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住民と共創する“代官山流”の大規模開発秘話 #LOOK LOCAL SHIBUYA代官山/前編

渋谷といえば、スクランブル交差点。そうイメージする人も多いけれど、それだけではない。原宿・表参道・代官山・恵比寿・広尾・代々木・千駄ヶ谷・上原・富ヶ谷・笹塚・幡ヶ谷・初台・本町、これぜんぶが渋谷区なんです。『#LOOK LOCAL SHIBUYA』は、まちに深く関わり、まちの変化をつくろうとしているローカルヒーローに話を聞いて、まちの素顔に迫る連載です。
 
今回は代官山ブロックを特集します。お話を聞いたのは、代官山商店会会長の矢野恒之さん、株式会社日本ガストロノミー研究所代表取締役社長で「シェ・リュイ」経営者、代官山商店会の副会長も務める古﨑義丸さん、株式会社ルートート代表取締役の神谷富士雄さん、代官山T-SITE館長の本所優さん、代官山come cafe Osamu barオーナー西尾治さんです。聞き手は、一般財団法人渋谷区観光協会の金山淳吾と小池ひろよが務めます。

カルチャーの系譜と消費行動から見る、渋谷・代官山・恵比寿

渋谷区観光協会・小池ひろよ(以下小池):渋谷区の中でも代官山のブランド力はとても高いです。おそらく、他の地域から見ても代官山という地名はブランディングができている。今回は、代官山の魅力について深堀りをしていきたいです。
 
代官山商店会会長・矢野恒之(以下矢野):長いあいだ代官山で過ごしてきました。このまちは、過ごす時間が長いほど深みが増していきます。他のまちにはない代官山の魅力について、今日はみなさんと追求していきたいと思っています。

代官山商店会会長・矢野恒之さん
薬科大学卒業後、大手製薬会社勤務を経て、ものづくりを始める。幼少期に馬事公苑の近くで馬に慣れ親しんだことから馬蹄小物づくりに取り組み、原宿キディランドで販売するなどアクセサリー、革製鞄、木工テーブルなどのメーカーとして活躍。現在はグリーンバードでのボランティア活動など、代官山の活性化に精力的に取り組んでいる。

渋谷区観光協会・金山淳吾(以下金山):さっそくですが、代官山はデザインオフィスなどクリエイターが集まっているイメージがあります。クリエイターが働く場所として、代官山にはどんな魅力があるのでしょうか?
 
株式会社ルートート代表取締役・神谷富士雄(以下神谷):戦後から、ファッションなど若い世代の文化的な発信は渋谷から始まっています。今でも、渋谷で事業を興そうとする人は渋谷というまちの流れの中に関係を築き、表現をしていきたいと考えるのではないでしょうか。代官山は渋谷から一駅ですが、渋谷の喧騒から離れた穏やかな雰囲気があります。渋谷という文脈を保ちながら、穏やかな環境で事業を進めるために代官山を選ぶ人が、まちに集まっているように感じます。理屈で語れることではありませんが、恵比寿の文脈から流れて代官山を選ぶというより、渋谷の流れの先に代官山があるのかなと思っています。
 
金山:神谷さんの話、おもしろいです。渋谷区のエリアというと「恵比寿・代官山」と括られることが多いけれど、カルチャーの系譜から見ると「恵比寿・目黒」であり、「渋谷・代官山」です。恵比寿は恵比寿ガーデンプレイスのイメージが強く、ガーデンプレイスの先には目黒のウェスティンホテル東京がある。そして、大量生産大量消費の象徴であり若者化している渋谷駅周辺エリアと、渋谷駅から一駅分の距離をおいてハイセンスで時間の流れがゆったりしている代官山がある。消費行動から考えると、渋谷と代官山のコントラストは必然かもしれません。そして、東急東横線が紡いでいる文脈もありそうです。
 
神谷:東横線は渋谷から自由が丘を経由して横浜に向かう鉄道で、沿線のまちに洗練されたイメージがあるのかもしれません。東横線という視点で代官山を捉えて、クリエイターが自然に集まってきているのではないでしょうか。

株式会社ルートート代表取締役・神谷富士雄(かみや ふじお)さん
事業構想大学院大学特任教授/事業構想修士、代官山商店会副会長 大学卒業後に兄が創業したデザインオフィス 株式会社スーパープランニングに入社。創業からデザインオフィスとしてライフスタイル雑貨の企画販売を行うも、2001年、トートバッグ専門ブランドROOTOTE(ルートート)のブランディング事業に集約、2019年株式会社ルートートを設立、代表取締役に就任。代官山にオフィスを構えてまもなく40年になる。ブランドサイト http://rootote.jp

