2022 振り返り

 一年が過ぎるのは早いものだ、とか書く奴が嫌いだったのを思い出す。大人になんて一瞬でなっちゃうよとか言ってくる親戚とか、若いねおれなんかおじさんだよとか新入生に対して言って先輩風を吹かしてくる上級生も嫌いだった。彼らは往々にして、私たちの生活の大部分を占める退屈で記憶に残らない時間のことを無視しているのだ。本当のところ、時間が早く過ぎていくなんてことはない。思い出す必要もないような雑多な印象の数々が脳裏に積もっては掃き捨てられていき、そして最後に残った一握りの記憶から再構成された穴だらけの日々、それが私たちが時間と呼んでいるものの正体に違いない。

 それにしても一年が過ぎるのは早いものだ。自分の内面を覗き込んでいたら一年が終わってしまった感じがする。大丈夫になったり大丈夫じゃなくなったりしていたら年の瀬になっていた。まるで起床に失敗してようやく家を出たと思ったら既に午後四時くらいになっていた最悪な休日のようだ。比喩でなくこういう日がいっぱいあったのが今年の反省だろう。     

 思えば、時間が過ぎていくことに無頓着になった。高校生の頃などは、一瞬一瞬が自分の前を通り過ぎていくのをなすすべもなく眺めているような胸苦しさを常に感じていた気がするが、今はむしろそれを心安らかに見過ごしている。単純に自分の人生におけるこの一瞬の価値があの頃より減ったからかも知れない。あるいは、時間を無駄にする度に溜まっていく負債が、もうどうしようもないくらい嵩んできたからかも知れない。
 
 だが同時に、今年は幸福な一年であったとも思う。本を読み、音楽を聴き、程よい頻度で人と会う。平日には講義に出て、やりたくもないバイトをやって何とか生き延びる。静かに没人称的な生活を過ごすことに、少しづつ喜びを見いだせるようになってきた。時々、夕飯の材料を買いに夜のスーパーに向かうときなど、商店街の雑踏の中に紛れた自分自身の姿を見出して幸せで胸が張り裂けそうになることすらある。おそらく、これまでの私を救ってきたのは記憶の中の輝きなどではなく、その裏で忘却されていった沢山の退屈な瞬間だった。こうした気恥ずかしい表現に自分の感情を託してしまうほど、私は今生活に心酔している。
 2022年は短い一年だった。そのことはおそらく、私の生活がそれほど悪いものでなかったことを意味している。

 

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