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地域公共交通が生き残るたった一つの方法~「オープンデータ化」の現在地と課題~ Vol.4

第4章 無限の可能性を生む未来のために ~オープンデータ化の推進とデータリテラシーの両立を~


前章までの通り、オープンデータ化の最大の利点は、想定しないシナジーが生み出される可能性が確保されているということでした。

オープンデータ化が進んだ社会とは、場所と場所、サービスとサービス、場所とサービスが様々に意見を言い合い、修正を続け、新たなシナジーを生み出し続ける社会です。

施設やサービスが廃止されて、その報道を見て「そんなものがあるともっと前から知っていたら使ったのに」とつぶやく、そんなことを可能な限りゼロにするためにあるのがオープンデータ化です。

公共交通のオープンデータ化は、そういう漠然とした未来を具体的な事例を通してわかりやすく示すことができる先駆事例になるのでは、と思います。

公共交通はすべての人/物に関係します。

でも、公共交通だけでなく、「あなた」もすべての人/物に関係しているはずです。既にわかっているものとは既に繋がっているでしょう。でも、オープン化すればわかっていない可能性にも繋がれます。


「あなたはすべてに関係し、すべてはあなたに関係する」未来へ繋がるために、オープンデータ化はジャンルを問わず進められるべきものだと思います。

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プラットフォーマーとオープンデータ

ただし、一点誤解されがちなのは、すべてと繋がるという結果が大事なのではなく、すべてと繋がることができるという可能性が大事ということです。

オープンデータ化は、データにアクセスするコストを可能な限り下げることで、様々な関係者に様々な機会を提供するものです。決して、すべてのデータがひとつに統合されること、それによる社会の全体最適化自体が目的ではありません。

公共交通の具体的な話に戻って、MaaSで議論されているふたつの方向性を取り上げます。

MaaSのひとつの実現手法は、強大なプラットフォーマーが誕生し、すべての交通サービスを統一的に供給することです。鉄道もバスもタクシーもひとつの事業者あるいは連合体に統合されるか、あるいはひとつのMaaSプラットフォーマーを通して集約されるという在り方です。
利用者からすれば、移動手段に一元的にアクセスできます。

もうひとつの方向性は、交通サービスの供給主体が統一的かつ悉皆でのデータ提供を行うことで、多様な利用者の価値観にあわせて、様々なMaaSサービサーがニーズ毎、利用者毎、あるいは地域毎のプラットフォームを提供するという在り方です。
こちらも利用者からみれば、自分が使いたいときや使いたい形に何らかのMaaSサービサーが対応していれば、一元的に移動手段を利用できることには変わりありません。

オープンデータ化が目指すMaaSはもちろん後者の形態です。

 そして、こちらこそがMaaSの本質でもあると思います。
 なぜならば、MaaSの発想の根本には、交通事業者側の供給するものの理屈で提供されるサービスを、利用者本位、利用者単位のサービスに組み替えることであるからです。つまり、サービスの利用のあり方を決める決定権を事業者から利用者に移す、ということに大きな意味があったのです。

その意味では「ユーザーの自己決定権を最大化する、オープンデータ化による競争的・民主的なMaaS」こそが本来的な「MaaS」であり、オープンデータ化が目指す社会とは、すべての人/物が繋がっているという結果ではなく、繋がることができる(繋がらない選択肢・拒否権もある)可能性そのものが重要であると言えます。

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立ちふさがる「データリテラシー」の壁

さて、こうしたオープンデータ。実現に向けた最大の壁は何なのでしょうか。

それこそがデータリテラシーです。提供側と利用側双方に存在しますが、特に提供側でこの壁が大きく立ちはだかっています。

デジタルデータの活用が様々な面で進み、良くも悪くも大きな可能性を持ってしまった現在、「自らのデータをみだりに出さない」というデータリテラシーは、現代人の基礎的な素養となりつつあります。

また、個人情報保護法などの法制度も個人情報の管理や利用の厳格化をどんどん強める方向にあり、個人情報の管理や利用する事業者側の責任も重くなっています。

ダイヤやルートのような、既に別の形で発信している交通情報のオープンデータ化であればこれは大きな問題にはなりません。

しかし、例えば輸送実績のような利用者に紐づいてくる情報となると、その漏洩や悪用による責任をデータ保有者としては意識せずにはいられなくなります。これが、学生や通院に関する情報となると、より一層その警戒心は強まります。

