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シュレディンガーと猫:その猫は実在するのか。

かつて、サン・セヴラン街通りにて、猫の大虐殺が行われて以来、300年ほどの月日が経った。今や、猫、少なくとも非実在の猫もの、に関しては、猫の虐殺者の不名誉は一人の物理学者によって独占されていると言っても、過言ではない。

それは、もちろん、皆もご存知、エルヴィン・シュレーディンガー博士、その人である。

エルヴィン・ルードルフ・ヨーゼフ・アレクサンダー・シュレーディンガー博士。猫の虐殺者。

彼は、彼のかの有名な量子論の理論にて、その量子論よりも有名な猫を使った例を説き、猫を箱の中に閉じ込め、彼の文が引用される度に、一匹の猫が半分の確率で亡くなる呪いを世界中にばら撒いた。

その猫が引用された回数は、数百万を下らず、故に、殺された猫の数は、百万をくだらないだろう。

しかし、彼が何故猫を選んだかについては、諸説が存在する。

少なくとも、猫は箱の中で眠りがちだという修正を知っている程度には、彼は猫に詳しいように思われ、故に、彼が猫を飼っていたのではないかと、連想するのは、そう難しくない。

少し検索すると、彼は、オックスフォード大学時代(1930年代)、「ミルトン」という猫を、妻と愛人と暮らしている間飼っていたらしいということを知ることができる。

オックスフォード大学時代のシュレディンガー。少なくとも彼はベルリン時代の成功を
オックスフォードで収めることが出来なかった。異国での教鞭、愛人関係、私生活の問題、
そしてナチスとの確執などに囚われ、彼は困難の多い日々を過ごした。

なるほど、彼は猫を飼っていたのか。それで、彼は猫を箱に入れたのか。ふむ。

一件、ここで、事件は閉じられるように思える。しかし、より詳しく調べると、この猫の実存に関しては、大いなる疑問がつきまとっていることがわかる。

そもそも、冷静に考えれば、猫好きの如何なる人間が、後の人類史にて最大の猫の虐殺者たる行いをしでかすであろうか。彼が猫を飼っていたと考えるよりは、彼は猫を嫌いだったのでは、と疑問に思うほうが自然だ。

更に詳しく調べると、この「ミルトン」なる猫は、かつて存在したWikipediaの記述を初出とし、彼が飼っていた猫の名前としては、2015年頃から引用されるようになったものの、それ以前の文献では存在しないらしいことがわかる。

一方、それより古い文献では、「トビー」との名の猫を飼っていたと引用されることもあるが、それも、1998年のNew Scientistの記事以前に遡れず、少なくとも、シュレディンガーの伝記や関わりのあった人物の回想録などの一次資料からの引用ではなさそうである。

シュレディンガーの猫について調べたところ、かの猫の実存は、シュレディンガーの猫のように、不確定なものであることがわかった。ただ、彼の思考実験と異なり、その存在の確率は半々には収束せず、完全に否定するに至る、確固たる証拠はないものの、概ね、存在しないであろう、という結論になりそうだ。

この小さな捜査にて見つかった最も信頼できそうな記述は、stackexchange.comで同様の捜査を行った人々の履歴で、ここでは、上記に似た結果と、追加でいくつか興味深い事実を教えてくれてため、これにて文を結ぶこととあする。

まず、彼自身が猫を飼っていたかは定かではないものの、彼の母方の叔母はターキッシュアンゴラを6匹から12匹ほど飼っていた上、毎度、悲しげに冒険から帰って来る雄猫を一匹飼っていたようで、その猫はその姿から「トマス・ベケット」と呼ばれていたようだ。

また、シュレディンガーは犬は飼っていたようで、こちらに関しては、実存を疑う必要もなく、その証拠たる写真が残っている。

シュレディンガー博士と、彼の愛犬。名は、ブルシー(Burschie)という、コリー犬。

彼が、犬を飼っていたという事実は、ある種、この捜査のピリオドとして、ふさわしいように思える。

なぜならば、シュレディンガーが犬派ならば、彼が何故実験に猫を選んだかはわかりやすく、自明となるからだ。

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