的な問題が関係している。日本の他の大都市である大阪、横浜、東京、博多の特徴には観光地が集約されているか鉄道による大量輸送システムが整っているかどちらか一方あるいは両方のまちづくりが成功しているように思われる。一方で京都の地理は河原町エリアの繁華街を中心とした大規模な観光エリアが形成されているものの、人気観光地の多くはその観光エリアから外れた市内各地に点在している。さらに点在した人気観光地の多くは、鉄道では徒歩での移動が必要になるため、バスやタクシーなどの自動車交通に観光客が流れてしまう。以上の背景から、バス一日券を廃止し地下鉄利用のインセンティブを与えた本取り組みは少なからぬ改善をもたらすと考える。

1.2.2.見える化
 京都市ではカメラを利用したライブ映像や混雑度のグラフ化が進んでいる。1つに「京都観光快適度マップ」が挙げられる。これは、人気観光スポット周辺の時間帯別の観光快適度の予測やライブカメラ映像によるリアルタイム情報のほか、日中でも比較的空いている魅力的な観光スポットなど、混雑を避けた観光に役立つ情報を提供するものだ。2つ目に民間事業者等と連携した混雑緩和対策だ。JRとの連携により、JR山科駅等のサブゲートを活用した効率的なルートや手ぶら観光、「京都観光快適度マップ」による混雑状況、混雑予測等を発信するほか、「地下鉄・バス1日券」の臨時販売を行っている。さらに電車内デジタルサイネージを活用した推奨ルートの多言語発信や、新快速電車(東海道本線)車内放送による発信などが行われている。
 京都観光快適度マップは日本人観光客には利便性が高いと感じるものの、外国人観光客には利用されないと思われる。というのも連日の報道の影響で京都市民はもちろんのこと、京都観光を考える日本人にも混雑を避けたい心証が生まれていることが予想できるからだ。そういった日本観光客にとって京都観光快適度マップは大きなメリットをもたらすだろう。一方でそうした京都市の実情を知らぬまま訪日する外国人観光客にとっては、人気観光地を最優先で訪れたいと考えるのは想像に難くない。混雑しているからと言ってわざわざ目的地を変えてまで別の場所に訪れるかどうかは期待できないと考える。
 
1.2.3.おもてなしコンシェルジュ
 京都駅での期間限定案内所の開設や臨時手荷物預かり所の設置等の実証事業の効果を高めることを目的に、期間限定で「総合おもてなしコンシェルジュ」の配置が行われている。取り組み内容として、京都駅周辺を巡回し路線バスやタクシー、手荷物預かり所の混雑状況を把握。得られた情報は期間限定の案内所や臨時手荷物預かり所、既存の観光案内所、京都駅の公共交通機関関係者に共有され、旅行者に最適な移動経路の案内と手荷物預かり所の効率的な利用を促進する。また京都駅八条口で、京都駅から観光地等への最適な公共交通機関への案内を行うとともに、周辺の手荷物預かり所や実証事業で設置する臨時手荷物預かり所への誘導を行う。
 この取り組みはバスの混雑解消に一役買うと思われる。理由としてバスの混雑の原因の1つに外国人観光客のスーツケースの持ち込みがあるとされるからだ。大きなスーツケースはそれだけで人1人分を占有してしまい、バスの乗車人数を減らしてしまう。バスの発着場として非常に人の出入りが多い京都駅で、荷物を預かるこういったサービスの導入はバスの乗車の効率化に寄与すると思われる。

1.2.4.啓発活動
 京都観光の課題として観光客のマナーの悪化が挙げられる。そこで京都市や観光協会が取り組んでいるのが広告を利用した啓発活動だ。11月17日から観光協会が実施しているのは、YouTube 広告及びWEB 広告を活用した京都観光に関心のある方への「旅マエ」啓発だ。市内に滞在する観光客等を対象とした「旅ナカ」啓発を行っている。また観光案内所にパンフレットを設置しており、外国人観光客に人気のある京都観光マップに京都観光モラルやマナーに関する啓発を掲載している。さらに交通広告を利用した啓発活動として市バス・地下鉄の車内広告等を活用し、京都観光中の観光客等を対象とした「旅ナカ」啓発を実施している。
 観光客のマナーが悪化している問題は京都のみならず深刻な問題となりつつある。京都市の観光名所の1つ、嵐山でもこの問題は発生している。ある報道では嵐山の商店街で、竹のかごを店頭販売している店の商品にゴミが入れられることがしばしば起きているとのことだった。また横断歩道以外の場所での危険な横断も報道されており、古き良き京都観光の維持のためにも対策が急がれていた。そうした中でのマナー啓発の取り組みは重要なカギを握っていると思われる。


1.3.研究目的と社会的意義
 慢性的な道路混雑に由来するモビリティの課題に焦点を当て、京都市のモビリティを確保し、現地住民にとっても観光客にとっても快適な移動のできる、京都のまちづくりの提案を目的とする。
 本研究の社会的意義は豊富な観光資源と適切な公共交通を組み合わせたシームレスな移動で、行政や観光地などの各アクターの利潤の拡大が期待できることにある。また観光シーズンを中心とする交通渋滞を緩和し、渋滞によって発生していた機会損失の改善が期待できる。日本国内だけでも年間数兆円とも言われる渋滞による損失を、京都の特性に沿った解決法を模索する。

