週中の詩13「人という肩書き」

登場人物
・上代尊…”ヒナギク”の同人誌に魅了された男。尊み求めて彷徨う上り野郎。アカウントネームは“SEM-01”(読み「せむいち」)。プライベートに乗り込むやつを人間として見たくない。
・米沢聖…年末即売会で尊と出会った少女漫画大好きレディ。”ヒナギク”は最推し。アカウントネームは“ツバキ”。悪ノリが過ぎました。お許しください。
・桜ケイ…尊と聖の推し絵師、同人作家”ヒナギク”そのひと。描いている作品はすべて全年齢作品。そろそろ宅飲みにしようかな。
・匿名女上司…聖の職場の上司。聖からは「先輩」と呼ばれている。聖のヲタ活に多少の理解はあるものの、干渉はしないと決めている。王子レベルの顔つきの持ち主。名前は秘匿にしたいとのこと。日本酒飲みたいけどアルハラはしたくない。それはそれとして。この筆者は痛い目にあいたいらしいな。
・アイ …ケイの友人。「Daisybiscuit」では発足以来ずっと売り子。外ではケイのことを”ヒナ”と呼んでいる。今いる焼肉店は見た目通りの居心地の良さだ。

~2月21日19時03分、某焼肉店内、個室④前~

米沢聖(よし、まけたかな)

上代尊「何してるんです?」

米沢聖「この部屋から”ヒナギク”先生の声がした」〈囁き〉

上代尊〈目を見開く〉

上代尊「何を考えているかははっきりしてませんがやめておきましょう」〈真面目な顔〉

米沢聖「え?」〈個室の戸に手をかけようとする〉

上代尊「楽しく飲んでいるところに乗り込もうものなら、僕は力づくでも止めます」

米沢聖「推しにこんなところで会えるなんて思わないじゃないですか」(行く気ないけど面白そうなので乗っておこう)〈個室の戸から手を放す〉

上代尊「会ってどうするんです?」

米沢聖「そうだなあ、先生のそばでほめるだけの生き物になったりとか?」(我ながら雑かな)

上代尊「それはそれで楽しそうですが、今はファンと推しの関係です。プライベートで会うとなると赤の他人ですから……」


桜ケイ「ちょっとトイレ行ってくる」〈個室の戸を開ける〉

米沢聖〈ケイの姿を見ながら固まっている〉

上代尊「すみません、こんなところで立ち話してしまって。戻りますよ、”ツバキ”さん」〈聖を連れ帰ろうとしている〉

米沢聖〈固まっている〉

桜ケイ「ちょっと待って。もしかして、”SEM-01”さん?」

上代尊「はい」(覚えてもらえたのは素直に嬉しい)

桜ケイ「先日は詩を書いてくださりありがとうございます。紙とペンはありますか?」

上代尊「ええ」(これしかなかった)〈メモ帳とボールペンを差し出す〉

桜ケイ〈”ヒナギク”のサインと『これからも貴方の詩を楽しみにしています』というメッセージをメモ帳の表紙裏に書く〉

桜ケイ「はい、今のは誰にも言わないように。”ツバキ”さんにもよろしく伝えてね」

米沢聖〈固まっている〉

上代尊「はい、ありがとうございます!」〈深くお辞儀をする〉

~2月21日19時10分、某焼肉店内、個室③~

女上司「おかえり、遅かったじゃないか。肉が冷めてしまう」

上代尊「すみません」

女上司「ところで、私の部下はなんでそんな惚け顔をしているんだ? 手にかけたか?」〈殺意の眼光〉

米沢聖〈放心状態〉

上代尊「いいえ、それはないです」(ちょっと怖い)〈背筋を伸ばして答える〉

女上司「さっき壁に耳を当てていたのと関係ある感じかな?」

上代尊「はい、推しの話をしていたら隣の部屋から……」

米沢聖「いえ、何でもないです。遅くなって申し訳ありません」〈尊の口をふさぐ〉

女上司「まあ、いいけど。お肉食べようか」

~2月21日19時35分、某焼肉店~

女上司「ふぅ、少し食べすぎたかな」

米沢聖「先輩、今日はありがとうございます。”SEM-01”さんも」

上代尊「楽しい夕食でした。”ツバキ”さん、ちょっとお耳を」

米沢聖「ん?」〈耳を傾ける〉

上代尊「さっきの続きですが、推しのプライベートに踏み込むのはリスクが高いからやめた方がいいと思います。人として」〈囁く〉

米沢聖「わかりました」(人として、ね。生意気な正論ね)

女上司「密談は終わったかな?」

上代尊「はい、今日はこの辺りで失礼します。ありがとうございました」

米沢聖「ありがとうございます」

上代尊〈駅の方角へ歩き出す〉

女上司「ヨネは帰らないの?」

米沢聖「少し買い物してから帰ります。先輩もお気をつけて」

女上司「わたしも付き合ってもいいかな?」

米沢聖「さっきのことについて聞かないと約束してくれれば」

女上司「わかった」


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