見出し画像

【PublicNotes特集】COCOAはなぜ機能しないのか(後編)~「失敗」に終わらせないために 社会制度にテクノロジーを位置づける~

【Public Notes】とはミレニアル世代のシンクタンクPublicMeetsInnovationがイノベーターに知ってもらいたいイノベーションとルールメイキングに纏わる情報をお届けする記事です。

前編はこちら、中編はこちらから。

一方で、COCOAが機能していない理由は果たしてCOCOAの品質だけなのでしょうか。今回の不具合が浮かび上がる以前から、利用者数は伸び悩んでおり、陽性登録者数も十分ではなかったことを考えると、制度全体のなかでCOCOAというテクノロジーをどう位置付けるかという戦略的な視点が不足していたとも考えられます。
ここでは主に2つの観点から、制度上でのCOCOAの位置づけの問題点を考えていきたいと思います。

①COCOAに対する不信感

最も大切な論点として、国民の間のCOCOAに対する不信感をぬぐい切れなかったことが挙げられます。

一般財団法人国際経済連携推進センターが昨年行った調査(9月8日から13日にかけて全国の15-69歳の男女を対象に実施、サンプル数4166)によると、「プライバシーに関する懸念がある」と回答したのは全体の44.5%を占めています。

画像1

また、同調査では、「COCOAが感染防止に効果がある」と答えたのは、全体の43.7%と半分以下であったと報告しています。

画像2

もちろん、COCOAの不具合が連続して生じてしまったことは、COCOAの有用性に対する国民の不安を大きくさせた重大な要因であったことは間違いないでしょう。
一方で、アプリの性質上プライバシーにできる限り配慮した設計になっていることを鑑みても、国と国民の間に大きな認識の乖離があったことは否めません。

この点について、冒頭でもご紹介した「まもりあいJapan」を開発したCode for Japanの関代表は、「コールセンターの設置やTwitterアカウントでの発信等を通じた国民へのコミュニケーションが十分ではなかった」と指摘しています。

画像3

Code for japan関代表にオンラインでインタビューした時の様子↑

特にCOCOAに関しては、リリース当初の期待が大きかった分、その後の度重なる不具合によって国民側での不信感が大きく広がり、急激に登録者数が減少してしまったと考えられます。
一方、COCOAアプリそのものの有効性を担保することはもちろんですが、アプリに不具合はつきものであり、どのようにリカバリーしていくかの視点がむしろ重要になってきます。
これは、上で述べた委託先との関係性にも繋がってきます。不具合がなぜ起きたか、それによってどのような状況が発生するか、いつまでに修正できるか等の情報が適切に上がってこない限り、そうした国民の声に応えていくことができないからです。そのためには、厚労省に対して説明責任を負うパーソルにもアプリの全体像を理解している人間が必要ですし、厚労省側にもそうした説明を理解し国民に分かりやすく説明できる人材が必要であることは言うまでもありません。

行政の説明責任の重要性はさまざまなところで指摘されていますが、国民の協力なしでは実現できないCOCOAによる感染拡大防止においては、特に顕著だったということができます。

②高い陽性者登録へのハードル

二点目は、陽性登録に至るまでのハードルの高さが挙げられます。
そもそもCOCOAには二度のオプトイン(ユーザーが同意を示すこと)があります。一つはそもそもインストールが任意であること、もう一つは陽性登録が任意であることです。

インストールに向けた課題は上でご説明した通りですが、それ以上に陽性者登録割合が2.7%と非常に低くなってしまっていることも、COCOAの有用性を下げてしまった大きな要因として考えられます。

この点について、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの藤田ヘルスケア・データ政策 プロジェクト長は「陽性者登録についてはオプトアウト(ユーザーが許諾しない意思を示さないかぎり同意をしたものをみなすこと)による設計も可能だったのではないか」と疑問を投げかけています。要するにユーザーが明確に拒絶の意志を示していない限り、陽性になった情報が自動的にCOCOAに転送されて、陽性者登録される仕組みにするということです。

画像6

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター
藤田ヘルスケア・データ政策 プロジェクト長↑

もちろん、オプトアウトにすることによって個人情報に対する懸念が高まったり、許諾しない意思を示す時間を担保することによる陽性者登録そのもののタイムラグといった課題があるのも事実です。

一方、現行のCOCOAでは、検査結果が陽性で、新型コロナウイルス感染症の患者との確定診断がなされた場合、保健所に陽性者登録の希望を伝えて初めて、保健所が発行する「処理番号」がSMSやメールで届き、それを使ってアプリで登録することができるようになっています(画像は厚生労働省HPから引用)。

画像4

しかし実態として、感染探知時に法的入院措置の説明や濃厚接触者調査、入院調整、クラスター防止のための関係者の検査調整等を一度に抱える保健所が、陽性者をCOCOAに登録させるために労力を割く余裕がないという現実もありました。実際、一部の保健所では既存業務で手が回らなくなり、処理番号の発行対応が後まわしになっていたという事情もあるようです。

