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ことばはだれのもの?

最近、演劇というものに興味が募っている。

私はポエトリーリーディングを24年くらい、つまり自分の言葉を自分の声で発するということを四半世紀近くやってきたのだけど、知り合いの舞台俳優さんたちを見ていると、ステージ上での存在感というか、声や立ち振る舞いから醸される説得力みたいなものに「かなわないなあ」と思ってしまう。

自分のものではない言葉を自分ではない人物として発する「芝居」というものに、なにか特別な秘密があるような気がしてならない。

あまりに気になるので、劇団のワークショップ・オーディションをいくつか受けてみた。そのなかに、ワークショップ・オーディションとしては風変わりな、かつ私にとって抜群に興味深いものがあったのだ。劇団の名は「ぺぺぺの会」。すでに風変わりである。

会場は東京・江戸川区の地域センター、その一室。参加者は私を含めて6名、そして劇団のスタッフが4名ほど。

簡単な自己紹介を経てその日のプログラムが始まったのだけど、その内容というのが二人一組になってのインタビュー。つまり演技や台本の読み合わせじゃなく、まるっきり自分本人として、インタビューに答える(もしくは質問する)というワークである。しかも同じインタビューを3回くり返すという。え、3回?

私も別の参加者の女性とペアになり、彼女がインタビュアー(聞き手)役で私がインタビュイー(話し手)役ということになった。

インタビュアーは、あらかじめ用意された定型の質問を10個、順番に尋ねていく。1問目「今日起きてからなにをしましたか?」に始まって10問目「幸せって何ですか?」まで。夢、仕事、人間関係など大きなテーマが多いのだけど、けして大雑把ではなく、内容と質問する順番がよく練られていると感じる。

いちおう事前に質問事項は知らされていたけど、ほぼその場で思い浮かぶことを答えた。1回目のインタビューが終わると20分ほど休憩。その間に、スタッフが先ほどのインタビューの文字起こしをしている。

さて休憩後は2回目のインタビューなのだけど、その内容がまた変わっている。聞き手も語り手も、先ほど文字起こししたスクリプトを読んでいくのだ。インタビューというより、実際に話した言葉を台本にして20分前の自分たちを演じるようなものか。

なるほど、と思い配布されたスクリプトに目を落とすと、なんじゃこれ。私こんなに支離滅裂な話し方してた!? そう、口に任せてその場で語った言葉というのは、自分では筋が通っているつもりでも文字にするとメチャクチャなのである。文意も文脈もわかりにくい。一文の最後が途切れたまま、話題が急に飛んでいる。あまつさえ否定形でいうべきところを肯定形で言っているのに自分で気づいていない。作文のテストだったら修正で真っ赤になってしまいそうな原稿だ。

あらためてこのスクリプトを「ゆっくり・はっきりと」「スクリプトに忠実に、読み間違えないように」「書かれた言葉を自分のなかにインストールするように」留意しながら読んでいき、先ほどのインタビューを再現する。

声にしてみると、あ、思ったよりは意味がわかる。とはいえ、なんだか自分が語った言葉じゃないみたいだ。これだけでもかなり面白くて、内心ニヤニヤしてしまう。

さらに休憩をはさんで3回目も、先ほどと同じ文字起こし原稿を読んでいく。このとき「相手の声も自分の声の一部だと思って」「同じ楽譜をふたりで演奏するように」というアドバイスをもらう。具体的には、相手がしゃべっているとき、自分もそのセリフを声に出さず言ってみましょう、と。

たったそれだけのことだけど、実際にやってみるとこれが実に楽しいのだ。楽器同士でセッションをしているような、相手の声も自分の声もしっかり聞き取ろうという感覚になる。それでいて自分の言葉と相手の言葉との境界線が溶け、ハーモニーのようになっていく。

3回のインタビューを通して、言葉への感覚が少しずつ変化していくのがわかった。ああ、そうか。このワークショップ・オーディションで気づいたのは「自分の言葉って本当に自分だけのものなの?」ということだ。

会話を文字起こしすることで、自分の言葉なのに自分じゃない気がする。いつも使っているはずの言葉が異化されるのは、ちょっと詩に似ている。互いのセリフをユニゾンしあうと言葉をシェアしたような気分になる。あれ、そもそも「私の言葉」とか「あなたの言葉」とか所有を明確にできるものだっけ? 言葉の大きな天然世界から、そのときどきで必要な語彙を借りているだけじゃないのか? だとしたらオリジナリティとか、自分の言葉に責任を持つとかってどういうこと…? 

なんて。

まるでまとまらないけれど、つまりそれだけ刺激的なワークショップだったということ。新しい扉、開けたかも。

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「ぺぺぺの会」について、そして今回私がオーディションを受けた企画「『またまた』やって生まれる『たまたま』」については、公式サイトをどうぞ。面白いよ!

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