2.先行研究
 本章では持続可能なモビリティの実現のために国内外ではどのような取り組みが策定され、実行に移されているかを考察する。そのうえで既存の事例が京都市の交通を改善しうる可能性を模索していく。

2.1.交通システムの研究
 まず新たな政策を提言するうえで必要となる既存の交通システムについて理解を深める必要がある。本項では交通学や都市マネジメントについての基礎に言及した文献について考察を深める。

2.1.1.モビリティ・マネジメント
 先行研究についてまず初めにモビリティ・マネジメントの方法についてまとめていきたい。藤井(2007)によるとモビリティ・マネジメント(以下MM)の定義には、『ひとり一人の移動(モビリティ)が、個人的にも社会的にも望ましい方向へ自発的に変化することを促すコミュニケーションを中心とした交通政策』だとされている。MMには多様な政策があり、自発的な行動変容を促す基本的方法として言語的コミュニケーションが主に挙げられる。また個人や集団の意識づけに言語的コミュニケーションが用いられる一方で、それらの効果を補足し、より高めるための非言語的コミュニケーションも存在する。非言語的コミュニケーションには、料金引き下げや心理効果を利用し、自動車の利用者を公共交通へと呼び込むためのPull施策や、ロードプライシングや流入規制を利用し、自動車の利用者を公共交通へ押し出すPush施策が挙げられる。以下の先行研究や政策提案についてはMMを利用した取り組みを土台にする。

2.1.2.交通量調査の手法
 次はMMにおいて実際に必要になる交通量調査に関連した先行研究を見ていきたい。山本、北村ら()は自動車交通量と歩行者交通量の関係性を、実際の交通量調査とともに研究している。本研究では自動車の交通量の減少が歩行者や自転車の交通を増加させ、街の賑わいへとつながっていくとする前提をもとに、自動車の流入を制限することがどのような効果をもつのかを考察することを目的としている。調査の概要としては図-1に示した範囲の道路を平日と休日に分けて、時間設定をしながら歩行者交通量や自転車交通量、通過自動車台数や駐車台数を観測した。本論文における定量的なデータの求め方としての構造方程式モデルをLISRELによって推定している。これは細街路区間の道路要因、沿道商店街数、休日ダミー変数を外生変数とし、自動車交通量が自動車来訪数や歩行者などに及ぼす影響を特定するものである。調査結果としては自動車交通量の多いところでは歩行者交通量が少なく、自動車交通量の少ないところでは逆の結果が出た。また自動車交通量が100台減少することにより歩行者交通量が50人増加するという関係が示された。一方で今回の調査方法について正確性の不安が見られたことから、筆者らは一般的な目的で計測されたプローブカーデータに着目してその適用可能性を検討している。本論文でのプローブカーデータとは名古屋において実施されたInternetITSプロジェクトで収集されたデータであり、タクシーにGPSを取り付けることによって車両の挙動のデータ収集を行うものだ。その結果から12時台に交通量の減少が見られることが分かった。しかしながら本ケースはタクシーの細街路交通量を示すもので、決して全車両の交通量を示すものではないことに注意したい。

2.1.3.観光ルート作成
 次に紹介するのは京都市内を対象とし、可能な限りスムーズな移動を実現するための観光ルート作成の研究だ。新妻ら()はまず、従来のTSPによるルート作成の問題点を指摘している。TSPとは旅行者の興味や満足度をスコアとして表した、関数を最大化する観光ルートの作成手段の1つとして用いられる。しかしこれによって定式化したルートは不適切であったり、一筆書きにならなかったりする。そこで本研究ではTSPによる観光ルート作成時のエラーを、制約を用いることで最適化することを目標としている。まず満足度や関心をデータ化するための情報収集に知恵袋のカテゴリ数を用いている。従来のツイッターなどのSNSを用いた方法は、得られる観光スポットの数が少ないことがあり、今回の方法が取られた。従来の計算では途中の目的地に到着後、そこから出発するルートが構築されないことや、同じ目的地をループしてしまうことが問題となっていた。そこで計算式に重複を減らす関数を導入することでこれを解決した。

2.2.日本での交通政策の事例
 次に本項では日本国内で検討、導入された交通政策について考察を深め、成功に至った背景や経緯、失敗した原因などを分析する。

2.2.1.

2.2.2.

