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地域公共交通が生き残るたった一つの方法~「オープンデータ化」の現在地と課題~ Vol.5

第5章 公共交通のオープンデータを「仕組み化」した山形県 ~先進的な取り組みと見えてきた課題~


最後に、オープンデータ化の未来像を踏まえて、都道府県レベルでできる工夫として、山形県で取り組んできたオープンデータ化の取組みとその趣旨についてご紹介します。
まずは公共交通分野で、そして地域内でできることをやってみよう、と取り組んできたものです。

特に公共交通については、2020年度を通じて、県と県内全市町村が共同で、「山形県地域公共交通計画」を策定することとなっていたため、この計画を利用して、県内の公共交通に限っては、「オープンデータ」を「常識」にするための仕組みづくりを試みています。

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出典:山形県地域公共交通活性化協議会 山形県地域公共交通計画【概要版】(令和3年3月)

ダイヤやルート等の静的な交通情報については、民間路線バスも、第三セクター鉄道も、市町村のコミュニティバスもすべからくデジタルフォーマットに揃え、オープンデータ化することをルール化しました。

デジタルデータ化を山形県で実施するとコストがかかるため、交通サービスの提供主体それぞれで実施してもらうべく山形県が事業者に支出する補助金や市町村に交付する交付金において、オープンデータ化への協力を要件とすることとしました。
地域や路線によってはただちに経済効果を感じにくいオープンデータ化について経済的インセンティブを与えるための仕組みです。

また、実施状況のモニタリングついては、国土交通省の地方支局である山形運輸支局の協力を得て、交通事業の運行許可申請や変更申請が出てきたときには、オープンデータ化を同時に行っているか、山形県と連携しているか、という点をチェックしてもらうことをルール化できました。
これにより少なくとも山形県内で合法的に交通サービスを行う場合は、漏れなくタイムリーなオープンデータ化が担保されることになります。

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出典:筆者作成

さらに交通事業者には、国に報告している経営情報や輸送実績の詳細を県・市町村にも開示することや今後導入していく交通系ICカードの利用実績の無償提供など、その保有する情報を少なくとも自治体レベルにはすべてオープンにする義務付けも課しています。
これについては、山形県としては大胆な提案でしたが、事業者からは大きな反発無く合意していただけました。

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出典:筆者作成

また、山形県に関係するオープンデータを活用し、山形県の地域課題を解決するためのアイデアやアプリケーションを募集するオープンデータコンテスト(Yamagata 幸せオープンデータ利活用コンテスト)を2021年6月から開始しています。

これは、例えば、大学生が自分たちには提供される大学のローカルな情報と周辺公共交通のようなオープンデータとを組み合わせて学生生活を便利にするアプリを作ってみる、といったローカルデータとオープンデータとのシナジーが起きてくれないか、ということも期待しているものです。

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出典:山形県WEBサイト

今後の検討課題

一方、公共交通を利用する側のデータの開示となると、さすがに一足飛びのオープンデータ化は困難でした。

とはいえ、市町村からは、「隣の町にある病院に当市からも多くの住民が通院しているはずだが、具体的にどういうニーズがあるのかわからず地域交通の検討が止まっている」などといった声もあり、要望が多いものであることも事実です。

特に、通院者情報や通学情報は個人情報の兼ね合いが特に強く、また、アナログなデータ管理も多く、匿名化のバッチ処理なども困難で、山形県内一元的な対応方針は現時点で未だ検討段階です。

計画には、こうした情報については完全なオープンではなく「クローズ利用」として自治体などの特定者への提供を定めたり、データの二次利用ルールの整備などを進めたりして、可能な限りの開示を進める、という検討方針を記載するにとどまりました。

今後は一部の学校や乗換検索事業者と連携し、学校情報が具体的にどのような形で公共交通サービスの改善、ひいては通学者の利便に資するかを検証する実証事業を2021年度中に行い、ルール化の契機にしたいと考えています。

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「まず隗より始めよ」

山形県では、地域公共交通が厳しい現状にあり、何とかしなければという意識が共有されていたこと、主要な交通事業者がほとんど山形県内事業者で、かつ、それなりの規模があり、趣旨の説明や調整が比較的容易だったこと、何より、山形県や市町村の担当者の方々はじめ、関係者の皆さんのご協力とご尽力のおかげで、全国的にも珍しい「オープンデータ」の仕組みづくりが進められました。

しかし、やはり自治体レベル、地域レベルでの限界も多く残っています。

全国規模の交通事業者によるオープンデータ化や地域へのデータ提供をお願いするには山形県ではやはり力不足でした。

公共交通のオープンデータ化ということで、国土交通省の協力は比較的得られましたが、教育や医療、福祉といった他分野の情報連携となるとどうしても、それぞれの所管省庁の規制が絡み、山形県や市町村の担当部局も「〇〇省の通達で、そういうデータの取り扱いはできないことになっていまして…」という回答しかできないという場面が繰り返されました。

また、山形県で取り組んでいて課題になったのは、もっと地道な分野でした。

例えば、今回のオープンデータ化施策の一環として、山形県が交通事業者に支援する場合、すべての事業者に有効な電子メールの提出を義務付けました。

しかし、特に、タクシー事業者の中には、高齢の個人事業主も多く、スマホを持っていないという声も多く聞かれました。正直な感想として、民間事業者も多数注目するMaaSプロジェクトやスマートシティ事業には、行政が補助金を出さなくても民間資金は集まります。むしろ、草の根でPCもスマホもないけど、どうにか公共サービスを維持しているという現場に適切な支援が出ないだろうか、とも感じました。

山形県の取組みを通じて、地方にできること/できないこと、国家として、社会全体としてできること/すべきことをより多くの人にも実感してもらえればと思いながら、引き続き、美しい山々と日本海に囲まれた山形県から、まず「隗」として頑張って行こうと思います。

いずれ「楽毅」のような「どこかの誰か」が増えていって世の中全体が変わっていくと信じながら。

第1章 Googleに載らないものは存在しないと同義 ~進む“公共交通のオープンデータ化”と残された課題~

第2章 ラストワンマイルサービスも含め「オープンデータ化」を徹底すべき理由 ~“潜在需要”獲得と無限の可能性~

第3章 あらゆる情報をオープンデータ化すべき理由 ~“常に最適化される地域の公共交通”も実現可能に~

第4章 無限の可能性を生む未来のために ~オープンデータ化の推進とデータリテラシーの両立を~

第5章 公共交通のオープンデータを「仕組み化」した山形県 ~先進的な取り組みと見えてきた課題~


執筆者:酒井達朗
1984年愛知県生まれ。国土交通省に入省し、都市計画、国際航空、道路法制等を担当。米仏への留学後、2017年から地域公共交通政策担当の課長補佐として、MaaS導入初期の方針策定や地域交通に対する独占禁止法の適用除外規定の策定等に携わる。2019年より山形県総合交通政策課長、2021年より現在は同県企画調整課長。公共政策学修士(東京大学)、Master of Arts in Law and Diplomacy(Tufts大学)、経済学博士(埼玉大学)。
https://note.com/n_shirokitsune/
※本稿は個人的見解であり、所属する組織とは関係ありません。

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