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50. スピリチャル・ジャズの正当な後見人による正統なアルバム『ODYSSEY OF ISKA』

前作『スーパー・ノヴァ』発表後、その路線は自身が抜けた後のマイルスバンドに任せることにしたのだろう(このあたりの謙虚さというか気の使い方がいかにもショーターらしい)。そして自身は、もう一人の師匠というか兄貴分であったコルトレーンの晩年の路線、今では「スピリチャル・ジャズ」と呼ばれる路線を自分なりに再解釈してみようと思ったのだろう。というのは全く私個人の勝手な解釈であるが、その時期、マイルスバンド脱退以降、ウェザーリポート結成前に作られたのがこの『オデッセイ・オブ・イスカ』である。

前回紹介した自伝的映画でも描かれているが、イスカとは娘の名前で、障害を持って生まれてきた娘である。イスカはその後、残念な結末を迎えることになるが(このあたりは是非映画を参照してほしい)、ショーターがイスカの精神世界を理解しようとしていたことは紛れもない事実である。そしてそれが作品として形になったのがこのアルバムである。そしてその意味でまさにこれはスピリチュアル・ジャズである。

前作とは一転し、ここではいわゆるエレクトリック的要素は極力抑えられ、いわゆるジャズに回帰しているとともに、イスカのもう一つのルーツである(つまりイスカの母=ショーターの(その時の)妻)のルーツであるブラジル音楽の要素が多く取り入れられている。その意味ではジャズとブラジル音楽とのフュージョンであるという見方もできるだろう。しかし、ここで言うフュージョンとは音楽ジャンルとしてのフュージョンではない。精神レベルでのフュージョン(=融合)であり、だからこその「スピリチュアル」なのである。そう、「スピリチュアル」とはつまりはジャンルではなく、ジャンルを超えた概念なのである。

以前もどこか(おそらくこのマガジン)で書いた記憶があるが、サックスとという楽器は人間の声に最も近い音を出すと言われていることもあり、スピリチャルとは相性がいい。つまりは声=言語じゃない声=音としての声を出せるということである。言語としての声はこの世の意味世界にからめとられてしまう。しかし音としての声はそうではない。まだ言葉を発せない幼児の声に我々大人が反応してしまうように、声にはまさにスピリチュアルの語源であるスピリット(=魂)が込められているのである。そしてそれこそが音楽の魅力なのである。我々はたとえそれが歌ものであったととしも音楽において言葉を聞いているのではない。我々が聞いて、そしてそれに反応しているのはまさに「音」なのである。そしてこのアルバムにはその「音」が「音」として込められている。


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