2.3.海外での交通政策の事例
 次に本項では海外において検討、導入された交通政策について考察を深め、成功に至った背景や経緯、失敗した原因などを分析する。

2.3.1.乗り入れ制限
 次の研究では海外で実施されたMMのPush施策の例を紹介する。自動車を原因に低下した市内のモビリティの向上のために、脱車社会に向けた取り組みが重要だと考える。堀内(2006)によるとチューリッヒでは大火災や戦災から免れた過去があり、中世以来の街並みが残ったゆえに道路の拡大が厳しい問題に直面していた。道路の混雑に歯止めのかからなくなった同市では1987年に公共交通の空間確保、生活道路への自動車乗り入れ制限、中心市街地での駐車場の削減などを行い、センサーなどの公共交通への綿密なサポートも導入された。その結果公共交通の占める割合が欧州の同規模の都市と比較して約2倍となった。またチューリッヒでは「パークアンドライド」と呼ばれる公共交通機関までの移動だけを自家用車で行う取り組みも導入されており、センサーなどによる公共交通の運用と合わせて脱車社会への取り組みが行われている。

2.3.2.ウォンネルフ
 次に温室効果ガス削減のため、様々な交通対策を進めるオランダを取り上げたい。オランダのアムステルダム市は、2020年以降、ディーゼル車の市内走行を段階的に制限し、2030年以降はガソリン車の市内乗り入れを全面的に禁止する計画を公表している。この政策は、ディーゼル車から排出される窒素酸化物や粒子状物質、二酸化炭素による大気汚染の抑制にも繋がると主張する。そうしたオランダの例では、政府が自転車利用に対するインセンティブを与え、自動車から自転車へシフトさせるMMにおけるPull施策を採用している。オランダで「ウォンネルフ」と呼ばれるこの取り組みは、「住宅エリアと交通網を可能な限り切り離して考えるべきだ」という考えのもと、都市の規模を自動車や鉄道に頼らずに完結できることを目標とした。これにより都市を通過する交通流入を物理的に抑制し、自転車交通が優先されるようになっている。また兒山(2014)はオランダの対策としてロードプライシングも挙げている。オランダは自転車の大規模な利用促進により、国からの自動車以外の交通利用の促進が活発だ。またオランダは自動車のロードプライシングを国レベルで導入しようとした。1960年代以降、国内の走行距離は10倍へと飛躍し、2020年にはさらに40%の増加が見込まれた。そこで2007年末国レベルで対距離課金のロードプライシング導入を決めた。その代わりに自動車登録税と保有税の撤廃を決定し、より環境持続性に焦点を当てた政策となっていた。しかしながらこれらの計画は政権交代とともに中止されることになった。具体的な計画は「キロメータープライス」と呼ばれる全土にわたり自動車に対距離課金を求めるものだ。GPS装置がすべての車両に搭載され、走行距離、走行時間、移動が記録される。そのデータから月ごとに請求書が送られるものとなっている。政府の予測では2020年時点で走行距離が減少し、混雑が半減。燃料課税強化よりも経済にポジティブな影響を与えるとした。

2.3.3.オークション
 兒山(2014)はオランダのほかにも上海、シンガポールの政策を挙げている。上海、シンガポールが実施したのが自動車の走行権利のオークションだ。両都市では2000年代初頭の10年で自動車の保有台数が100倍を超えており、交通システムの整備と保有台数の制限が急務であった。そこで導入されたのがオークションで、政府にとって自動車の台数管理が容易でありオークションの登録費や落札による収入をインフラへの投資に回すことができた。ほかの都市からの無秩序な流入を防ぐために通行証制度を設けており、政府がかなり正確に管理できる体制が整っている。

2.3.4.交通税
 ほかにも氏岡ら(1995)によると、フランスで運用されている「交通税」の導入が公共交通の財源負担に有用であるとしている。交通税とは大気汚染を軽減し公共交通の利用を促進するためにフランスで生まれた税制で、従業員11人以上の企業に課されフランスの公共交通の大きな財源になっている。交通税は自動車などが増えるほど税収が上がり、その税収は公共交通の財源として利用できるため日本の自動車増加や公共交通の衰退を軽減できる。



2.4. 先行研究の問題点
 本項では上記で分析した先行研究について、着眼点の不十分な点や京都市の特徴と照らし合わせた際にどの観点が深掘りできるのかを考察する。

⇒11月上旬

3.京都市におけるフィールドワーク
 本章から得られた結果として以下3点挙げられる。近距離に電車がある観光地とそうでない観光地では、バス停の待ち人数に大きな違いが生まれる傾向にあるということ。一車線道路のみの観光地の場合、バスを中心とするか鉄道への徒歩異動を促す政策が必要になること。路上駐車問題の改善の必要性だ。そうした考察の背景や過程について次項から言及を進める。

3.1.フィールドワークの検討
 京都市の現状と課題で述べた通り現在の京都市の公共交通は大きな問題を抱えている。京都市交通局の赤字財政も大きな問題の一つであるが、より観光客や地域住民にとって課題となっているのが、市営バスの一部路線の混雑具合だ。紅葉シーズンを迎えた10月以降、特に乗客が密集するのが京都駅と金閣寺や清水寺などの観光地を結ぶ路線だ。また清水寺周辺のバス停と通る路線の混雑も地元住民や報道機関によって取り上げられることも多くなってきた。こういったバスの混雑状況と、その原因について調査をすべく調査項目を検討する。
 調査を予定するのは土曜日の午後2時から4時で、最も観光客が多い時間帯をピックアップする。調査項目は電車のアクセス、バス停の待ち人数、周辺道路の3つに設定し、場所は人気観光地から北野天満宮、金閣寺、清水寺、二条城を選んだ。回数は2回を予定し、通常の時期と観光客から人気のある紅葉シーズンで計測を行う。

