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10. マイルスにとってのスペインとしての近藤等則にとっての小唄

今回お薦めするあくまで個人的な偏向音楽はこちら。近藤等則氏がプロデューサーとして参加し、自身の演奏も重ねた、栄芝師匠、いや栄芝姐さんによる小唄のリミックスアルバム『The吉原』です。

「小唄」というジャンルがあるのは知っていましたが、改めて聞いてみると奥が深いです。ブルースというものは基本的につらい状況をある意味メタ視点で捉えた上で明るく、だからこそ切なく唄う歌ですが、小唄もそうでしょう。男女の色恋を歌うことが多いですが、誰に感情移入するともなく淡々と、しかし切なく、ときには軽く歌い飛ばしながら歌いあげます。この軽くはないことを軽く、つまりは粋に唄うのが小唄というジャンルなのでしょう。

そして近藤等則のトランペットとクラブ調のアレンジもまた粋です。エレクトリック時代のマイルスがクラブ音楽と出会ったら、というのがこの時代の近藤等則の一般的なイメージであり、恐らくコンセプトなのでしょうが、しかしそれだけではありません。マイルスが粋=クールだったように近藤氏もクールを持っています。だからこそのジャズマンなのです。

マイルスには「スケッチ・オブ・スペイン」に代表されるギル・エヴァンスと組んでの一連のスペイン調の名作、傑作がありますが、本作の近藤氏の演奏は、それに通じるものがあります。興味深いのは、ウィキペディア情報ではありますが、マイルスが「フラメンコは我々のブルースのスペイン版だ」と語っていたこと。それになぞって言えば「小唄は我々日本人のブルースだ」となるでしょう。そしてブルースの故郷も、ジャズの故郷もニューオリンズです。ライナーノーツにおいて近藤氏はニューオリンズの紅燈街と江戸時代の吉原を重ね合わせています。分かっている、というかミュージシャンとしての嗅覚でそれをとらえていたのでしょう。

しかし、残念ながらこのような世界的視野を持って文字通り世界で活躍していた近藤氏も2020年に他界されてしまいました。本作のライナーノーツの近藤氏の文章のタイトルは「過去×現在=未来」です。そしてそうである以上、未来は永遠に続きます。たとえもはや本人がそこにいなくても、それを聞いている人にとってそこが現在であれば、そこに出現するのは未来なのです。そして未来に生きるということは浮世を離れるということであり、即ち粋であり、クールなのです。近藤氏はまさにそれを体現しています。

ということで、「小唄?」と思っている方にも是非お薦めです。だまされたと思って聴いてみてください。


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