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基地の裏庭 Ⅴ

Ⅴ‐① ~人物とストーリー ♯2~


”かの”

”かの”と呼ばれた少女は、バスケットボールの絵が描かれた黒いメッシュ地のだぼっとしたTシャツに、くすんだ黄色のハーフパンツを穿き、足元は動きやすそうなスニーカーだった。ももえと同じくらいの身長だが、筋肉質のすばしっこそうな身体つきをしており、肌は健康的に日焼けして、ゆるく波打つ豊かな髪の毛を顔の横で無造作に束ねている。はっきりとしたふたえの大きな目は力強い光を放ち、意志の強そうな凛々しい鼻筋と、ぽってりと厚くだが緩みのない唇、そして前髪の間から覗く一直線の黒くて濃い眉毛が強い印象を残した。一つ一つの顔のつくりも、鋭角で凛とした顔の輪郭も、強さと美しさの両方を感じさせるような姿だった。

(五月/Ⅲ より)

かのは「ヒロイン」です。言葉の意味で言えばヒロイン=主人公なのですが、彼女は「主人公」としては描かれてはいません。この意図的なズレは、物語の骨子と言っても良いとても重要なものでした。イメージとしては、かのは文字通りヒロインという言葉を体現するようなキャラクターであり、同時に「主人公が主人公である理由」ともなる存在です。かのという人に引っ張られるようにして主人公が動き、主人公の視点から物語を紡いでいく。そして完結した時には「主人公が主人公である理由」が明らかになっている。それが、物語を描き始めるにあたって最初に決めたことでした。

かのは理由があってさくらベースに世話になっている訳ではなく、関わりとしては登校しながらベースに遊びに来ているだけと言えます。でも、つぐやももえ、そよからすれば彼女はやっぱりベースの門の内側に居る人であり(幼馴染でもあるそよは更に少し違う見方になると思いますが)、かのと自分たちとは異なる社会に属してる、という感覚で接していたことでしょう。物語は全体としてつぐ(ももえ)やそよの視点から語られることが多く、その意味では、かのは主要な登場人物4人のうち1人だけ少し異なる世界を生きているとも言えます。

自分の中ではそのような設定だったので、かのに関しては、そよ・つぐ・ももえと比べると、考えていることや思っていることを直接的に描写している場面が少ないと思います。これは他の「ベースの子どもたち」も同様で、彼女たちには「~と思った。」等の表現はほとんど使われておらず、概ねそよ・つぐ・ももえから見た彼女たちの行動の描写を通して心理を表現するという形になっているはずです。ですから、かのは最も主要な登場人物4人のうちの1人なのですが、書いている本人から見ても、明かされていない部分が多い人なのです。

 かのの母親が亡くなってから、そよとかのは少し疎遠になってしまった。
かのの家には、時々、祖父母が来たりしていたが、かのは、学校が終わるとすぐ家に帰って、家の用事をすることが多くなった。それでも、たまに遊ぶと、かのは以前と変わらず明るく、とても元気だった。
 そして、二人が小学六年生の時、住んでいた公団住宅が取り壊されることになってしまい、かのと、かのの父親は、引っ越さなくてはならなくなってしまった。
 かのは、そよとは違う学区に引っ越していき、小学校を卒業すると、K市立第二中学校に入学した。二人が最後に会ったのは、六年生の夏休みの終わりだった。

(五月/Ⅲ より)

かのの母親が若くして亡くなったことと、その後にかのが引っ越してしまったことは主人公の心理や行動の深い部分に大きく影響した出来事であり、プロローグからエピローグまで物語の根底に横たわり続ける要素です。ただ、この出来事についても、かのが何をどう思ったか、ということを掘り下げて描くことはされていません。夏休みの終わりに母屋の書斎でかのとそよが「十二人の少女たち」の映像を観た時。そこで、2人が隔てられていた3年間のことに話が及ぶ場面があるのですが、やはりかのは淡々として事実だけを語り、自らの心の内をさらけ出すようなことはありませんでした。

きっと当時のかのは、そよの知らないところで涙が出なくなるまで泣いたに違いないし、笑顔でいるのが苦しかったこともあったのでしょう。引っ越してそよと別れたことも、ダメージであると同時に環境が変わって辛い事実を忘れるきっかけともなったような…とても複雑な状態だったのではないかと想像できます。そんな中で波子さんやさくら寮と出会い、新しい居場所を見つけられたことが彼女にとって大きな救いとなったのは間違いありません。そして、学校に行き家事をこなしながらもベースに通い、全力で笑いながら子どもたちと遊んで、陽が落ちた後も独りでダンスの練習をしていた彼女の内側にあった想いの正体を見つめようとすると、自分がかのを「ヒロイン」として描いた意味が改めて分かってくるような気がします。まだ描けていない、僕も知らないかのの物語が確かにあると思うので、いつか描けることを願っています。

みんなが踊った曲ってかのちゃんの留学にも繋がる「あれ」ですよね?

