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基地の裏庭 Ⅰ

Ⅰ‐① はじめに

『放課後、桜の基地で』は、土台となる場所や人物、出来事がはっきりと存在している物語です。登場するキャラクターの多くが実在の人物にインスパイアされていますし、ファンアートであることを強く意識して書いたので、ある意味では二次創作とも言えると思います。そして登場人物たちが生きている世界やそこで経験することも、完全にフィクションという訳ではなく、実在の場所や実際にあった出来事を基にしている場面も多いのです。

以前Twitterでも呟いたのですが、重松清さんの「(人生で経験してきたことを注ぎ込めば)誰でも、小説を一本完成させることができる」という言葉が、僕にこの物語を書き始める決心をさせてくれた一つのきっかけでした。自分が見てきたこと、経験してきたことを基にしてフィクションの世界を誠実に描こう。場所をしっかりと定めて、出来事を詳細に思い浮かべることが出来れば、あとは「十二人の少女たち」にインスパイアされたキャラクターたちが、きっと物語が進めて行ってくれる。書きたいと思いながらも、自分には人を驚かせるような想像力やそれを描き出すような表現力が絶望的に無い、という思いがどうしても拭えなかった僕にとって、自分の記憶や経験を注ぎ込めば物語ができるのだという視点は、とても大きなものでした。

既にTwitterでお伝えしている通り、g.o.a.tにおける『放課後、桜の基地で』の掲載は2022年5月31日を持って終了となります。いま書いたように、この物語は僕の半生と言ったら大げさですが、かなり自分の深い部分までを注ぎ込んで創ったものです。いつかは自分自身で総括をしなければと考えていましたが、掲載終了までの間にやっておきたいと思い、このnoteを執筆し始めました。この記事を読んでくださっている方たちは既にかなりマニアックな方たちだと思いますが(笑)、もしよろしければ、更にディープな内容となりますが、お暇がある時に読んで頂けたら嬉しいです。十二人の少女たちへの愛も、少し変則的な形ではありますが、語りたいと思っています。

(*このシリーズには『放課後、桜の基地で』の本文内容に触れる描写が多く登場することになると思います。もし本文を完結まで読んでおらず、これから読みたいと思ってくださっている方がいたら、この後の記事は本文を読了されてからお読み頂く事をお薦めします)

Ⅰ‐② ~場所とディテール ♯1~

 K市は人口二十万人ほどのベッドタウンだ。電車に乗れば、一時間ほどで原宿まで行くことが出来る。駅前に二つのデパートがあって、周辺の街から若者が集まってくるし、首都圏の重要な物流経路である幹線道路沿いには、いくつかの大きなショッピングモールも建っていた。
「でも、いなかだよね」と、ももえは、いつも言った。
 確かに、駅から車で少し走ればすぐに畑や田んぼが広がり、市の北側と南側にそれぞれ川が流れているし、隣接する市との間には大きな沼があって、色々な種類の水生植物や、野鳥などを見ることができる。市内の大半は住宅地として拓かれてはいるけれど、カブトムシやクワガタが集まるようなクヌギの林もまだあちこちに残っていて、子供たちは夏になると虫網と虫かごを持って自転車に乗り、出かけて行ったりした。
 東京から引っ越してきたももえにとって、ここは『いなか』であるのに違いなかった。

(「五月」/Ⅰ より)

物語の舞台である「K市」は、千葉県柏市をモデルとしています。現在、実際の柏市には四十万人を超える人が住んでいるので、K市はそれよりもだいぶ規模が小さい、でも地理的な特徴や環境などは実際に近い街として、物語の中では描かれています。引用した文中の北側の川は利根川、『大きな沼』は手賀沼のイメージです。柏市の市内は比較的新しい住宅地、昭和の空気を感じさせる建物、そして畑や田んぼ、森や林といった『いなか』の風景が混在していて、駅前には大きなデパートや飲食店、洋服や雑貨の店、ゲームセンターや風俗店などがごちゃごちゃと建ち並びます。高度経済成長期に急速に発展したので、城下町や門前町のような統一感が無く、無計画で雑多な街並みと何十年も前から姿を変えない自然の風景が入り混じっているのが特徴なのかな、と思います。”彼女たち” が暮らしているのは、そんな街です。

