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じゃあアンタが雇ってくれるのか?

 『アンチヒーロー』の初回を最初の約1時間までは横になりながら何気なく視聴していたが、気になる音声が入ってきた。APDー聴覚情報処理障害である。

 まさか、「この世界の片隅」に過ぎなかったAPDがドラマで取り上げられるとは思いもよらなかった。。快挙かもしれないと一瞬思った。
ほとんど知られていなかった「APD」と「聴覚情報処理障害」の両方に『アンチヒーロー』を含め結構な量のハッシュタグがついてくるのだ。特に当事者からの反響が大きかった。

 説明するまでもないが、初回にAPDを取り上げた『アンチヒーロー』の舞台は社長殺人事件が起きた町工場だ。そこでAPDを患う従業員が偶然居合わせたことで、検察側から証言を求められる話である。
「病気なことは絶対にバレないようにうまくやるから言われたように話してください」と。

 実は筆者も昔事故に遭いそれに近い障害があるので他人事とは思えなくなった。
 実際にテレビを視聴するときも字幕表示は命綱なので実情はよく分かる。

 だからこそ取り上げられることで障害への理解が進む社会になることに越したことはない。当事者にとっては切実なことだ。
 ただかなり不正確な部分が目についた。補聴器を要することが強調されていたが、まずAPDに補聴器は全く意味をなさない。文字通り「情報処理」なので聴力に問題があるわけではない、難聴でもないのだ。しかもAPDには障害者手帳がなかなか取れない二重の苦しみがあるのだ。難聴ではないことで、おそらく表面上では軽い障害と取られ理解が進まないからである。それに補聴器が役に立つわけでもなく手話や読唇術を身に付けたところで補えるわけでもない、治療法もまだなく理解されないまま放置されているに等しいのである。

 白状してしまうと、筆者は、本当に聴覚情報処理障害のある人よりある意味恵まれている部分がある。約20年前に勤務先からの帰宅中に宅配業者が起こした交通事故に巻き込まれ脳の損傷を受け海馬に傷が残り、既に20年近い歳月が経った。

 そして今からすればAPDと同じような後遺症が残ったが、当時はまだ研究が進んでおらず脳を損傷した患者は大概「高次脳機能障害」に判定され、障害の内容を訴えても理解が進むことはないが、その代わりに「精神障害○級」として障害手帳が貰えるのである。主治医に定期的に診断書を書いてもらうことで「高次脳機能障害者」だということが保障される。不本意ではあっても。
 尚、APDイコール「高次脳機能障害」というわけではない。事故が原因となった患者もいれば病気が原因となった患者もいる。APDと似たような障害は「高次脳機能障害」の中の多くの種類のほんの一部なのだろう。

 取り上げられたこと自体はありがたいとは思う。だが、上記のような不正確な情報や、主人公を持ち上げるために障害を抱えている相手に向かって、社会がやりもしないことをあたかも実現出来るような言われ方をされると正直困る。
 一番致命的だなと思ったところは弁護士である主人公の明墨(長谷川博己)が尾形仁史(一ノ瀬ワタル)の証言が虚偽であることを暴くと同時に、これまで隠していた障害を白日の下に晒しながら、さも救い主が蜘蛛の糸を垂らすような行いを見せるところである。

「そのせいで俺はまた職を失うかもしれない。お前は俺に死ねっつってのかよ!」
と尾形に詰め寄られた明墨は
「私はあなたの人生がどうなろうが関係ない。傷害だろうが何だって利用します。依頼人の利益のために力を尽くす。それが弁護士です。真実を話したまで。恨まれたって困ります。」と返しながら
「ただ…」と訴訟を無償で受けるとまるで打って変わって障害者に救いの手を差し伸べ急に人権弁護士づらをされてしまうと正直冷めてしまう。

「そのかわりといっちゃなんですが業務に影響がない範囲内での病気を理由とした解雇は不当解雇に当たります。今まであなたをクビにした全てを訴えればおそらく1千万円は勝ち取れるでしょう。いつでも無償で引き受けますのでよろしければ。また私が言うのも何ですが障害を理由に差別するようなやつらは絶対に許してはいけませんよ。」と。
まるで取ってつけたような美辞麗句をお吐かしになる。

 随分威勢のいいことを言うが

 もし尾形が「じゃあアンタが雇ってくれるのか!」と迫ってきたらどうするんだ!
 尾形ではなく同じ一ノ瀬ワタルが演じている『サンクチュアリー聖域ー』の主人公猿桜だったら
「でも『障害を理由に差別するようなやつらは絶対に許してはいけませんよ』ってアンタ言ったよな!」と確実に突いてくるだろう。結構ずる賢いので。
 そしてそう突いてこられたら明墨は
「明らかに業務に影響が出るので無理です」とでも言うのだろうか。

 どうせ頭脳労働者しかいない法律事務所には関係ないからそういうことが言えるのだろう。何しろ川勝平太知事が「野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったりとかということと違って、(県庁職員の)皆様方は頭脳・知性の高い方たちです。」と仰るように、「法律事務所は違います」などとお吐かしになるのかな?
「闇に落ちたとしても」とか大見栄切られたところで急に綺麗事を並べ立てられても急激に冷める。
「騙されるようが悪いんだよ」笑いながら突き落とす方がむしろ清々しい。実際に明墨は弁護士として当然のことをやっているだけであって決して特別なことではないと思う。

