見出し画像

複雑なものを、複雑なまま捉える|ポケマル大学 #2「大事にしたいこと」

こんにちは!ポケマル大学の企画・運営を担当している岸本華果です。今、東京大学大学院の修士1年生で農業経済を学んでいます。

前回のnoteでは「ポケマル大学がはじまりました!」ということをお披露目し、「どんなことをするのか?」「なんのためにやるのか?」などについて詳しくお伝えしました。今回はポケマル大学で「大事にしたいこと」についてお伝えしたいと思います。

ポケマル大学で「大事にしたいこと」とは?

ポケマル大学をはじめるにあたり、グラウンドルールのようなものを作ることにし、企画・運営チームで話し合いました。こんな感じです↓

ブレスト

最終的には、ポケマル大学で「大事にしたいこと」としてこちらの3つを設定しました。

大事にしたいこと

私たちがなぜこれらを大事にしたいのか、想いを1つずつ順に綴ります。

複雑なものを、複雑なまま捉える

「AかBかじゃなくて間がある」と博之さん(ポケマル代表)もいつも言っていますが、現実の世界は善悪や二元論で語れるような単純なものではないはずです。間やグラデーションがあって、多様なものが入り混じった複雑な世界、それが現実だと思います。でも、そんな風に単純化しすぎた話は溢れかえっています。単純化した方が誰にとっても分かりやすく、また、広まりやすいからでしょう。

食や農業に関しても、「〇〇は危険/安全」「〇〇は悪」のような話はたくさんあると思います。私自身、3年前に初めて農学の世界に足を踏み入れてから今まで、いろんな場面で出会いました。知らなかったことや関心がなかったことについては、自分で調べたり考えたりすることもなく、「なるほど」と思っていたことも結構ありました。(今もまだ気づいていないことがあるかもしれませんね)

例えば農薬。私は実家を出て初めて自分の食べるものを自分で買うようになったのですが、最初に持っていた購入基準は安いか否かだけだったので、農薬というものをそもそも気にしたことがありませんでした。農学部の講義を受けてようやく農薬の存在をちゃんと知り、農薬は生産性を高めてくれるものという認識を持ちました。

その後、「農薬は危険。有機は安全。おいしいし環境にも良い。」と主張する有機農家さんに出会いました。その方から過去にあった農薬に関する事件・事故の話を聞いたり、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を読んだことをきっかけに、農薬に対して漠然と怖いと感じるようになりました。少しでも自分で調べれば、今は科学技術の進歩(限られた病害虫に効くなど)や法整備(人や環境への影響が強いものは使用を制限など)で、状況がずいぶん変わっていることくらいは、すぐに分かったのではないかと思います。農薬に対して抱く感情もまた違ったかもしれません。でもそこまでするほどには関心がなかったんだと思います。しばらくは有機が良いものなんだ!と思っていました。

でも今度は、農薬に対する偏見に苦しんでいる慣行農家さんに出会いました。「農薬を使わないとなると、市場が求める収量や品質を十分に供給できない。経営も安定しない。必要だから適切に基準を守って使っているんだけど、悪者みたいに言われるのがつらい」と言われて、すごく反省しました。私には市場の求めるもの、経営といった視点はありませんでした。みんな有機でも量も質も十分な食料が供給できて、農家さんも収入が得られれば良いですが、なかなか難しい。この後自分で有機で野菜を作ったりもしてみたのですが、カブやルッコラは防虫ネットをしていても青虫だらけになったり、大根の葉にはびっしりアブラムシがついていてとても食べたいとは思えなかったりして、つくづくそう思いました。

また、農薬を研究開発している人にも出会いました。「これからますます世界人口が増えていく中で生産性を高めていく必要があり、農薬の開発はその手段の一つ。社会にとって価値があることだし、誇りを持ってやっている」といった話を聞きました。

そんなふうにして、自分の見ていた世界が狭くて単純化しすぎたものであったことを自覚し、いろんな視点から考える必要があること、危険だ悪だと言われていた農薬の先にも農家さんや研究者など「人」がいることを知りました。

同じくらいの時期に、今回ポケマル大学の講師を務めてくださっている、久松さんの著書『キレイゴトぬきの農業論』も読みました。「有機だから安全、おいしい、環境に良い」というのは神話で、「有機は慣行と同程度に安全で、おいしいとは限らなくて、環境に良いとは限らない」と言われ、なんてはっきりしないんだ!と思いました。笑

でもきっとそういうことなんですよね。はっきりしないのが現実なんだと思います。「複雑なものを、複雑なまま捉える」というのは、このあいまいではっきりしない、全部ケースバイケースといったものを、そのまま受け止めるということです。複雑なものを単純化しすぎると、いろんなことを見落としてしまいます。単純化して理解するのではなく、複雑なものを、複雑なまま、できるだけ解きほぐして理解しようとする。難しいし時間がかかることではあると思うのですが、ポケマル大学はそんな心意気でやっていきます!