街としての特徴はそんな風であり、じゃあ魅力は何かと言われると「首都圏に近い」という事ぐらいしかない。このあたりの中途半端な感じは、東京から引っ越して来たももえの視点が端的に表しているとも言えるのですが、後に書かれるように、実は美味しい野菜がたくさん生るとか、そよが沼を取り囲む自然に感動するとか、住んでみると意外と悪くないよ?というところもあるのだと思っています。僕は柏市で生まれて育ち、幾つかの場所で暮らしたのち30歳を過ぎてこの街に戻って来たのですが、この物語には自分が小・中学生の頃に見た街の印象や、大人になってから暮らしてみて分かった「悪くないところ」が描かれているな、と、文章を読み返してみると思います。


バスは、バス停を出発してしばらく住宅街を走り、片側二車線の広い幹線道路を横断すると、両側に田んぼと畑が広がるのどかな道に入る。田んぼの水路と並走するように、小学校や簡易郵便局、資材置き場、板金塗装工場、消防団の詰め所などを通り過ぎて、またしばらく走ると、今度は旧い商家や蔵がぽつぽつと残る、ひなびた街道に入った。
旧街道はおよそ三百メートルほどで終わり、バスはまたしばらく田舎道を走って、目的のバス停に着いた。まりんがメモ紙に書いてくれた住所は、バス停を降りて、道なりに数分歩いた場所だった。
「ここかな」つぐは、メモに視線を落として、言った。
 そこは、石塀に囲まれた大きな古い家だった。石塀はつぐの背丈ほどの高さで、幅二十メートル以上にも伸びていて、間に一対の門柱があり、そこが敷地への入り口らしかった。
周囲は、道路を隔てて目の前が一面の田んぼ、正面から見て右隣は畑、左側は、石塀が折れたところに車が通れないくらいの細い路地が走っていて、その路地を挟んだ隣は竹林になっている。三人が住んでいる住宅地とは異なる、ももえの言う『いなか』の風景だった。

(「五月」/Ⅲ より)

『さくらベース(さくら寮)』がある場所は、K市の中でも繁華街や住宅街から離れた自然の多い地域です。イメージとしては手賀沼に近く古くからの田畑と農家が多い場所。柏市泉や白井市との境目あたりを思い浮かべながら、周囲の描写をしました。実際にGoogle Mapのストリートビューも参考にしています。

駅を出発してさくらベースが建つ地区へと向かうバスは、柏市内ではおなじみの東武バス。柏駅東口から「布瀬」行きのバスに乗ると、文中の描写に近い風景を見ることが出来ます。ただし、『旧街道』は実際の区間には存在せず、手賀沼を超えたお隣の印西市、成田線木下(きおろし)駅周辺の宿場町の名残りがある辺りをイメージして書いています。木下街道は通称鮮魚(なま)街道と呼ばれ、銚子や九十九里で水揚げされた魚介類を馬で江戸魚河岸まで運ぶルートとして、明治の中頃まで使われていたそうです。

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東武バスon-lineより

因みに、柏駅東口から東武バスに乗って「セブンパークアリオ柏」に行くことが出来ます。さくらベースへ向かうには『片側二車線の広い幹線道路』、つまり国道16号線を渡って、のどかな道(県道282号線)に入るのですが、この交差点で国道16号線に合流してしばらく走れば、実際の彼女たちにも馴染みのある『幹線道路沿いのショッピングモール』です。


例えばある場所から別の場所に向かう過程であったり、日常とは異なる場所にエスケープすることで動き出す物語、というものがあると思います。さくらベースは、日常をK市の繁華街や住宅街で過ごしている人間にとっては、ごく身近にある異世界のようなものです。それは東京から来たももえに限ったことではありません。僕は初めからこのお話を「ファンアートであり、ファンタジーである」と考えて書いていました。そよの家の近くのバス停からさくらベースまではほんの20分足らずの旅ですが、そよたちは初めてそこを訪れた時に、日常と様子が異なるその場所に「迷い込んだ」ような感覚になったことでしょう。彼女たちが自分をストレンジャーのように感じたその感覚が、この物語なりのファンタジー要素のつもりでした。そこでは風景だけでなく時代や時間の流れもどこか少しだけ日常とは違う、というように描いたつもりでしたが、どれかくらい表現できていたかな、と、今となっては思います。そして、そんなさくらベースが存在するK市という舞台は、自分にとっていちばん身近な街をモデルにして描いたのですが、結果的に舞台として相応しい街をモデルにしたのかな、とも思っているのです。(続く)

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