オプトアウトにする、すなわちユーザー側が明確に拒絶の意志を示していない限り自動的に陽性者の情報がCOCOAに流れるようにすることによって、こうした陽性者に陽性登録をさせるという保健所の負担が相当程度軽減されていた可能性もあります。

もちろん、究極の選択肢として、オプトアウトですらなく陽性になれば自動的・強制的に陽性者登録がなされるという仕組みも可能性としてはあります。一方、そうしたときに「同意なしで情報が利用されたという不安を国民に抱かせないためのより丁寧な事前説明やプライバシーへの配慮が求められる」と藤田プロジェクト長は言います。

まとめ

今回のCOCOAをめぐる騒動において、テクノロジーを単体で見るのではなく、保健所を含めた制度全体のなかの一部としてテクノロジーを位置づけ、フィージビリティのある設計を行う視点が国に欠けていた点は否めません。

しかしそれだけではありません。もし仮にオプトインではなく、オプトアウト、もしくはオプトアウトの機会すら与えず自動的に陽性者の情報が登録される仕組みにしていればより効果的な感染抑止が可能だったという研究が出てきたとき、国民はその結果をどのように受け止めるのでしょうか
プライバシーにどの程度配慮するのか、どの程度国民がそのリスクを引き受けることができるのかは、一連の騒動を通じた大きな課題の一つだったのではないかと思います。

新型コロナをきっかけとする各国のデータ・プライバシーの議論は世界的に加熱しています。実際、藤田プロジェクト長いわく、Apple、GoogleのAPIを利用しなかったシンガポール含めて、プライバシー保護の度合いの異なる各国のコロナ追跡アプリによる成果は、現在研究が鋭意進められているとのことです。

本年9月に予定されているデジタル庁発足に際して、わが国がどのように個人情報と向き合っていくのかは難しい課題です。
繰り返しになりますが、COCOAのように国民の協力が不可欠な政策の場合、どのようにテクノロジーを信頼してもらえるかはこれまで以上に重要な視点になります。
今回は、他国がどのようなコミュニケーションを国民と図っているのかについてまで調査を行うことができませんでしたが、こうした論点も今後浮き彫りにしていければと思います。

おわりに

今回の記事では、COCOAという国民認知度の非常に高いアプリを引き合いにしつつ、その経緯と効果的に機能していない理由の分析を通じて、国がテクノロジーを効果的に活用していくための今後の課題を考えていきました。

BtoC型のシステム自体は、国税電子申告・納税システム(e-Tax)マイナポータルなど複数存在します。しかし、COCOAほど短期間で国民の日常生活に浸透させることが必要だった国主導のアプリはこれまでなかったでしょう。スピード感、国民とのコミュニケーション、UIUXの設計含めて、COCOAの課題はたくさんあります。

一方、デジタル社会の到来とはまさに、日常生活へのテクノロジーの浸透を意味します。
NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方」のなかで若林さんは、今後はデジタルを活用した「小さいけれども大きくサービスを展開できる行政府」が必要であり、そのためには「デジタル空間内に公共性の高いインフラが必要」であると述べています。すなわち、私たちの日常の公共手続き、行政手続きが、デジタル空間内で完結できるようにしていく必要があるということです。

こうした観点から考えると、現時点では効果を十分発揮できていないとは言え、約10か月間で2500万人以上の国民がダウンロードし、感染防止に役立てようとしたことは、まさに公共性の高いテクノロジーが日常生活に浸透してきた最初の例とも言えるのではないでしょうか。

COCOAを「失敗だった」と言って終わらせずに、今後の未来社会に向けて役立てていくことが、今を生きる私たちに求められていることだと思います。

お礼

最後になりますが、本記事の執筆にあたってはCode for Japanの関代表、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの藤田プロジェクト長、楠政府CIO補佐官をはじめ、数多くの方からご知見とご助言を賜りました。この場をお借りして御礼申し上げます。

また、できる限りのファクトチェックと専門家の皆様へのヒアリングを行いましたが、現在進行中の事案ということもあり、事実誤認等が含まれている可能性があります。お気づきの点等ありましたら、PMIまでご一報いただけますと幸いです。


Public Meets Innovation 理事 田中 佑典

画像5

1989年奈良県生まれ。コロンビア大学大学院修士課程に所属。長野県、外務省での勤務を経たのち、総務省において、シェアリングエコノミーの社会実装をはじめとする人口減少下の持続可能な社会を実現するための企画・立案に従事。現在は米国コロンビア大学において公共政策学・ジェンダー政策を専攻。2019年世界経済フォーラム Global Shapersに選出。
※本稿は個人的見解であり、所属する組織とは関係ありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?