3.2.フィールドワークの実施と結果
 一度目の実施は10月21日土曜日に行った。実施理由としては夏季休暇と紅葉シーズンの中間に位置し、比較的安定した観光客数が見込めると考えたからだ。二度目の実施は11月18日土曜日に行った。こちらの実施理由は紅葉シーズン真っ盛りであり、各報道機関でも紅葉シーズンによる観光客の増加が取りざたされていたからだ。以降の項ではバスの混雑状況、観光地の混雑状況、データ集計の3つの項目に分けて述べる。そしてそれらのデータをもとに京都市における交通の問題について考察を深める。
 上記調査に並行して、主要な通りの歩道・車道の混雑状況の調査にも取り組んだ。目的として主張で取り上げた御池通、烏丸通、四条通、東大路通を取り囲んだエリア設定が、適切なものであるのかの裏付けが挙げられる。調査方法として自家用車を利用して、10km当たりの移動にかかる時間を計測し1km進むのにかかる時間を割り出す。また徒歩でも1km移動し100m当たりの歩行者人数を割り出す。対象とした大通りは縦を走る河原町通、堀川通、千本通、東大路通、烏丸通、横を走る御池通、四条通、北大路通、今出川通、七条通だ。2回の調査の平均結果からエリア設定が正しいものであるのかを検証する。

3.2.1.バスの混雑状況
 バスの混雑状況については実際に停留所に赴き停留所の待機人数を計測するとともに、バスに追走する形で周辺の交通の流れを計測した。
 一度目の調査では北野天満宮前には13人の待ち人数、交通は30~50km/hで巡行することが可能であった。金閣寺道には40人の待ち人数、交通は同様に30~50km/hで巡行することが可能であった。清水寺の清水道には15人の待ち人数、交通は先述した2つとは打って変わって10~20km/hとなった。最後の二条城前は待ち人数が2人、交通は20~40km/hとなった。
 二度目の調査では北野天満宮前には18人の待ち人数、交通は30~50km/hで巡行することが可能であった。金閣寺道には50人の待ち人数、交通は同様に30~50km/hで巡行することが可能であった。清水寺の清水道には40人の待ち人数、交通は10~15km/hとなった。最後の二条城前は待ち人数が5人、交通は20~30km/hとなった。

3.2.2.観光地の混雑状況
 次は実際に観光地周辺を視察し混雑状況を観察することで、徒歩で移動する際に生じる問題点を明らかにする。客観的なデータの収集に関しては、京都市観光協会の「京都観光快適度マップ」を参考にした。「京都観光快適度マップ」は、人気観光スポット周辺の時間帯別の観光快適度の予測や、ライブカメラ映像によるリアルタイム情報を提供しているもので、客観的な混雑度の収集が可能となっている。
 一度目の調査では北野天満宮、二条城は特に混雑や人の流れに困らずに移動が可能であった。実際に京都観光快適度マップでも5段階中、下から2段階目の混雑度が記録されている。一方で金閣寺、清水寺に関しては先ほどの2つよりも人口密度が高く、京都観光快適度マップでも下から3段階目と4段階目が記録されていた。
 二度目の調査では一度目の調査と異なり北野天満宮、二条城は観光客が急増し、移動の際に人の流れに乗ることに多少の困難が生じた。実際に京都観光快適度マップでも5段階中、5段階目の最大の混雑度が記録されている。一方で金閣寺、清水寺に関しては先ほどの2つよりもさらに人口密度が高く、移動に前回の倍の時間を要するほどの混雑ぶりであった。実際に京都観光快適度マップでも5段階目が記録されていた。

3.2.3.混雑エリア特定
 大通りを調査し自家用車と徒歩で調査項目を検証した結果が以下のようになった。まず自家用車を用いた調査項目について、1km進むのに縦の通りでは東大路通が最長の4分20秒、次に河原町通で3分45秒、次に堀川通で3分30秒という結果となった。横の通りでは四条通で4分5秒、七条通で3分40秒、今出川通で3分という結果となった。次に徒歩による調査について、100m当たりの平均は縦の通りでは河原町通で50人、烏丸通で45人、東大路通で38人となった。横の通りでは四条通で43人、御池通で36人となった。調査結果から車の通りと人の通りで大きく異なった点として、七条通の車通りが挙げられる。七条通の大きな特徴として京都駅にほど近い場所を通過するため、ビジネスやバスなどの自家用車以外も多く通ることが挙げられ、それが今回の結果につながったと予想される。

