見出し画像

【Love Rescue】巻き戻せない景色のこと①(2024年)

気難しいと周りに噂される女が事務所にいた。
澪、27歳。
風俗嬢としてはもう旬を過ぎている。19、20の嬢たちにとっては近寄りがたい存在だった。
何を言われようとしょせん風俗店だ、1人で完結する仕事なので他人からどう思われようが気にする必要はない。しかし、澪の気難しさは周囲をピリつかせる類のものだった。

ある時、20歳の嬢が澪にこう話しかけた。
「澪さん、私、彼氏と大阪に遊びに行ったのでそのお土産です。よかったら食べてください」
澪は嬢の顔も見ない。
「うん」そう言って、ちょっと首を傾げた。まるで、“何言ってんのこいつ”と言うかのような態度に見えた。

「なにが気にいらないんだろう、せっかく買ってきたのに・・・」と20歳の嬢は悲しむ。周りの嬢たちは「あの人にもう買ってこなくていいよ、感じ悪いよね」と慰めている。

違うときは、店の男性スタッフが澪に言った。
「澪さん、ホームページの掲示板見ました?お客さんがスゴイべた褒めしてるじゃないですか。さすがっすね」
すると澪は例によってiPhoneを見つめたまま、返事もしない。
また首をかしげる。

「アキラさん、オレ何か馬鹿そうなこと言ったんすかね?」とスタッフは悲しい顔をする。

「そういうやつだから気にするな」と俺は嬢にも男性スタッフにも言う。
そんな風に周囲は澪に対して苦手意識を抱くようになった。


澪は20歳の時に店に入って来た。当時雑誌に掲載していた求人広告を見て応募してきたのが初めての出会い。

その頃、広告を見て応募してくる女性は沢山いたが、九割がたは断っていた。
俺は会って1分もしないうちに「君ね、こんな世界に入らない方がいいよ」と諭すようにして断ることがほとんどだった。
それは親心ではなく、見た目も頭も悪いと感じる女性が九割だったというのが本音だ。当時は夜の仕事を美化するような雑誌があったり、ガラケーブログなどで風俗嬢をカッコいいものとして表現する記事も多くあった。それに憧れる若い女性達だったのだろう。しかし風俗嬢がその程度の動機で務まるわけがない。風俗嬢は賢くてもできないが、馬鹿すぎると店にも客にも迷惑でしかないのだ。

しかし澪が面接に来た時、俺はほんの15秒くらいで採用することに決めた。まずはその美貌。澪は化粧をしていなかった。肌が白く、シミひとつない。身体は細いけれど骨ばってはいない。白いワンピースに黒いロングヘアをなびかせて。風俗嬢に志願してくる他の女性は、清潔感のない厚化粧、傷んだ茶髪で流行りの服を着ているのが普通だった。

俺が一番気に入ったのは澪の目つきの「所在の無さ」だった。
こちらを見ているようだが、実は見ていない。澪の瞳の奥に何かあるのかと思って覗くが深淵は見えない。心がどこにあるのかさえ見当がつかない。
個人的にはそんな目つきの女と親しくなることはないが、風俗店というビジネスにはふさわしかった。

風俗嬢とはファンタジーの登場人物であるのだから。何を考えているのか分からない、胡散臭い美女のほうがいい。

澪はさっそく翌日から仕事を始めることにした。
最初はもちろんフリー客で稼働したが、いきなりついた客の半分からクレームが来た。「あの女は態度が悪い」と客は言うのだ。

つっけんどんで愛想が悪いと客は口を揃えて言う。

しかし態度が悪いと言われても店は知ったことではない。お前の主観だ。それにここは風俗店だ。キャバクラをしているわけじゃない。抜くために利用してるんだろう。まあ、そんな客も違う嬢を利用すればいいだけなので。

一方でクレームを言わない残りの半分はほとんどが翌週にもリピートを希望した。

ところが予約しようとする客すらも澪は選別し、落としていく。そして全体の一割程度しか残らない。クレーム客と選別落ちした客は全員NGにしてしまう。そしてフリーをまた多く取り、同じようにクレームが来ては選別していく。
実働4週間が過ぎた頃には、澪が予約を受け入れる固定客は20人くらいに絞られた。そのさらに4週間後には固定客は40人程度に増え、それからは固定客のみの稼働となった。固定客稼働の延べ客数は月60人というところ。

澪の手取り額は店では正確に把握できなかったが、チップやオプションを含めたら月に250万円くらいだと想像していた。それに加えてブランド物の贈答品があったが、それはトラブル防止のために店で預かるルールにしていた。嬢が店外で会ってくれないと分かると、返せと激昂する客もいるからだ。店を辞めるときに贈答品は嬢本人に渡す。それらは全てどこかで売られ現金に替えられる。もしくはドライバーや事務スタッフなどにあげたりもする。もし飛んで辞めることがあったら店が全てもらうことにしている。

怒り出す客とリピートする客、リピートを許される客のそれぞれの違いは何かと、俺は澪に尋ねてみた。すると澪はこう答えた。

「怒り出す客はお金で女を自由にしたい弱い男。リピートさせないのはお金を貢ぐ余裕がない男。固定客にしてやるのはお金を持っている愚鈍な馬鹿

つまり澪は、女に貢げるほど金を持っている馬鹿を探していたというわけだ。たかが風俗嬢に金を貢ぎ続けるような判断力も金銭管理能力もない馬鹿だ。

「金を持っている馬鹿」をマーケティングするのは、商売の基本である。いくら綺麗事を並べても、金儲けをしようと思ったら大勢の馬鹿を集めるのが近道だ。特に自分は賢いと思っている馬鹿、自分は一流の環境にいると思い込んでいる馬鹿、自分は金持ちの人脈の1人だと思いたい馬鹿は金になる。

誤解がないように言うが、これは「裏引き」でも「頂き」でもない。狂って依存をした客が頻繁にサービスを利用するというだけのこと。

でもそんなやり方をなぜ澪は知っていたのか。わずか20歳の娘が。

澪は俺にも心は開かなかった。もちろん仕事なので会話はするが、話すことの半分は嘘なのか本当なのか判断できなかった。常に距離と壁を感じるようなコミュニケーションしかしない。
かと言ってものすごく頭がいいというわけでもない。時々話すことがやはり幼稚な女という印象もあった。

澪という女はどこで生まれ、どんな育ちをし、どうしてここに来たのか。それを俺が知るようになったのは、澪が22歳で風俗の仕事を辞めたあとのことだった。

そこにはある男の存在が隠れていた。

【つづく】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?