 とはいってもそれが難しいことは分かる。深夜枠やネトフリならより徹底的なダークヒーローものを貫き通せたとは思うが、なんといっても幾千万の善男善女の目があるあの日曜劇場という媒体だ。綺麗事なしには無理だろう。

 そもそも尾形が転々とした職場を映像で見渡してもAPDの人に向かない仕事が羅列しているようだった。ある就労移行支援事業サイトで、あくまでも一例だということを断りながら、APDの人に向いてる仕事、向いてない仕事が列挙されていた。

APDの人に向いてる仕事

APDの人には、基本的には、「聞き取ること」をあまり求められない職業がオススメです。
具体的には、以下のような仕事が向いていると考えられます。
向いてる仕事の例

  • 電話対応の少ない事務職

  • データ入力

  • 翻訳

  • 校正

  • 司書

  • プログラマー

  • データ分析

  • デバック作業

  • デザイナー

  • イラストレーター

  • Webライター

上記の職種は一例であり、実際にはもっとあるはずです。仕事探しをするときには、「あなた自身の特性や症状」を理解した上で、支援団体などに相談することをオススメします。

APDの人に向いてない仕事
APDの人は、「聞き取ること」が苦手な特性ゆえに、向いていないと考えられる仕事もあります。
基本的には、電話や口頭でのやり取りがメインの仕事は相性がいいとは言えないでしょう。
また、職場環境については、常にBGMが掛かっていたり、騒音が多かったりするところもあります。
そういった環境での仕事だと合わない可能性が高いでしょう。
具体的には、以下のような仕事は困難を感じやすいと考えられます。
向いてない仕事の例

  • コールセンターのスタッフ

  • 騒音下での工場勤務

  • 騒がしい居酒屋の店員

  • レストランのホールスタッフ

  • 業務上マスクの着用が必須の医療職

  • サイレンが鳴る中で無線のやり取りなどが求められる消防士

  • 販売職(店内にBGMがあったり、お客さまの会話が多かったりする場合)

  • タクシードライバー

 だそうだが、筆者がいたリハビリテーション病院でも、患者がAPDに向いている職業を勧められたような話は聞いたことはないし、APDという言葉すら使用されていなかった。患者が勧められるのはどうしても「向いていない仕事」なのだ。女性が一度出産で退職し復帰しようとしても復帰先が限られていることと似たようなもので、列挙したAPDに「向いている仕事」など余程のツテがないと斡旋は難しいだろう。

 筆者が通院していたリハビリテーション病院では、障害者相談支援と就労支援との連携について模索していた印象はあった。就労継続支援A型とB型の2種類があって、A型は雇用契約を結ぶことが出来て最低賃金以上の給料が保障されているが、B型は労働者ではないことになっているので、契約もないし最低賃金以上の給料が保障されてもいない。自分のペースで働けるということになっているが、筆者の知り合いで、望んでもいないのに就労継続支援B型に加入させられ、しかも毎日働いていたという実情もある。就労継続支援B型加入者の位置づけは〝労働者〟ではなく〝労働研修生〟のようなもので労働基準法の最低賃金にも該当しない。つまり入所者への支払いが子供のお駄賃程度でも労基法違反にはならないのだ。外国技能実習生と同じようなものだ。

 また就労移行支援事業サイトに戻ると職場環境を探すときのポイントも提示している。

  • メールやチャットでのやり取りがメインの仕事

  • パソコン上で対応を完結できる仕事

  • データ処理や文字言語の処理が主な仕事

  • 在宅勤務がメインの職場

  • 騒音の少ない静かな職場

  • ノイズキャンセリングイヤホンの装着が可能な職場

 以上で」ある。
きっとコロナ禍の中では、在宅勤務であるAPDの人は、むしろ恵まれている人とされていたのかもしれない。おそらく「エッセンシャルワーカー」の人たちと比較され、それこそ「不要不急」とされ目の敵にされていた傾向があったのだろうとつい想像してしまう。

 それにしてもレギュラー陣にも劣らないゲストの豪華さだ。
 一ノ瀬ワタルは個体では強くてもマイノリティとしては弱者である役を演じると抜群の輝きを見せる。これは『サンクチュアリー聖域ー』の続編なのかと脳裏をよぎってしまう。

 まとめよう。不正確さやドラマのイメージアップに利用されていることには憤りを感じたが、学べた部分もあった。そもそもなぜ尾形が証人を引き受けたのか?容疑者と仲が悪かったのか?または自分のイメージアップのためだったのか?だとしてもリスクが多すぎて積極的に引き受けたとは考えにくい。やはり引き受けることで自分の居場所が確保できるのではないかという幻想を抱いたのだろうか?
 滅多にないことであるが、もし同じような状況になったら自分は絶対に証人にはならないことを誓った。たとえ
「病気なことは絶対にバレないようにうまくやるから言われたように話してください」と迫られようとも。
 そして障害を隠して働くことの恐怖と不安は本当に例えようがないことを改めて感じる。
 障害者枠があっても一般枠に比べると、給与水準や昇進の待遇が低く生活も難しいので、わかりにくい障害を隠し一般枠で受ける。障害者枠のないAPDの立場であれば尚更だ。障害者枠にはある配慮がないのだから。
 マイナンバーだって同じことだ。自分の個人情報が渡ってしまえば全てが終わりだと思うので、尾形もその硬くなさでは、決してマイナンバーカードなどには加入しないだろう。

参考文献

キズキビジネスカレッジ就労移行支援事業サイト

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