3.2.4.データ集計

3.3.考察
 本項ではフィールドワークの実施によって得たデータと交通状況から、課題となっている道路渋滞や市バスの混雑などの原因を考察する。
 筆者はフィールドワークの実施から以下の3点の考察を述べる。1つ目は近距離に電車がある観光地とそうでない観光地では、バス停の待ち人数に大きな違いが生まれる傾向にあるということだ。北野天満宮と二条城は両者とも京福電鉄と市営地下鉄という、市バスよりも比較的乗車人数のキャパシティの多い鉄道の駅が徒歩10分以内に存在する。そのため観光客の移動が分散される。一方で金閣寺や清水寺はどちらも鉄道の駅へのアクセスが20分ほどかかるため、バスへ観光客が集中することになっていると考える。
 2つ目に一車線道路のみの観光地の場合、バスを中心とするか鉄道への徒歩異動を促す政策が必要になることだ。人気観光地の中でも特に人通りの多い清水寺正面は、東大路通という交通量の多い道路で清水寺周辺の大部分が一車線道路となっている。そのため数10m進むのにも非常に時間がかかり市バスの運行にもしばしば支障が生じている。そこで、大人数の効率的なバス利用のために休日に限るなどした道路交通の制限を導入したバス優先の政策が有効だと考える。また観光客側への対策として、乗車や待機の混雑を抑制するために割引などのインセンティブを設けて鉄道への人員の移行を促す政策が有効だと考える。
 3つ目に路上駐車問題の改善の必要性だ。いわゆる河原町エリアの河原町通や祇園の三条通などは通行量が多いにも関わらず、多くの路上駐車が存在する。これはこれまでにも報道されてきたことであるが、今回のフィールドワークで改めて問題であることを認識した。

4.先端技術の導入 
 本章では今後の自動車交通をコントロールし、特に市街地や人口密集地において混雑を解消するための最も重要なカギだと考える「次世代ERP」について分析する。大規模な建設を必要とせずに導入を進められる三菱重工の技術で、受益者負担を達成しつつ混雑解消を実現している。

4.1.次世代ERP
 筆者が特に着目する技術として三菱重工の提供する「次世代ERP」がある。シンガポールで先行導入されているこの技術は、交通の諸問題を改善するうえで現在最も研究の進む技術だ。そもそもERPとはElectronic(電子的な)Road(道路)Pricing(課金)の略称であり、日本ではETCという名前で高速道路のような有料道路の料金支払いに使われるシステムの名称である。この技術がシンガポールに導入されるきっかけとなったのは、同国都市部の交通渋滞が起因している。シンガポールは、1975年にALS(Area License Scheme)として知られる道路課金制度を導入している。このシステムでは、ラッシュ時に市内中心部を走行する際に事前に支払いを行い、それを証明するステッカーをフロントウインドーに貼る必要があった。取締官が目視でチェックし違反があれば取り締まる方式で、大きな労力を必要とした。そこで1992年に道路と自動車間の通信を使用して自動的にチェックするシステムの開発が始まり、大がかりなガントリー(門)上に設置した通信機と車載器との間での課金情報の認証を行うシステムが三菱重工により導入された。これがERP(Electronic Road Pricing)として知られ、世界初の電子道路課金システムとして導入され、15年以上にわたり安定した運用を続けている。
 そんなシンガポールで新たに導入が始まったのが「次世代ERP」というものだ。先述した既存のERP(以降、旧ERPとする)で課題となっていたのが物理的なガントリーの設置と機能の限界であった。前者についてガントリーは道路の大型看板のような形での設置が必要で大きなコストがかかり、後者について大規模な無線通信による課金システムにも関わらず、ガントリーと車載器の双方向通信に限られた使い方しかできなかった。そんな中シンガポールでは2010年ごろからより多機能の課金システムについての話が浮上し、ガントリーを通過した時に認証するのではなく、各自動車の位置を把握し、より細かい課金や駐車場の料金収受に利用できるシステムの構築が求められた。これに対応するため、GPSのような衛星航法システム(GNSS)と高度な広域通信システムの導入が検討された。技術的なポイントとしては、GNSSの位置精度向上と通信の高機能化が挙げられ、特にシンガポールの高層ビルが位置検知に影響を与えるため、補正システムや日本の準天頂衛星の活用が行われた。ERPの導入で渋滞時の車両数が最大20%削減となっている。そして次世代ERPによって得られた利点として主に4点挙げられる。1点目は物理的なガントリーの設置から衛星通信を利用した仮想ガントリーによって、都市の景観や建築物に影響を及ぼさない形での渋滞解消を可能にする。2点目に課金額は車種・場所・曜日・時間帯等により柔軟な対応が可能であり、自動車から得られたデータを集積しビッグデータによる最適なナビゲーションを可能とする。3点目に駐車場などにおけるシステムの流用を可能にする点で、既存の発券機と現金による管理からシームレスで利便性の高い駐車管理を可能にしている。4点目は不正通行車に対してはガントリー上部のカメラでナンバープレートを撮影して利用者を特定し、後日罰金を科すことで不正交通の取締りと制御をはかることを可能にする。

