見出し画像

あなたから教わるとは、自分と向き合うということ

最近、コロナ禍になってから久しぶりに居酒屋に行った。

友人であるフランス料理店のオーナーシェフと、ちょっとした親睦会で知人数人で飲もうということになった。
会場は最近オープンしたちょっと小洒落た居酒屋というか小料理屋というか。知人の女性が店主だったので俺が予約をした。

親睦会の当日、店はそこそこ混んでいた。コロナ禍でこれだけ客が入っているのはなかなかいいねという話をしながら、生ビールを飲んでお通しをつまんでいた。
しかし、料理がなかなか運ばれてこない。乾杯から15分が過ぎても一品もない。当然お通しは無くなり、酒まで無くなってしまった。

若い男性店員を呼んで、まだかな?と訊くとどうも顔色が悪い。
「はい・・・すいません・・・急ぎます・・・」と声も小さい。
酒のおかわりはすぐに持ってこれると言うので頼んだ。

同席していた誰かが言う。
「回ってないんだね、厨房もスタッフも。」

やっと一品出てきたかと思うと、さらに15分も出てこない。さすがにこれでは俺の顔に泥を塗られているのと同じ。俺の方が焦ってしまう。
オーナーシェフはその焦りを理解しているのか、「アキラ、怒らなくていいよ、ここはゆっくりお酒飲みながら待ちましょう。」と笑って言った。

案の定、どこか遠くの席で男性店員に叱責するような声も聞こえてくる。この店は今夜はもうダメだろう。
しかし酒だけを飲みながらお喋りをしつつ、じっと料理を待った。最初のオーダーが出そろうまで一時間半。客に怒鳴られまくった男性店員は顔面蒼白で気の毒なほど。

俺が知人だからか、女性店主がやってきて料理が遅かったことを詫びた。
オーナーシェフが、「気にすることはないですよ、おいしい料理でした。」と穏やかに言う。友人ながらさすがの人格者だなあと思って見ていた。
女性店主は彼がフレンチの有名店のシェフだとは知らない。

ただ、オーナーシェフが店のオペレーションのことについていくつか質問をしていた。女性店主は「うまく回らない時が多くて、どうしたものか・・・」とばかり言う。

いや、違うだろうと俺は思った。
どうしたものか、じゃない。

明らかにこの会話は同業者からの質問だと気づかないのか。年齢的にもベテランだとも気づくはず。門外漢の俺でも鋭いことを聞いていると思ったし、学びになるようなことも穏やかに言われていた。
そこまで言ってくれたなら、店主が言うべきことは「少し教えて頂けませんか?」の一言だろう。
しかし店主は気づいていない。

挙句の果てに、「ほんと私の勉強不足です。もっと勉強会に通って学んできます!」と言う。

オーナーシェフは「頑張ってくださいね。」とだけ言った。

勉強会ってなんだよ。

店を後にして全員が口を揃えて言ったのは、「腹減ったね(笑)」だった。

なんだか食べた気がしなかった。俺はみんなにお詫びをした。
シェフが行きつけのラーメン屋があると言うので行くことにした。

ベタベタ油っぽいテーブルで、瓶ビールを小さなコップに注いで乾杯し、ラーメンと炒飯、餃子やおつまみなどを頼んでそこで二時間も過ごした。客も少なかったので中華屋の店主に頼むと、ここで飲み会していいよということだった。シェフのおすすめだけあっておいしい店だった。
しかも出てくるのが何もかも早い(笑)中年女性の給仕さんはびっくりするほど不愛想だけど。

俺としてはなんだか恥をかかされた気がしたがシェフの人間性に感謝した。

なぜ「教えてください」が言えないのか。

別に彼女はどうでもいいと思っているのか。問題意識がないということなのか。せっかくいいアドバイスをもらったのに、軽くスルーした挙句に勉強会で学んできますとか言うのか。
分からねえな。

俺が我慢できずシェフにそれを訊いてみた。すると言う。

「先生という肩書がないと、教えてもらうモードにならない人が沢山いるんだよ。」

ああ、そうだねと共感した。

「勉強会とか言ってただろ?飲食店オーナー向けにセミナーをやる商売が沢山あるよ。自称コーチとか、コンサルタントとかね。そこにローンを組んで大金を払ってる。そこでの人間関係に依存しているんだよ。」

どの業界でもよくある話だろう。
女性店主が自分に見えているのは、勉強会の仲間やコンサルからの評価、店の売上、目標の売上額を勉強会で報告すること、そんなところだと思う。

残念なのは料理が非常に旨かったことだ。それは全員同意見だ。
だからこそ、彼女は、自分自身と客の満足度を追いかけて自分の経験から学んだ方がいい。同業者同士の群れから離れて、客と向き合った方がいい。学びは自分の店の中にあるはずだよな。

そうすれば、いろんな人から学ぼうという気持ちになれるだろう。客だけでなく、取引のある異業種の人からも。ましてや客が鋭い質問をしたら同業者だと気づくし「教えてくれませんか」とすぐに言える。ただで教えを得られるチャンスを逃さない。ヒントをタダでもらったら失敗が成功に変わったラッキーな夜になる。

「料理が美味しいのに潰れる店の方が多いんだよ。」
シェフは餃子を食べながら言った。

ちなみに化調まみれの料理を食べてシェフは大丈夫なの?と訊いたが、「気にするわけない。旨いものが好き。俺の客もそうだろう。」とだけ言った。

たしかにあなたの店は理屈抜きでうまいし、気取ってないから好きだよみんな。

簡単に先生とか師匠とか言って崇める人が多いけど、教えを得られるのって常に目の前にいるリアルの人なんだよな。

俺も自分の師匠からは何も学ばなかった。偉そうなことを言っていた割に、役に立ったことは何もない。そのくせ威張りやがってほんとむかつく野郎だった。もう死んだけど。でも遊び相手としては楽しい男だったけど。

学びは常に友達や客、スタッフからだった。自分の体験からしか学べない。だからこそ、目の前にいる人に「教えてください」と常に頼んでいたな。

俺は勉強会みたいなものに数十万円とか数百万円なんて費やしたことがない。コンサルタントは雇っているが、俺が苦手とする事務や法務の分野だけで商売の本質について自分の体験以外は信じていない。

先生と肩書がつかないと教えてもらう気がない、というのは商売人として自分と向き合っていないということだと思っている。
まだ真剣じゃないのだろう、彼女は。

目標のありかを見間違えているのだと思った。
俺も気をつけないとな、と思えただけ学びがあったのだが。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?