【演劇ワークショップ】稽古場日誌⑫


【演劇ワークショップ】play room第3期
稽古場日誌
「役者とは、演技とは」
第12回 適当


前回講師世莉さんに貰った、
適当
と言う言葉。

考えても考えても、結果答えは出ず。

答えは知りたい。
だが、自分で見つけもしたい。

結果、稽古前に世莉さんに聞いてみる。
世莉さんはコレはみんなで共有しよう。と言うコトになり、みんなで適当とは何か?を考える時間を貰えた。
ほんとにこういう流れは稀だと思ってる。ワークショップなりオーディションなり稽古なりで感じたコトを共有する時間を作ってくれる所はまず無い。個人で解消するか、演出と解決するか、が主。
それをみんなで共有してくれるのは私的には凄く有難かった。

ある方は、自分とは全く違う世界の概念だから、想像を絶する適当な人と付き合ってみる
ある方は、正しいコト正解を狙ってる。完璧主義者。適当の答えを見つけなくてもいい。適当を見つけるなら適当を探さない。
ある方は、その方の体験を交えながら、答えを求めるのは面白くない。演劇は何をやっても許される。
等の言葉を頂いた。
アドバイスや経験を語ってくれた皆様には本当に感謝。

そこから世莉さんがいろいろ語ってくれた。

日本的な教えとインド的な教えの違いから。
日本は、
「人に迷惑をかけてはいけない」
だが、インドでは、
「生きていれば迷惑かけるのだから迷惑かけてもいい。だから人からの迷惑も許そう」
だそうだ。全く違う。私には少し衝撃だった。

そこから、
迷惑かけてもいい。
内在化されている常識をどうひっぺがすか。それが適当。
と言う言葉を貰った。

常に芝居、演劇、舞台表現、稽古では正解を求めていた。答えを知りたかった。
でもなぜそこまで正解や答えに固執したのか。
それは、

「不安」

だからだ。
自分の演技表現立ち居振る舞い、常に自問する。
それでいいのか?
と。もちろんプランニング役の掘り下げなどもやっていたが、なんの為にやっていたのか。それをやっても付きまとう不安と自問。
だから、不安を解消したくて正解が欲しくて、自問を無くしたくて答えを探す。

更に世莉さんの言葉を拾えば、
適当に形なし、正解なし。
言われなければなんでもいい。
そうすることによって、視界が広がり余裕ができる。

何とかここまでやってきたが、それでもまだまだ知らないコト、分からないコトが山ほどある。
今までどうやってきたか、ではなく、コレからどうしていくか、が大事。50になって経験もあるのに、なんて関係ない。
今からでも遅くない。いろいろ感じるコトの重要さを思い知った。
だから、迷惑なんて思わずいろいろやってみる。感じてみる。声に出す。

こういう場で共有出来るのは、私にとってほぼ初めての経験。
とてつもなく有意義な時間だった。

そしてその日のワークショップで初めて、

「楽しい」

と感じた。
いや、過去を遡ればいつぶりだ?稽古でも本番でも楽しいコトなんてなかった。
でもうちに帰って疲れながらも確かに感じた。
それも凄く嬉しかった。

やっぱり芝居演劇が好きだ。
そして、役者が好きだ。
好きなものを楽しく感じられる。
これ程幸せなコトはない。

そしてリピテーションの感想会で世莉さんに言われたコトを思い出す。
もっと自分を認めてあげた方がいい。確実に一つ一つやれてるから。

芝居とは何か。
演劇とは何か。
役者とは何か。

分からないけど、少し分かったようにも思う。

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