4.2.京都市への導入の検討と課題
 本章では先述した先端技術について京都市に導入する場合の効果的な面と問題点を考察する。

4.2.1.導入によって見込まれる効果
 まず1項で触れた「次世代ERP」について、京都市に同システムを導入することは非常に大きな効果を生むことが想定できる。理由としてシンガポールと日本、ひいては京都市との国土的、経済的類似性が挙げられる。例えば急激な経済成長による交通渋滞や、少数の都市部に人口が集中していることがある。つまり東京23区ほどの大きさのシンガポールと日本の1都市の京都は共通の政策が利用できる可能性があると考えられる。特に恩恵の大きい特徴として高速道路にみられるETCゲートのような、物理的な建築物の設置を必要としないことが挙げられる。京都市の問題点としてしばしば取り上げられる碁盤の目状の細い道路や建築物の高さ制限といった問題をクリアできると考える。また技術的課題に関してはすでに導入されたシンガポールでのデータの活用やETCで利用されている道路課金システムの流用が可能であり、大きな問題だとは考えにくい。

4.2.2.導入に立ちはだかる諸問題
 まず「次世代ERP」を京都市に導入するうえで課題となるのがコスト、場所、車載器、法令が挙げられる。まずコストに関して、旧ERPのような物理的なガントリーとは異なり、日本の準天頂衛星や位置情報補正システムを活用し、衛星と自動車の車載器による通信で道路課金が可能となる。そのためコストとして考えられるのは三菱重工に対するシステムの導入費用のみで建築物のコストは必要のないものと考えられる。三菱重工からはERPの開発費用は公表されていないものの、旧ERPの看板に記載してある文字から通行に2シンガポールドル(現在の為替レートで220円)との情報と、道路新産業開発機構による2012年時点での都市部への日平均流入量が29万台とのことから、概算で1日58万シンガポールドル(現在の為替レートで6431万円)を回収している計算となる。またシンガポール日本人会によると年間で20億シンガポールドルを上回ると言われている。もちろん混雑する時間帯への課金であるため実際の数値は大きく減少すると考えられるが、それでも1日数百万円から数千万円の回収が見込めるだろう。これにより受益者負担の原則が適応され、道路や交通にかかわる行政の負担を利用者に転嫁できる。次に仮想ガントリーを設定する場所をどこにするのかという問題が挙げられる。
⇒11月下旬
5.終わりに
 本章では本論文の総括と京都市への最終的な提言を行う。

5.1.結論
 
5.1.1.本研究の要約
 この論文の目的は、京都市での自家用車の利用を減少させ、公共交通機関への移行を促進することにより、市営バスの効率化や京都市交通局の財政改善を図ることと、先端技術を活用した交通政策によって自動車交通を景観を損なわない形で制御することだ。そのために「京都市への交通特区の導入」がこれらの目的を達成するために有効である。具体的には、河原町エリアや祇園、清水寺周辺に仮想エリアを設定し、他のエリアとは異なる交通対策が必要だ。この特定エリアにおいて、国内外の先例にならって乗り入れ制限やロードプライシング、シンガポールで進むERPによる道路課金システムの導入を提案し、道路交通の改善と観光客の公共交通への移行を期待する。
 研究の理論的な基盤は、藤井(2007)のモビリティ・マネジメントで、特に非言語的コミュニケーションを利用して自動車利用者を公共交通へ誘導するPull施策や、ロードプライシングや流入規制を活用して自動車利用者を公共交通に押し出すPush施策を取り上げた。研究方法には文献調査とフィールドワークを組み合わせた。文献調査では、既存の交通システムや他の地域の成功事例から政策提案を導き出し、フィールドワークでは現地の状況や課題を具体的に把握するために、バス停や観光地を訪れ、市営バスに乗車して状況を観察した。
 先行研究では交通システムや国内外の事例について紹介した。交通量調査の手法については、自動車交通量と歩行者交通量の関係性を研究した先行研究を紹介。特に、自動車の流入を制限することが歩行者や自転車の交通増加につながり、都市の賑わいに寄与する可能性があるとの前提を述べ、構造方程式モデルを用いた調査結果を報告している。さらに、観光ルート作成の研究においては、TSP(巡回セールスマン問題)によるルート作成の問題点を指摘し、制約を導入して最適化を目指すアプローチを紹介。観光者の満足度や関心をデータ化するための情報収集方法や制約の導入によるエラー解決が述べられた。スイスのチューリッヒでは、市内のモビリティ向上のために1987年から公共交通の空間確保や自動車乗り入れ制限、駐車場の削減などを実施。これにより公共交通の利用が欧州の同規模都市と比較して約2倍に増加した。さらに、「パークアンドライド」取り組みも導入され、自動車から公共交通へのシフトが進む。オランダのアムステルダム市は、ディーゼル車の制限や2030年以降のガソリン車の禁止などを計画し、温室効果ガス削減に重点を置いている。オランダでは自転車利用に対するインセンティブがあり、自動車から自転車へのシフトを促進する政策が取られている。また、自動車のロードプライシング導入も検討されていたが、政権交代に伴い中止された。上海とシンガポールでは、自動車の保有台数の急増に対処するために自動車の走行権利をオークションで管理。政府が台数を管理し、オークションの収入をインフラへの投資に回すことが容易である。通行証制度も導入され、流入を抑制して政府の管理を効果的に行っている。フランスでは大気汚染軽減と公共交通促進のために「交通税」が導入され、企業に課されている。自動車の増加に伴い税収が上がり、その収入が公共交通の財源として活用されている。この制度は、自動車増加や公共交通の衰退を軽減するための有益な財源とされている。
 次に京都市におけるフィールドワークから得られた結果を以下の3点にまとめる。第一に、電車があるかないかで観光地ごとに異なる待ち人数の違いがあり、観光地の交通政策において重要な視点となること。第二に、一車線道路のみの観光地では、政策が必要であり、特に路上駐車問題の改善が求められることであった。また混雑エリア調査として大通りの調査では、自家用車および徒歩での通行時間および歩行者数を収集。七条通の自家用車通りが特に多く、通行時間が他の通りと異なることが明らかになった。
 筆者が特に注目した技術は、三菱重工の提供する「次世代ERP」である。これはシンガポールで導入されており、旧ERPの課題を解消するために開発されたものである。旧ERPでは物理的なガントリーの設置や機能の限界があったが、次世代ERPではGPSなどの衛星航法システム(GNSS)と高度な広域通信システムを活用し、より多機能かつ柔軟な課金システムが構築されている。「次世代ERP」を京都市に導入することで、シンガポールとの国土的、経済的な類似性を考慮し、大きな効果が期待される。特に、京都市の細い道路や建築物の高さ制限などの課題を克服できる点が挙げられ、物理的な建築物の設置が不要なため、コスト面でも優れている。一方で、導入にはコスト、場所の選定、車載器の導入、法令の適合が課題となる。コストに関しては、物理的なガントリーが不要なため、三菱重工に対するシステムの導入費用が主なコストとなる。場所の選定には仮想ガントリーをどこに設定するかが課題であり、適切な位置の特定が求められる。車載器の導入も必要であり、これに関連する技術的な課題も考慮する必要がある。法令の適合についても、新たな交通制度の導入には法的な課題が伴う可能性があり、慎重な検討が必要である。

