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ポエトリーリーディングを通じて目指す、短歌の再発見 <PSJ2018ファイナリスト・野口あや子>


2018年に開催されたポエトリースラムジャパン(PSJ)名古屋大会で準優勝し、全国大会へ出場された野口あや子さん。

PSJは初出場という野口さんですが、普段は短歌の世界で活躍されています。2006年には短歌研究新人賞を、2010年には現代歌人協会賞を歴代最年少受賞するなど、若手世代を代表する歌人のひとりです。

そんな野口さんがポエトリーリーディングの舞台で表現する短歌の世界。その異様な緊張感と興奮に包まれたパフォーマンスの秘密を語っていただきました。

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ポエトリーリーディングと短歌はずっと近くにあった

ー歌人である野口さんがポエトリーリーディングを始めたきっかけを教えてください

野口あや子(以下、野口):もともと私は高校生のときに短歌を始めたんですが、それとほぼ同時期に演劇活動も始めてたんですね。短歌と演劇、その2つの延長みたいな形で「詩のボクシング」という朗読の大会に出たら、地区大会で準優勝しまして。それから名古屋の朗読のイベントに呼んでいただけるようになり、自然とポエトリーリーディングの場に顔を出すようになったんです。

ーその頃から短歌の朗読をしていたんですか?

野口:たまに散文を読むこともありましたが、基本的にはずっと短歌です。でも舞台演出には興味があったから、朗読表現にも様々な工夫をしてきました。読み上げ方を変えてみたり、映像とギターと短歌朗読の3人からなる「ミヲ」というユニットを組んだこともあります。

ーいまの野口さんの朗読スタイルに至るまでに長い道のりがあったんですね

野口:そうですね。特に私は摂食障害に悩まされた時期が長くて、結婚した頃にいよいよ心身が不安定になって一人で悶々としてた時期があるんです。それである時「このままじゃダメだ」と思い立って、できるだけ色々な人に会ったりパフォーマンスに触れるようにしました。ユニットを立ち上げたり他の人とコラボをするようになったのもその時期です。様々な人と会うなかで自分の言葉や心と向き合うようになり、声の出しかたなど朗読を工夫するなかで自分の身体と向き合うようになったんです。

ー野口さんは今回PSJ初参加でしたが、出場を決めた理由はなんですか?

野口:直接のきっかけとしては3月に名古屋で行われたポエラボ(胎動Poetry Lab0.)です。元々はAnti-Trenchさんがパフォーマンスするということで観に行ったんですが、そこでのミニスラムに参加したら最下位だったんです。ちょうどその頃「自分のパフォーマンスはこれでいいのか」と悩んでた時期でもあって、有難いことに最下位をもらったからすごく悔しくて。悔しくてその夜は一睡もできず、朝方にうちに泊まりに来ていたAnti-Trenchの向坂くじらさんが寝ている横でPSJに申し込みました。

ー悔しかったからこそ、スラム形式のPSJに挑戦されたんですね

野口:もちろんポエトリーは勝ち負けや点数ではないことは理解してますが、それでも優勝したら歌人としてパリの舞台に立てるというのはすごく魅力でしたね。俳句が「世界で一番短い詩」として海外でも人気なのと比べると、どうしても短歌の知名度はそこから数段低くなってしまいます。だからこそPSJで優勝して、歌人としてパリの舞台に立って、短歌を海外の人に知って欲しいという気持ちがありました。

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「短歌」「朗読」「舞台」によって生み出される空間

ー野口さんは歌集を4冊出されていますが、今回PSJで朗読した短歌はどのように選ばれていますか?

野口:PSJでは最新歌集『眠れる海』から選んだ短歌と、それ以降に作った短歌を朗読してます。それこそPSJの直前に作った短歌もありますし、PSJ向けの表現にしようとして大失敗してお蔵入りした短歌もあります(笑)

ーPSJ向けの短歌ということですが、朗読される短歌とそうでない短歌の違いはなんでしょうか

野口:朗読するのは、「その場にいる全員で共有できる短歌」です。昔は私の個人的な経験に関する短歌を朗読してたんですね。私自身の経験やその時の気持ちを詠んだ、「私が!私が!」という短歌です。でもそういう短歌って、聞かされる側としては「お前の話を聞かされている」って姿勢になるじゃないですか。同じ経験があれば共感できるけど、そうでない人もいる。だからこそ個人的な経験に共感してもらうのではなく、全員で共有できるような短歌を選ぶようにしています。

ーおもしろいですね! 全員で共有できる短歌とはどのように作られるのでしょう?

野口:手法としては古典和歌に近いです。具体的な地名や名前を避けたり、見立てを工夫することで出来事を間接的に表現する。すると読む人と聞く人が同じ主体を味わえるようになってきます。例えばPSJで朗読した

だえきけつえきふんにょうまじりてわたしたち夜の川なりまだここにいる

という短歌。具体的に「わたしたち」が誰とは言っていないけど、だからこそその会場にいる全員が「わたしたち」になることができる。

ー確かに、野口さんのパフォーマンスを聞いていると自分の過去の経験にリンクするような不思議な感覚があります。そういった「全員で共有できる短歌」を、野口さんは変則的に朗読されますよね。上の句を繰り返したり、緩急をつけたり、短歌の途中で別の短歌に移ったり。この朗読手法はどのようにして生まれたのですか?

