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視線-1

写真を撮っていた。

いつも、リコーのGR1が一緒だった。

夏の福島競馬で万馬券を当て、ひとり祝杯をあげた帰り道、一目ぼれしたカメラだった。
ショーウィンドーの中のすべての光を吸収するかのように、黒く、濡れたように見えた。

以来、少しでも心が動くと、シャッターを押した。

カラカラに乾いたセミの死骸。赤く錆びたアパートの手すり。
GR1が切り取る長方形の世界に夢中になった。

僕の暮らすアパートの2階から、僕は毎日シャッターを押した。
たいてい僕の世界は静かだったし、中でもアパートの裏手、風に揺れる水田が好きだった。

その日も、よくある夏の一日だった。

透き通った陽光と、白濁した入道雲。

ドアを開けるのが億劫で、動けば自分の一部がすり減る夏の一日に、彼女は不意に現れた。

(つづく)

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