5.1.2.提言
 本研究を踏まえて提案するのが「京都市内における交通特区の導入」だ。背景として挙げられるのは、本研究の1.1.1.現状や1.1.2.課題で言及した京都市交通局の赤字財政や観光客のコロナ禍前を超える増加、3.京都市におけるフィールドワークで言及した車線数の少なさや路上駐車、アクセスの悪い観光地への観光客の集中を挙げた。そしてそういった課題を解決するための手段として提案するのが交通特区である。想定エリアは繁華街である河原町エリアや祇園、清水寺を囲むように御池通、烏丸通、四条通、東大路通を領域として設定する。このエリア設定の理由として3.2.3.混雑エリア特定の項を挙げる。まずエリアを囲む四方の大通りの自動車交通が京都市では多いこと、また大通りを移動する歩行者の数も市内では顕著に多いことが予想される。大通りだけでなく、エリア内部には一方通行の細い路地が集中しており、歩行者と自動車交通の両面で混雑している。東大路通沿いに京都最大の観光地である清水寺を擁していることのほかに、寺社仏閣以外の観光地で繁華街としての機能も持ち合わせる新京極商店街があることも大きい。そしてエリア内部で効果が期待される取り組みとして挙げるのが、2.3.1.乗り入れ制限と2.3.4.交通税、4.1.次世代ERPである。まず乗り入れ制限を実施するのはエリア内部の細街路で、錦市場を代表として観光客の通行量が多いこのエリアを歩行者天国として地域住民以外の自動車の乗り入れを制限する。この取り組みで期待できる効果として歩行者の安全面の確保や、地域住民の生活利便性の向上が挙げられる。次に交通税や次世代ERPについては、三菱重工によるシンガポールの取り組みをほとんどそのまま流用する形での導入が可能だと考える。目的としてはMMにおけるPush政策の考え方を応用し、道路課金によって公共交通以外の自動車交通を制限し交通の流動性を上げることだ。シンガポールの導入事例をそのまま京都市に導入することは未知数な部分が多いものの、成功した場合に京都市にとって非常に大きなメリットがあると考える。メリットとして特に大きなものは莫大な収入で、シンガポールの例では概算で1日58万シンガポールドル(現在の為替レートで6431万円)を回収している計算となる。またシンガポール日本人会によると年間で20億シンガポールドルを上回ると言われている。もちろん混雑する時間帯への課金であるため実際の数値は大きく減少すると考えられるが、それでも1日数百万円から数千万円の回収が見込めるだろう。赤字財政の京都市交通局にとって一転して大きな財源となる可能性を秘めている。またほかのメリットとして挙げられるのが物理的なゲートや料金所を設ける必要がないことだ。日本で現在導入されているETCゲートや、シンガポールで以前導入されていた旧ERPは専用の道路と自動車の通行確認用の料金所やバー、門が必要であった。しかし衛星通信による仮想エリア設定は不要な建築物にコストやスペースを割かずとも、通行する車両への道路課金を可能にする。

