無関心はそこを地獄に変える(2016年)
まだ20代だった頃から、ずっとポルノ業界でボスとして働いてきた。
当時は昼の仕事で常にストレスを抱えていた。莫大な借金を抱えていたこともあって、10代の頃からの出自であるポルノの商売に戻っていった。借金を返すためだ。
本当はもっと世間に堂々と職業を言える立派な仕事で成功したかったが、どうやらその才能も運もないようだった。
ポルノの商売では挫折したことは一度もない。何をやっても上手くいく。どの角度から打ったシュートもすべて決まる。この商売をしていて資金繰りに困ったことは一度もない。だからこの仕事だけが俺には居場所になっていた。
でもまあ、それは俺のセルフイメージに過ぎず、現実はトラブルだらけだ。売上だけは崩したことがないが、事務所の中の人間関係やスタッフの素行などでは難しい問題が日々起きる。
残念ながら行方不明になったり、亡くなったりするスタッフも複数いた。犯罪に巻き込まれて残念なことになった人も。その都度心を痛め、寝込んだことも一度や二度ではない。
もしこの商売で俺に才能があるのだとしたら、きっとビジネスセンスなどではなく、スタッフのことに常に興味を持てる、という部分だと思う。
スタッフに興味を持つということ。ありえないほど強く相手に興味を持ってると思う。
スタッフから俺は「うざい男」という評価で一致していた。
彼氏はいるのか?親はいるのか?親はどこに住んでる?きょうだいはいるか?高校は出たのか、大学はどうしたのか、就職したことはるのか、昼は何をしてるのか、朝は何を食べたか、生理は重いか、今欲しいものはなんだ、好きなブランドは、車は何を乗っている、子供はいるのか、どこに住んでいる、誰と住んでいる、家賃はいくら、夫はどこに勤めている、彼氏に前科はあるのか、など質問しすぎなほど質問をしている。
男性スタッフが「そういうのはプライバシー侵害じゃないんですか」と俺に忠告をしたことがあるが、俺は無視していた。
確かにスタッフの中にはボスに興味を持たれることを嫌がる人もいたと思う。面倒くせえなあっていう顔をする人も当然いた。
でもいいんだ。面倒臭くて適当な返事を繰り返していても。それでも俺はスタッフのことに興味を持って話をする。そこに意味があると思っている。
俺はお前の父親の次にお前に興味持ってるぞ、と、いつも言っていた。
「いや、アキラは父親よりも私に興味持ってくれてるよ」と多くのスタッフが言ってくれた。面倒臭いなという顔をするスタッフも、自分の身にトラブルが起きたら何でも俺に話をしてくれるようになった。
うざいのは俺でも分かっているんだが、無関心はもっとうざいと俺は思っていて。情は何で出来ているかって「関心」だと思うし、非情は「無関心」で出来ていると思う。
話しかけやすさ、相談のしやすさは、どれだけボスが日頃自分にうざい興味を示してくれているかだとも思う。
ボスが関心を持ってくれて、感謝してくれて、食いたいものはないかとか、行きたいところはないかとか、アパートの灯油は足りてるのかとか、金はあるのかとか、トラブってないかとか、何か俺に隠してる感情はないのかとか、新しいアパートは幽霊は出ないのかとか、そういうことまで興味を持って接してくれることで、何かあったらボスに相談すればいいやという拠り所が生まれるのだと信じている。
その積み重ねで、お互いに情が生まれると思っている。
情は水みたいなもので、必ず上の立場から興味を示すのが当然だろう。夜の世界の女は、女性性を滑稽なまで濃縮還元した存在だから、男のことをボスと認められるかどうかを常にはかっている。女性達がボスと認めるのは、自分に興味をもってくれて、自分に感謝をしてくれた男だけ。絶対に自分からボスに興味を持ったりはしない。絶対しない。
もちろん色々訳アリのスタッフが多いから、何かメンヘラちっくな感情のもつれで店に来なくなったりもする。「アキラさん、わたしリセットしたいんです」みたいなこと言って。
ふざけんじゃねーよって言いたいのを我慢して、話を聞いて。愚痴でもなんでもいいから聞いて。それに興味を持って答えてあげて。
それで本当に辞めるなら笑顔で別れるが、多くはそうじゃなく、ボスからの関心のおかわりを求めていたような気がする。
それは甘やかすというのとは違う。ボスがスタッフに無関心だったら、スタッフは自分の仕事にも、自分自身にも無関心になってしまうだろ。そして自己肯定感や自己重要感の砂漠になり果てる。
無関心がはびこるところでは、スタッフは自分のカネのことにしか興味を持たなくなる。そしてその結果、全員の感受性が死ぬ。ポルノ産業じゃなくてもそういう会社ってあるだろ。無関心と無感動がはびこってる暗い会社。そこでは得てして不祥事件が起きる。横領、暴力、セクハラ。そして退職する人間が絶えない。
ボスの無関心は、その場所を墓場に変える。地獄に変える。
ボスのウザいほどの関心は、少なくともそこを居場所に変えるよ。
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