(Twitterに頂いた質問より)

かのとそよが書斎で観た映像は、アルバム『さくら学院 2016年度 ~約束~』の特典ディスクをイメージしました。2人は学院祭での「FLY AWAY」のパフォーマンスを観て、ベースの子どもたちと一緒にそれを練習して踊った、というイメージで描いています。ちなみに、かののお別れ会でそよがピアノを弾きながら11人で唄ったのは「アイデンティティ」です。グループ名や楽曲名は勿論、歌詞も直接的には文中に登場させることが出来ませんでしたが、映像やアルバムジャケットの描写などを通して皆さんに伝わっていたら嬉しいです。


”そよ”

 細い筆で水墨をさっと引いたような眉の下に、ぱっちりとした睫毛と半月型で黒目がちの目、少し上向きで形のよい小さな鼻、そして上唇が山なりで、憂えたような表情を作る特徴的な唇が、色白で小さな丸い顔の真ん中に、綺麗に整って集まっている。髪の毛は背中の真ん中辺りまでの美しい長髪で、本を読むためか前髪をゴムで結わいていて、なだらかな丘のような広い額が見えていた。いつもは眼鏡をかけて学校に来ていたが、コンタクトレンズを使っているのか、眼鏡はかけておらず、年齢よりも少し幼く見えた。

(五月/Ⅰ より)

そよはこの物語の主人公であり、僕は4人の役割をイメージした時に「ジョーカー」という言葉を彼女にあてがってストーリーを描き始めました。これは道化師やトリックスターというよりも「切り札」という意味合いのイメージです。物語のきっかけはそよが学校に来なくなったことであり、そこから幾つかのストーリーが動き始めるわけですが、そよが学校に行かなくなった理由はエピローグまで明かされません。そして、エピローグでの彼女の独白こそ、僕がこの物語を描き始めた理由であり、彼女が「主人公」である理由なのです。

「そよはさ、二年の頃から一緒なんだけど」
つぐは、ももえの手を引きながら、暗くなり始めた空を見上げて言った。
「本当にいい子だよ。ちょっと恥ずかしがりやで、目立つことはほとんどないけど、真面目で頼まれたことは引き受けてくれるし、成績も悪くなかったんだよ。あんなに優しいんだもん、わたしも、そよが学校を嫌いになったなんて事はないと思う」

(五月/Ⅰ より)

周りの人間から見れば、そよは真面目で優しくあまり目立つことのない、ごく普通の女の子です。かののような明るく力強いヒロインでもなく、或いは傷を抱えて何かと闘うダークヒロインでもありません。ストーリーの中でもあまり自分の感情を表に出すことはなく、発する言葉も少なく、”聞き役”となる場面が多いです。それでも彼女は、この物語の揺るぎない「主人公」です。それは先述したように、この物語自体が、そよという女の子がなぜ主人公なのかという問いの答えを探すことで成り立っているからです。その答えを書いたのが、エピローグのかのへの手紙ということになります。

エピローグの長い独白はちょうど1年ほど前の春の日、深夜に一気に書き上げたことを覚えています。普段は人一倍筆の遅い自分が、ほとんど立ち止まりも後戻りもせずに書き切ることが出来ました。他の場面では「この人はどんなことを考えているだろう?」「こういう想いがあるならどんな行動を取るだろう?どんな言葉を発するだろう」ということを探るようにしながら文章を書いていくことが多かったのですが、ここではまるで自分が”そよ”という人になったかのように、自然と言葉が溢れてきました。書きながら、物語の中でそよがずっと抱えていた心の内がありありと見えてくるような気がしました。細かい設定をしつつも心根の部分には敢えて余白を持たせながら描いていた他の登場人物とは少し異なり、主人公であるそよに関しては彼女の全ての行動や言葉の裏にしっかりと「理由」があり、それらが独白される彼女の想いと矛盾しないように強く意識しながらストーリーを書き綴って来たので、違和感なくスムーズに書き上げることが出来たのかも知れません。

わたし、やっぱり、舞台に立ちたい。
舞台に立って、たくさんの人の視線を集めたい。
それで、たくさんの人を笑顔にしたり、幸せにしたい。

(二月/エピローグ より)

結局のところ、170,000文字以上を連ねて物語を紡いで来て、僕がいちばん書きたかったのは、この短い言葉でした。この言葉を物語のいちばん大事な場所に据えたことで、自分の中では、主人公であるそよとその仲間の11人の少女たち(のモデルとなった12人)への敬意と賛辞を最大限に表したつもりでした。表せたかな。表せていたらいいな。


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Ⅴ‐② ~人物とストーリー ♯3~

『放課後、桜の基地で』は、2020年3月からおよそ1年間に渡ってブログサイト「g.o.a.t」に全4章・12話のエピソードを公開し、2021年3月29日(”幻の卒業公演”のちょうど1年後)に完結しました。g.o.a.tが2022年5月31日を持ってサービス終了となる為、この物語も一旦はweb上での居場所を失うことになります。この物語は、たくさんの人が交わる、或る場所の或る期間を切り取っただけのようなもので、ここに登場した人たちには、実はその他にもたくさんのストーリーがあります。例えば、この記事でも言及した、僕も知らないかのの物語。或いは”ここな”がなぜ絵を描かなくなったのかという話。或いは”さきあ”が以前に線香花火で遊んだ時の話。或いは、家に帰った”ねお”のその後や、かのが去った後の”ゆめ”と波子さんの話…。

それらの小さな物語を描くのに、また、せっかく描いたこの『放課後、桜の基地で』の別の居場所を見つけるために、新たに掲載できるサイトを探して行きたいですし、見つかった際には、物語を読んでくださっていた皆さんにきちんとお知らせ出来るようにしたいと思います。

とにかく、g.o.a.tにて物語を読んでくださった皆様、今まで本当にありがとうございました。そして素晴らしい「居場所」を提供してくれたg.o.a.tにも心からありがとうございましたと言いたいです。また、どこかで。

*注)「基地の裏庭 Ⅰ~Ⅴ」に使用したイラストは、全てKANAさんによるものです。

(2021年3月27日)

*追記)2022年8月、『カクヨム』に全編を転載しました。



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