5.2.謝辞
 卒業論文を完成させるにあたり、多くの方々にご支援いただきました。この場を借りて感謝の意を表明させていただきます。
 まず第一に、指導教員である上久保先生に深く感謝申し上げます。〇〇先生の用意してくださった空間と本当に困ったときのアドバイザーとして、論文の方向性を明確にし、深化させることができました。また、貴重なご意見とアドバイスは、私の成長に大きな影響を与えました。続いて、上久保ゼミの皆様に感謝の意を表します。ゼミの雰囲気と協力の中で、有益なディスカッションやコメントの交換を通じて多くの学びを得ることができました。皆様の協力と助言に心より感謝いたします。さらに、家族や友人、同輩の方々にも感謝の意を捧げたいと思います。終わりのないサポートと励ましのおかげで、論文執筆の日々を乗り越えることができました。最後に、これまでの学びと経験を与えてくれた母校への感謝を述べたいと思います。学び舎での充実した日々が、私にとって宝物となりました。これからも母校の名を胸に、学び続け、社会に貢献できるよう精進してまいります。心からの感謝を込めて、謝辞とさせていただきます。

文献リスト
交通システム系
藤井聡「総合的交通政策としてのモビリティ・マネジメント:ソフト施策とハード施策の融合による持続的展開」、2007年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tpsr/10/1/10_TPSR_10R_01/_article/-char/ja/(最終閲覧:2023年7月20日)
谷口綾子、香川太郎、藤井聡「商店街における自動車交通が歩行者に及ぼす心的影響分析」、2009年https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejd/65/3/65_3_329/_article/-char/ja/(最終閲覧:2023年7月20日)
兒山真也「持続可能な交通への経済的アプローチ」、日本評論社、2014年
王 鵬飛, 和田 健太郎, 赤松 隆 他「長期間観測データを用いた Macroscopic Fundamental Diagram の特徴づけ: 仙台市および京都市におけるケース・スタディ」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jste/2/5/2_11/_article/-char/ja/(最終閲覧:2023年7月20日)
土方まりこ「「運輸連合」という形態での交通事業者間の連携を実現させた要素の考察」、2022年
三菱重工「RUC/渋滞課金」https://www.mhi.com/jp/products/transport/intelligent_transport_system_ruc.html
 (最終閲覧:2023年11月21日)
三菱重工「プロジェクトストーリー[ITS]」https://www.mhi.com/jp/recruit/shinsotsu/group/mhims-project-its.html (最終閲覧:2023年11月21日)
内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)における自動運転に関する取組」https://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/r03kou_haku/zenbun/genkyo/topics/topic_06.html  (最終閲覧:2023年11月21日)

日本の事例系
兒山真也(2014).『持続可能な交通への経済的アプローチ』. 日本評論社
公益財団法人日本都市センター(2018).『都市自治体による持続可能なモビリティ政策―まちづくり・公共交通・ICT―』
切通堅太郎.西藤真一.野村実.野村宗訓(2021).『モビリティと地方創生 次世代の交通ネットワーク形成に向けて』.東洋書房
第一回京都エリア観光渋滞対策実験協議会「京都市の提案内容について」
https://www.kkr.mlit.go.jp/kyoto/project/kyougikaiiinkai/jyutaitaisaku/grt3670000002r00-att/h29_con01_03.pdf(最終閲覧:2023年7月20日)
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京都市交通局「財政状況について」https://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/page/0000020415.html(最終閲覧:2023年7月20日)
佐滝剛弘「都市交通体系における京都市内路線バスの役割と課題:市民と観光客の共存を模索して」、2019年
https://koka.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=996&item_no=1&page_id=41&block_id=123(最終閲覧:2023年7月20日)
京都観光協会「持続可能な観光地づくり」https://www.kyokanko.or.jp/project/sustainable/(最終閲覧:2023年11月25日)
NHK「オーバーツーリズム 混雑する公共交通機関 対策は」https://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/20231003/2010018568.html(最終閲覧:2023年11月25日)

海外の事例系
堀内重人(2006).『都市鉄道と街づくり―東南アジア・北米西海岸・豪州などの事例紹介と日本への適用』. 文理閣
青木真美(2019)「ドイツにおける運輸連合制度の意義と成果」.日本経済評論社
氏岡庸士.太田勝敏.原田昇『雇用者による都市公共交通財源負担に関する日仏比較研究』、1995年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/30/0/30_601/_pdf/-char/ja,
(最終閲覧:2023年7月20日)
公益財団法人日本都市センター「2018年 ドイツ運輸連合調査報告」、2018年https://www.toshi.or.jp/app-def/wp/wp-content/uploads/2020/04/report186_6-1.pd

道路新産業開発機構「1.7 シンガポール」https://www.hido.or.jp/study/files/pdf/application_07_8.pdf


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