野口:先ほどの「ミヲ」でライブをしていたときに生まれました。ミヲの映像担当もギター担当も、その場で即興でパフォーマンスするんですね。だから私も2人に合わせて朗読を変則的にする必要があって、そこから生まれたのがいまのスタイルです。

ーでは野口さんのパフォーマンスは即興なのですか?

野口:半分即興、という形でしょうか。事前に読む短歌を十首ほど決めておいて、舞台の上ではその十首を即興的に朗読しています。会場の空気を見て「この歌はもう一度読もう」とか「この言葉はゆっくり繰り返そう」とか「会場が盛り上がったから少し冷まそう」とか考えながら展開を組み立てています。

ー非常に奇抜な手法ですが、短歌本来の力に挑戦しているように感じます

野口:やっぱり短歌って”歌”なんです。話し方の緩急ひとつで受け止め方が変わってくるし、一度聞いた短歌でも他の短歌を聞いた後だと印象が変わってくる。古典和歌の手法によって歌のイメージを全員で共有して、その歌のイメージに朗読でグルーヴ感を与えたい。

ー短歌で「グルーヴ」という単語を聞けるとは思いませんでした(笑)。でも本当に、野口さんがパフォーマンスをすると会場全体が一体感に包まれますよね。特に名古屋大会の決勝は鬼気迫るものがありました。

野口:名古屋大会の決勝は……凄かったですね。会場との一体感で目の焦点が合わなくなりました(笑)

ーあの3分間を生み出すために、短歌そのものと朗読手法以外で心がけているものはありますか?

野口:舞台と仲良くなることです。

ー舞台と仲良く?

野口:例えばレストランに行ったとして、壁がコンクリートと木材とでは料理の印象から話の内容まで全然違ってくるじゃないですか。同じように舞台によっても短歌の印象は変わってくるはずで、それに合わせて声の出し方や間の取り方も変えなきゃいけない。だから事前に会場の周辺を歩いて調べたり、会場のあちこちに触って歴史を感じたり、当日は早めに入って舞台からみた景色や空気をじっと確かめたり。そうやって会場と仲良くなってから、その舞台にふさわしい短歌の朗読になるよう調整しています。

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ポエトリーリーディングの魅力は「魑魅魍魎感」

ー今回はじめてPSJに参加されてどうでしたか?

野口:私は鬼が好きなんですが、PSJの出場者はまさに鬼という感じでした。普段出会わない、全然違うタイプの人たちが、それぞれのテーマと表現を磨いてひとつの舞台に集まっている。そういう意味でPSJは魑魅魍魎が集まっているなと思いました。良い意味での魑魅魍魎感。

ー特に気になった他の出場者はいますか?

野口:全国大会準優勝のiidabiiさん。アクティブな表現がすごい方で、カッコワルカッコイイというか(笑)。私もPSJに向けてアクティブで激しい短歌表現も考えたのですが、全然うまくいきませんでした。

ー魑魅魍魎な出場者陣だからこそ感じたことはありますか?

野口:普段私は歌壇と呼ばれる世界にいるのですが、それだけだとどんどん自分の考え方が狭くなっていくんじゃないかって不安があります。例えば短歌の世界にいると「短歌を読み慣れた人に自分の歌を認められたい」と思いがちになるのですが、一歩外に出ると短歌と俳句の違いもわからない人ってたくさんいますよね。一方でPSJにはラッパーの方が何人も出場していますが、私はいままで様々なジャンルがあるラップの世界を一括りに「ラップ」としてしか認識していませんでした。

ー確かに、歌人とラッパーが同じ舞台に立つというのはポエトリーリーディングならではですね

野口:歌壇にいるとたまに「AKBを聞く人には短歌はわからなくてもいい」みたいな意見を聞くんですが、私はそうは思わない。いまはAKBがそのような引き合いに出されがちですが、ひと昔前はそれがヒップホップだった。でもいまラップの世界での言葉の表現って本当にすごいじゃないですか。そういったことに気付かされるのは、ポエトリーリーディングの世界が魑魅魍魎だからこそ。PSJは普段交わることの少ない表現や考え方に触れるいい機会だと思っています。

ーあくまで短歌に軸足を置きつつ、それ以外の世界に積極的に関わるようにされているんですね

野口:そうですね。それがポエトリーリーディングだったり、舞台表現だったり。最近だとメイクの業界とお仕事しているのですが、よく小説とかで「女性らしい作風」なんて括られるその「女性らしさ」だって、セクシーだったり、キュートだったり、本当に多様なんだと思い知らされます。そういった気付きを得るためにも、気になった事には積極的に関わるように心がけています。

ー最後に、将来ポエトリーリーディングに挑戦するかもしれない歌人の方に向けてメッセージをお願いします

野口:まずは、表現の世界は魑魅魍魎だということを知って欲しいと思います。言葉には本当に様々な表現があることにびっくりして、その経験を自分の短歌を見つめ直すきっかけにしてもらえればと思います。

【プロフィール】
野口あや子(のぐちあやこ)

歌人。1987年岐阜生まれ、名古屋在住。第一歌集『くびすじの欠片』で第54回現代歌人協会賞。ほか歌集に『夏にふれる』『かなしき玩具譚』最新刊に写真と衣装のコラボレーション歌集『眠れる海』。近年は朗読活動にも取り組み、フランスでの朗読の機会を得る。また散文、レクチャー、トーク、他ジャンルとのコラボレーションなど、多方面で活動を行っている。いつか会いたい生き物は鬼。いつか行きたい場所は月。

                                                                                      (取材・原稿/河内はるお)

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