また、AI技術の革新もあり、ビックデータの活用可能性がどんどん広がるにつれ、事業者には、その内部の経営情報を出すことへの警戒心も強まっています。「出したからといって何が困るかわからない。しかし、競合他社の「何か」の分析に活用されたら困る」という発想です。

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これらに対するひとつの解決策は、すべてを一括してオープンデータ化するのではなく、性質毎にオープン化の段階を分け、特に警戒されやすい個人情報や経営情報については「行政」という主体をエクスキューズに使うことです。

「どこかの誰かに使ってもらう」ための交通情報などは全面的にオープンデータ化してしまう一方で、「どこかの誰かに意見を言ってもらう・議論してもらう」ための施設利用情報や経営情報などは、地域公共交通の協議会などを主宰する自治体や、公的な研究機関などに限って提供してもらい、そこからさらに公表する際には、自治体などがきちんと匿名化のフィルタリングをかけるなど必要かつ適切な措置を講じる、という方法です。

一方、これは完全な解決策ではありません。

膨大なデータの保有、機微なデータの管理、そして適切なデータ分析や匿名化などの作業を、行政、特に自治体行政で担おうとすれば、今のデジタル庁規模の組織を少なくとも全都道府県レベルで整備しなければならないでしょう。都道府県レベルでも数人、多くても10人程度の人数で公共交通を担当している現状では、現実的ではないため相当な工夫が必要です。

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オープンデータ化が導く無限の可能性を生む未来のために:オープンデータ化の推進とデータリテラシーの両立

「自らのデータはみだりに出さない」というデータリテラシーの意識だけが強まれば、オープンデータ化が生む無限の可能性のある未来を実現できません。一方で、データの無限の可能性が同時に無限のリスクを孕むものである以上、データリテラシーもまたおざなりにするわけにはいきません。

必要なのは、両者をどう両立するかという原則を確立することです。

例えば、個人情報保護法の関係上、事業者や施設が利用側から収集するデータを公共交通の改善に使うことは、ほとんどの場合、目的外利用として禁止されてしまいます。

公共交通のオープンデータ化を進めるのであれば、政府は、上記のデータを自治体や交通事業者に提供することを実現する具体的方法を公表し、分かりやすく説明すべきでしょう。

また、行政が集約したデータの公表を簡便に行うために、個人情報保護の観点で関連する法令の整備、匿名化等必要な作業を見据えたデータ収集・管理のルールやフォーマットの整備、行政の管理コストや漏洩した場合のリスクの低減を図ることも、オープンデータ化とデータリテラシーの両立のためには有効でしょう。このあたりは各所管官庁個別の施策というより、まさにデジタル庁に期待すべきものでは、と思います。

さらに、公共交通についても、その公益性から経営情報を出すことを交通サービスの事業許可の前提にしても良いのではと思います。

上記では様々なデータリテラシーとオープンデータ化の両立の方法を取り上げましたが、何よりも大事なのは、世の中に広く使ってもらう施設やサービスの情報は、原則としてオープンデータ化しなければならない、という大原則を確立することです。

現在は、使ってもらえそうなデータを小出しにオープンデータ化している状況ですが、「わからない」という可能性に賭けることがオープンデータの本質的メリットである以上、「オープンにしてはいけない」という明確な反証が無い限り、オープンデータ化する、という大原則の確立が何よりも必要です。

第1章 Googleに載らないものは存在しないと同義 ~進む“公共交通のオープンデータ化”と残された課題~

第2章 ラストワンマイルサービスも含め「オープンデータ化」を徹底すべき理由 ~“潜在需要”獲得と無限の可能性~

第3章 あらゆる情報をオープンデータ化すべき理由 ~“常に最適化される地域の公共交通”も実現可能に~

第4章 無限の可能性を生む未来のために ~オープンデータ化の推進とデータリテラシーの両立を~

第5章 公共交通のオープンデータを「仕組み化」した山形県 ~先進的な取り組みと見えてきた課題~


執筆者:酒井達朗
1984年愛知県生まれ。国土交通省に入省し、都市計画、国際航空、道路法制等を担当。米仏への留学後、2017年から地域公共交通政策担当の課長補佐として、MaaS導入初期の方針策定や地域交通に対する独占禁止法の適用除外規定の策定等に携わる。2019年より山形県総合交通政策課長、2021年より現在は同県企画調整課長。公共政策学修士(東京大学)、Master of Arts in Law and Diplomacy(Tufts大学)、経済学博士(埼玉大学)。
https://note.com/n_shirokitsune/
※本稿は個人的見解であり、所属する組織とは関係ありません。

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