8/12

夏休みが始まったので髪を切りに行った。ただでさえ人の顔を認識するのが苦手で、おまけに出不精で余り散髪に行かないため、半年くらいお世話になっている美容師の顔を未だに覚えていない。だから髪を切るたびに、向こうが自分のことを記憶していて、それどころか数か月前にした会話の続きを何気なく再開してきたりするのには驚かされている。無論、実際には彼らもこちらのことをよく覚えておらず、記憶を手繰り寄せるようにして話しているのだとは思う。

寮の中庭には喫煙所があり、深夜には大抵誰もいないので蚊取り線香を焚いて本を読んでいる。夜闇の中で蚊取り線香の煙が揺蕩っている光景は何とも涼しげで、見ているだけで安らかな心持ちになる。クーラー代を節約するのが主な目的だが、眠れない夜に自分の部屋に籠っていると精神衛生上良くないというのもある。今日は『男たちを知らない女』というパンデミックSF(期待外れだった)と『左川ちか全集』(とても良かった)を読んでいた。

これまでの日記を読み返していて気付いたのだが、私には人の文章をやたらと引用する癖がある。それは自分の文章のオリジナリティを根本的に信じていないからでもあるし、べらべらと喋ってから「あとは主役のお二人に」とか言ってさっさと退場する適当な結婚式の司会のような語り口を己の模範としているからでもある。読み終わった瞬間に消え去ってしまうような文体でもないと、日記をつける気にならないのが本当のところだ。


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