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アマゾンプライムお薦めビデオ② 90 アイドルからクソ野郎へ、草彅剛主演の傑作にして快作『台風家族』

今回お薦めするアマゾンプライムビデオはこちら。草彅剛主演の快作『台風家族』です。

皆さんご存じのように、草彅さんですが、この映画に先立ちSMAPを解散し、ジャニーズ事務所を辞めて独立しています。その独立後に新事務所である「新しい地図」のあいさつ的作品として撮られたのか『クソ野郎と美しき世界』なのですが、その中で一番光っていた作品は、爆笑問題太田光監督、草彅剛主演の「光へ、航る」であったことは間違いないでしょう。その後、太田光監督が映画の世界に本格進出していないのは残念でならないのですが、「新しい地図」に移った3名は、それぞれ、アイドルを脱皮し、「クソ野郎」を演じることができる大人の俳優へと成長しています。香取慎吾で言えば『凪待ち』ですし、稲垣吾郎で言えば『ばるぼら』ですし、そして草彅剛が実はその筆頭でありその本来であれば代表作となったであろう作品ががこの『台風家族』です。新井浩文氏の不祥事があり、公開が順調にできなかった作品こともありあまり語られることがありませんが、今ではアマプラで堪能することができます。

不勉強ながら、この作品の監督である市井昌秀氏はもともとお笑い芸人を志しており、髭男爵や笑飯などとも組んでいた経歴を持っているそうです。その後映像の世界に華麗に転身し、星野源と夏帆による傑作『箱入り息子の恋』を手掛けています。そしてその成果と評価を踏まえて長年温めていた企画を映像化したのが、この『台風家族』とのこと。お笑い芸人の道をあきらめざるを得なかった自分自身を、役者の道をあきらめざるを得なかった主人公と重ねているのでしょうがクソ野郎を堂々と演じることができるようになった草彅剛氏のクソ野郎っぷりも含めて(映画中の売れない役者時代のへたくそな演技の演技もすばらしい!)、素晴らしい作品に仕上がっています。

この映画、タイトル通り、「家族」の物語です。大人になった兄弟姉妹の持つ、何とも言えない距離感(前回紹介した『台北暮色』的に言えば、距離が誓うが故に衝突してしまうが故に距離を取らざるを得ない)が見事に描かれていると同時に、しかし、それでも兄弟姉妹にはやはり子供時代を一緒に過ごしたという「絆」や「記憶」もそこでは顔をのぞかせます。しかし、そんな絆や記憶は大人になると、もう、数々あった過去の出来事の一部となってしまいます。そう、子供時代をある意味捨て去ることで人は大人になるからです。久しぶりに実家に帰って、兄弟姉妹と会っても、なんとなく気まずい時間しか流れない、という経験は誰にでもあるでしょう。ましては亡くなった(と一応される)親の遺産についての話し合いなど、基本的にしたくはない話題の時はなおさらです。「俺はいい、譲るよ」と言えればかっこいいのでしょうが、しかし、そうはいかないそれこそ大人の事情というものもあります。今はお金が必要、人生のある段階においてそういう時期はあるものです。この映画で言えば、その「今」は長男にとっては「今」なのでしょうが、長女にとっては「明日」かもしれませんし、次男、三男には数年後になるかもしれません。青年時代も含む子供時代であれば、じゃあ、今はこうしたその次は、という話もできるでしょう。しかし、大人になるとそうもいかなくなります。大人になってしまえば、もう「次」の機会はないからです。子供のころのように機能のけんかを今日はなかったことにすることはもうできないからです。この作品はある特殊な親を媒介とすることで、このような子供たちの問題、家族の問題を見事に描いています。

と、またここで、話を『クソ野郎と美しき世界』に戻しましょう。この映画は映画と言うよりもアイドルがアイドルを卒業するための映画であったと言えます。そしてその中で一番輝いていた、というかアイドルを卒業できる準備がきちんとできていたのが草彅剛氏であります。その映画で元夫婦役を演じた尾野真千子と今回も夫婦役を演じていますが、この二人の組み合わせと言うかコンビネーションはある意味最強でしょう。夫婦間にある愛と狡さと妥協感、あるいは狡さと妥協感を踏まえた上での愛が見事に描かれています。市井監督がどこまで意識していたかは分かりませんが、この組み合わせの妙を最初に捉えていたのは太田光氏だったでしょう。市井氏もお笑い界の先輩として太田氏には何らかの想いはあったのかもしれません。『台風家族』でこの二人をキャスティングしたとき、当然太田光氏を意識したでしょう。しかし、市井監督は「夫婦」に留まらず、この映画では「家族」「兄弟姉妹」というより大きな単位を描きました。特にポイントなのは先にも述べたように「兄弟姉妹」の方です。配偶者は選べても親も含めて兄弟姉妹は選べないからです。子供時代の兄弟姉妹の関係を描いた映画は多くあります。しかし、大人になった兄弟姉妹をここまで見事に描いた作品は、未だかつてなかったでしょう。繰り返しになりますが、大人になるということはある意味兄弟姉妹と言う縦の関係性を捨てるということでもあるからです。しかし、人はその関係性をある程度は捨てることはできても、それに代わる新しい関係性をそのメンバー間で構築することはかなり難しいです。この映画にでは、いちどは壊れたその関係性が、ある契機、ある、子供の頃の思い出を契機に一時的にですが取り戻します。しかし、それがあくまで一時的なものだということはこの映画の中の人物たちも、また、我々この映画を見ている側の人たちも十分に理解しています。でも、それでいいのです。一時的ではありますが、ある時期の関係性を取り戻すこと、というかそういう関係性が自分にはあったということを思い出すこと、その喜びと、そしてそれが一瞬の出来事に過ぎないということにこそ、人は感動し、涙するのです。過去の関係性には戻ることはできない、でも瞬間的にではあるがそれを共有することができる、それが家族であり、それが兄弟姉妹なのです。あるいはいわゆる「旧友」もそれに該当するでしょう。この映画はそれをみごとに映画というパッケージの中において仕上げている作品です。

ということで、是非ご覧ください!ここでクソ野郎を見事に演じきった草彅剛はこの後『ミッドナイトスワン』で、さらに大きく羽ばたきます。そう、この男、まさに愛すべきクソ野郎なのです。


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