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晴旅雨筆(エッセイ)

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これまでの人生で書き散らしてきたノートの切れ端をちぎれ絵のように張り付けたエッセイ。本を読み、山に登り、酒を呑み、街を歩く。
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#新釈ことわざ辞典

【急がば回れ】(新釈ことわざ辞典)記事版

「大丈夫、時間取らないから」 「すぐ済むよ」 「実はね……」 急ぎの時を狙うかのように、どうでもいい話を長々としてくる人、いますね。目的地までの直線コースに《地雷原》があれば、大きく迂回するのが得策です。 会社勤めを始めた頃、趣味で書いていた小説はまだ商業誌デビューの段階には至っていなかったが、研究者でありながら社内親睦誌にショートショートを連載していた私は『珍獣』扱いされていた。 といってもほとんどの同僚は昼休みの食堂でたまに話題にする程度だったが、少数の例外もいた。

【一を聞いて十を知る】(新釈ことわざ辞典)記事版

その多くが単なる《早とちり》であることは言うまでもない。 私の評判は悪い ── 家族とTVドラマを観ている時は特に。 「こいつが犯人だ! 間違いない!」 「お! この事故であのヒト、記憶喪失になると見た!」 「この二人、幼い頃に生き別れになった姉妹 ── っていう設定じゃないかな!」 「この手術、そろそろ問題が起きるぞ ── 出血が止まらなくなるとか……」 「ああ、うるさい! ちょっと、黙っていてよ! 聞こえないじゃないの!」 さらに評判が悪いのは…… 「『僕が君を

【寄らば大樹の陰】(新釈ことわざ辞典)記事版

「就職では『大企業でも陰不足』と考え、猛勉強の末に国家公務員になりひと安心、その後はずっと陰に隠れていました。稀に木陰からでようと思うことはありましたが、日焼けが怖くて……。退職後ですか? 大樹の陰に小さな木がたくさんあるのでその陰で……」 社会人生活をほとんど大樹の陰で過ごした人の独白ですが、彼らにはオキテがあり、定年を待たずして大樹から離れなければならないことが多いとか。でも、大樹の陰にいくつもの木があって、今度はそれらの木の下に移るだけなんだそうです。しかも、以前の職

【鉄は熱いうちに打て】(新釈ことわざ辞典)記事版;オスマン帝国《イエニチェリ》のことなど

暴力教師やパワハラ上司の自己弁護。 このことわざには二つの意味があるそうです。 A. 精神が柔軟で、吸収する力のある若いうちに鍛えるべきである。 B. 物事は、関係者の熱意がある間に事を運ばないと、あとでは問題にされなくなる。 意味Bは特に問題はない。まあ、そうでしょうね。当たり前すぎて、なぜわざわざ諺に?と思うくらい。 問題は意味Aです 。部活担当の暴力教師や新入社員を指導するパワハラ上司はこのことわざを引用して自己正当化するかもしれない。 しかも、それは、ある意味、

【口自慢の仕事下手】(新釈ことわざ辞典)記事版

有能な経営コンサルタントに惚れ込んで後継者に据え相談役に退いた創業者が、権限移譲後ほどなくして直面した会社存亡の危機に、頭を掻きむしりながら現社長に浴びせる罵声。 30代の終わり頃、所属企業の業務改革の一環として、外部の経営コンサルタントと合同チームで仕事をしたことがある。 その時に感じた有能なコンサルタントの条件は、 ① 多種多様なデータを保有し、クライアント経営陣を説得するのに最適なデータを即座に取り出せる状態にしてある有能な組織と、 ② クライアント企業のデータをフ

【据え膳食わぬは男の恥】(新釈ことわざ辞典)記事版

既に異臭を放ち始め、周りの誰もが警戒して手を付けない《据え膳》に、我慢できずかぶりついてしまったため、数々の災厄がふりかかり七転八倒している男が、それでも虚勢を張って言うセリフ。 本当に目の前に、『リアル据え膳』が出てきたら、多少の異臭を放っていても、箸に手を付けてしまう気持ち、わからないでもありません。 でもでも、動画の解像度が向上し、ほとんど『リアル』に見える『バーチャル』が氾濫しています。『バーチャル据え膳』に幻惑されないようにしないと……それ、ディスプレイ越しです

【笛吹けど踊らず】(新釈ことわざ辞典)記事版

今回は、お相手の男性がさすがにシニア過ぎたのでは……? 高校時代の同級生が内科のクリニックを開業したため、40代半ば頃によく診てもらっていました。その頃の話です。 「Pochi、お前、あっちの方は大丈夫か?」 「え? あっちって?」 「ウチでバイアグラの処方もできるぜ」 今は特許が切れてこの薬以外の製品もあるようですが、その頃はほぼ独占状態でした。 「ああ、……今のところ必要ないけど……まあしかし、そこまでしてカミさんと……」 「ハハハ! カミさん相手に使う人なんているわ

【濡れ手にアワ】(新釈ことわざ辞典)記事版

ソープランドのサービスの一種(らしい)。 ご存じのように、 《ソープランド》はかつて、《トルコ風呂》と呼ばれていました。そこで働く女性たちは《トルコ嬢》と。 《……風呂》まで続けて言うのならまだしも、通常の会話はこんな具合でした。 この人はもちろん、毎月「トルコ共和国」に出張していたわけではありません。 思えばひどい話です。トルコ人留学生が横で聞いていたら、怒り出すことでしょう。 実際、この会話が行われたのとほぼ同時期に東大地震研に留学していたトルコ人学生、ヌスレッ

「ことわざ辞典」を書き始めた頃と《ポリコレ》変化の波(エッセイ)

《新釈ことわざ辞典》を「つぶやき」モードで投稿開始したのは、ちょうどひと月前の5月20日からです。 この企画を思いついたのははるか昔、── 私が作家志望の学生だった頃です。 その半年前にキャンパスの印刷所で小説集を自費出版し、学園祭で販売しました。 赤字ながら完売はしたのですが、「次」が続かない。当時の出版は活字を組んでもらう必要があるため、かなりの費用がかかりました。 本を買ってくれた人の中に、大人びた女子中学生(2年、だったかな)がおり、喫茶店で会った時に、彼女が書い