異質なものも尊重する

現実は複雑であるという認識のもと、複雑なまま捉えることを試みると、自分とは異質なものの存在をたくさん認識するようになると思います。異質さにもレイヤーやグラデーションがあり、全く違う部分もあれば、同じ部分もあるかもしれません。

生態学者の今西錦司は『生物の世界』(博之さんオススメの1冊!)で「この世界を構成している全てのものは、もとは一つのものから分化発展した。だから、どこまでも似ているし、どこまでも異なっていると言える」というようなことを言っています。なるほどなあって感じですよね。線の引き方で同じとも言えるし違うとも言える。

さっきの農薬の例で言うと、有機農家さんと慣行農家さんは農薬を使うか否かという点では異なっていますが、農家という点では同じとも言えます。また、外からは見えないですし、括る言葉はないですが、もしかしたら環境負荷をできるだけ小さくしたい、安心安全なものをつくりたいという思いは同じかもしれません。そんな風に視点を変えてみたり、見えていないことにも目を向けてみたりすると、また見え方が変わってきますね。

自分とは異質なものに出会ったとき、自分とは違うからと切り捨てたり、〇〇信者といった感じで一括りにすると、それでは複雑なまま捉えられていないですし、分断につながってしまいます。

ポケマルのミッションは「個と個をつなぐ」ですが、それは顔の見える「個」として互いに知り合うことが、分断をなくすことだと考えているからです。生産者や消費者のような括りではなくて、1人の「人」として尊重し、向き合う。その人が何を言っているのか、なぜそう思うのか、どんな思いから言葉を発しているのかを、知ろうとする。

最近、妊婦さんは胎児の健康のために、食事で気をつけなければならないことがものすごくたくさんあることを知りました。その時私が思ったのは、「仕事とかもしたりしながら、毎回の食事についてこんなにたくさんのことを考えるのは大変だし、ネット上にあふれる正しいか間違っているか判断のつかない情報にたくさん触れて、結局よく分からないし不安だからとりあえず有機が欲しい、となる人がいるのも分かる気がする」ということでした。分かる必要はないかもしれませんが、その不安だという気持ちを知り、受け止めることが大事なのだと思います。

知って受け止めて、自分の世界を拡張していけば、他のことに対しても想像力が働くようになります。想像力が働けば、それはまた尊重につながります。ポケマルは、「個」が尊重され再生していったその先に、多様な花が咲き乱れる百花繚乱の世界を描いています。その世界をつくっていくため、ポケマル大学においても「異質なものも尊重する」ことを大事にします。

問うことをやめない

複雑なものを複雑なまま捉え、異質なものも尊重すると、唯一絶対の「答え」などなく、「正しい」ことも存在しないことに気づきます。それでも、私たちポケマルは「共助の社会を実現する」というビジョンに向かって、その時ベストだと思う選択を事業に落とし込み、社会を前に前に進めていかなければなりません。真にベストか分からないままに選択を迫られるのは苦しいことではありますが、でも、前に進むというのはそういうことなんだと思います。選択したものが真にベストであるかどうかを常に問い続けながら、前に進んでいきます。

進んでいけばまた、新らしい視点が得られたり、見えていなかった世界が見えてきます。それらも取り込んで再び問い、真にベストであると思う方向へだんだん近づいていく。ポケマル大学は、「問うことをやめない」ことを大事にします。

終わりに

以上の想いから、

・複雑なものを、複雑なまま捉える
・異質なものも尊重する
・問うことをやめない

という3つを、ポケマル大学は大事にします。「共助の社会を実現する」というビジョンに向かい、「個と個をつなぐ」というミッションを果たしていきたいと思います。

ポケマル大学の「WhyとHow」について書いた前回のnoteはこちらから。
何のために私たちが社内勉強会を実施するのか、それをどのように達成しようとしているのかを綴っています。よかったらこちらも併せて読んでみてください。

・・・

◆ ポケットマルシェ コーポレートサイト


◆ 生産者と消費者をつなぐ産直SNS「ポケットマルシェ」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?