見出し画像

2021.4.3. 天才と混血の孤独なものがたり

天才少年として育ったランと、中国とアメリカのハーフとして苦しむステファニーの物語です。

作者は中国で育ち、アメリカで発表した小説『大地』を代表作とするパール・バック。遺稿としてみつかった最晩年の作品を紹介します。

主人公のランドルフは、幼少期より天才の創意を発揮します。父は死に際に言い残しました。

「いいか、孤独を覚悟しなさい。孤独な創造者、それはあらゆる創造の根源なのだ。歴史上、最も重要な考えや芸術作品のすべてはその人から生まれた。」
「おまえもそのひとりになるんだ。孤独なことを決して不満に思ってはいけない。おまえは孤独な人生を送るように生まれてきたのだ。」
「それを覚えておきなさい。」

ランは大学で飛び級し、ある教授に才能を引き出されるものの、彼から性的な誘いを受け、戸惑います。大学は辞めました。

パール・バック2大学

次は年配の女性に好まれ、性の目覚めを経験しますが、そこにも世の不条理がにじみました。ランは孤独でした。

ある日、経済的には恵まれた家庭のステファニーに出会います。

彼の得た気づきは、自分だけの美を生みだすことへの切望に近いものになっていた。どのようにして何を創造するのか?
彼は必要に迫られて口を開いた。「ステファニー!」
彼女は顔を上げずに答えた。「なに?」 「僕のこと、あなたにはわかる? 少しでもいいんだ」
彼女は長い黒髪を振った。
「いいえ」
「どうして?」
「だってあなたみたいな人に会ったことがないから」彼女はそう言いながら顔を上げ、彼をまっすぐに見つめた。
「僕は、そんなにわかりづらいのかな?」
「そう。あなたはなにもかもわかってるから」
「自分のことを除けばね」

ステファニーはランをある意味で理解しているようでした。ランには自分のことはわかりません。

ステファニーの父親は、ふたりを結婚させようとします。しかし、ステファニーは拒絶しました。

「今まで結婚したいと思った人に会ったことがないの」

ランは思いを残しながらも、旅立ち、作家として大成し、財を成します。そして、ステファニーと再会しました。

正式に結婚を申し込みますが、拒否されます。ランは予言しました。

「君は結婚する、僕でなくても誰かと。そして君は可愛い子供たちを産む。その子供たちは、賢い母親をもって、きっと幸運な人生を送るだろう」
彼が愛するようになった、あの何の屈託もない娘の表情は姿を消し、いま彼女は伏し目がちに、女性が愛する男性に向かって魂の奥の苦しみから話すように彼に語った。
「いいえ、ラン」彼女はちょっと声を詰まらせ、果実酒でのどをうるおしてから、決意を語り続けた。
「混血の人間の生来の悲劇は、おそらくその人たちにしかわからないの。私は中国人として育てられました。中国語が母国語です。立ち居振る舞いも服装も中国人、感情も中国人なのです。にもかかわらず、中国人から見れば私はアメリカ人、……

同様に、アメリカでは「中国人」です。どちらにも、彼女は属すことができませんでした。

ステファニーは自分の子供たちが、自分と同じように混血として苦しむことは耐えられない、だから結婚もしないといいます。

ランがわだかまりを抱えて帰宅したのち、彼女はオーバードース(大量服薬)をして自殺しました。

ランは涙を流しながら、混血の人をサポートする活動を始めることを決意します。


作者のパール・バックは、晩年、心身の休まる時がなく、やはり混血の人を助けるための財団を運営していたそうです。この作品は、彼女の遺稿であり、いまのところ最後の作品とされています。


『終わりなき探求』パール・バック 戸田章子訳 国書刊行会

詩の図書館の運営に当てます。応援いただけると幸いです。すぐれた本、心に届く言葉を探します。