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『タブー』 (67)

今回はこの煮込む日々史上最も難しい問題について書いてみようと思う。歴史認識も絡みタブー過ぎるので、連載も終わってしまうのではないかと危惧している。方々から大変なお叱りも受けるかもしれない。しかし表現者の端くれとして、この争いについて語らなくてはいけないと思うのだ。無力ながら何とかこの争いを止めたい、いや止められなくても考えていきたいという気持ちを許して欲しい。

今日の題目は『きのこの山 たけのこの里』である。

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”きのこの山”は、1975年にmeijiが生み出したお菓子である。1966年に江崎グリコが開発した、手を汚さず持てるチョコレート菓子ポッキーに対抗して作られたものだそうだ。主力商品のアポロチョコレートをどうにか手で持てるカタチにするために、開発から完成まで5年かけ、何百もの試作が行われ誕生したのである。横文字が全盛の時代に、あえて郷愁を感じさせる名前にし、緑色(因みに緑は当時お菓子の色としては合わないとされていた)を基調とした自然を感じるパッケージで売り出した。きのこの傘の形をした小さなチョコレートと、石づきや軸の形のクラッカーを合わせた、持ちやすく食べやすいお菓子だ。老若男女に愛された”きのこの山”、その発売から4年後、”たけのこの里”が生まれた。

”たけのこの里”は1979年に”きのこの山”の姉妹品として販売された。長さ2cmほどの竹の子の形をしており、クッキーで作られた竹の子をチョコレートでコーティングしたお菓子である。「なんだよ、きのこの山と同じじゃねーかよ」と思う方もいるかもしれないが、そうではない。きのこの山がクラッカーなら、たけのこの里はクッキーなのだ。大事なところだからもう一度

クッキーなのだ!!!

更にカカオの香るミルクチョコレートと、まろやかなミルクチョコレートの二層となっている。その2種のチョコレートとサクサクのクッキーのダブルパンチが、たけのこの里の魅力なのだっ!!!!!

ここで、おい、待てよ談吉、お前中立じゃないな、たけのこの里派だなという声が聴こえてくるようだが、全くもってその通りである。筆者は完全なるたけのこの里派だ。とても中立の立場ではいられない。先ほどもたけのこの里頑張れと空に向かって吠えたほどだ。しかしそれではきのこの山派が憤慨するのは目に見えている。そこで双方の意見をネットで拾い集めた。

きのこ山
「チョコレートの部分をきれいに剥がして食べた時の幸福感はきのこの山です」

「仕事に疲れた時優しく包んでくれるのがきのこの山です」

「クラッカーの刺さり具合を見るのが好きです、ナナメだったり」

「世界に一つのかわいいフォルム、きのこの山好きです」

たけのこの里
「クッキーのカリッとした歯ごたえがたまりません」

「ホットミルクと一緒にいただきます、ミルクの熱でチョコが溶けて美味しい」

「何よりチョコとクッキーのバランスが凄い、黄金比ですね」

「家族の一員です」

まだまだ意見はたくさんネットに転がっていましたが、これくらいにしておきます。調べてみるとこの両者はどちらもお互いを尊重した素敵な関係であることがわかりました。どちらが好きか、好みは誰しもあるでしょうが、たまには好みと違う方を食べてみるのも良いかもしれません。早く戦争が終わると良いですね〜。

この連載は±3落語会事務局のウェブサイトにて掲載されているものです。 https://pm3rakugo.jimdofree.com