金山:僕が代官山に来る理由の一つが、食器や洋服を買うことです。代官山のみで店舗を展開している食器や洋服のショップがあって、のんびりと代官山で買い物をするのが心地いいんです。もともとは代官山を散歩して偶然に見つけたショップです。代官山には、ひとつ持っていたら豊かな暮らしができそうなクリエイティブがあり、暮らし方に刺激を与えてくれるショップが点在しています。
 
一方で、代官山にも開発の波はきていて、2000年に代官山アドレスができて、2011年には代官山T-SITEがオープンし、現在も駅前を中心にドラスティックにまちが変化しています。しかし、オートマの車をゆっくり運転しているような心地よさは変わっていない印象です。代官山の開発は、事業者との綿密な交渉でまちの雰囲気を守っているのか、それとも、まちの雰囲気が代官山のドレスコードを守らせるのか? 今日は、皆さんにお聞きしたいです。

写真右:渋谷区観光協会・金山淳吾

矢野:代官山は、住んでいる人が楽しく、心地よく暮らすことを大切にしてきたまちです。そして、代官山の店は住民に育てられてきたと思います。ものづくりも食も建築物も、「本物であれば応援する」という住民の気風があります。商売だけを考えて、まちづくりを意識しない店は代官山にはあまりありません。代官山の住民が「本物を応援しよう」という姿勢を崩さずにきたから、都心でありながらローカルなのんびりした空気感が守られてきました。結果として、住民が住んでいて気持ちのいいまちになっていると思います。まちの開発に対して僕が感じているのは、住んでる人がかなりの努力をして、まちの雰囲気を保ってきたということです。
 
代官山come cafe Osamu bar オーナー・西尾治(以下西尾):僕はグリーンバードの活動でごみ拾いをしていますが、代官山にはあまりごみが落ちていないし、高層ビルが少なくて空が広いから、ごみ拾いをしていて気持ちいいんです。渋谷区のまちというと代官山・渋谷・表参道と挙がりますが、代官山は圧倒的に気持ちのいい空気感がある。この空気感を保てているのは、代官山に店を出すオーナーがまちの空気感や雰囲気に敬意を払い、尊重しながら店舗を運営してくれているからだと思います。

代官山come cafe Osamu bar オーナー・西尾治さん
1969年生まれ。23歳で起業、六本木でBar経営をしたのちにソムリエとして仏料理界へ。食の大切さに改めて気づき、2014年からcome cafe Osamu barにて「食べたものが私になる」を発信している。

代官山の人々は、T-SITE開業にどんな反応をしたのか?

金山:代官山T-SITEがオープンしたことは、代官山の歴史の中でもエポックメイキングな出来事だと思います。T-SITEの計画が舞い込んできた時、住民の皆さんはどんな反応でしたか?
 
矢野:最初は「本とCDを売る店がきた」という印象でした。大きな開発になると聞いて、まちはどうなっていくのかなと思っていたんです。いざオープンしたら、以前から大きく育っていた木をきちんと残していた。開発にあたっては多くの木を伐採したと思いますが、残すべきものを残していることが代官山のまちづくりだと思います。
代官山T-SITEができたことで、代官山の中にまた一つのまちができたと感じました。自分の中では、そのまちを受け入れられたし、今は木漏れ日の中で、犬の散歩をしながら空を見上げる時間を楽しんでいます。
 
金山:代官山T-SITEができた場所は、住宅街と小規模な店舗の魅力でまちが構成されているエリアです。ここに大規模な商業施設をつくるというのは、ハードルの高い開発だったと推察します。
 
代官山T-SITE館長・本所優(以下本所):私たちは住民の皆さんと寄り添った運営を目指しているので、専門店の誘致に関して代官山の皆さんにアンケートを取りました。アンケートの結果、代官山に欲しい業態の1位はカフェ、2位が書店、その他コンビニやペット用品の店、美容クリニックと回答がありました。この結果を元に、専門店を誘致しています。

代官山T-SITE館長・本所優(ほんじょう・ゆう)さん
1983年生まれ。2006年にカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社に入社。 TSUTAYA事業、主に音楽の仕事に携わる。2022年、代官山 蔦屋書店店長に就任。 2023年10月より代官山T-SITE館長を務める。10歳・8歳・5歳の3児の母。

本所:開発にあたっては、槇(文彦)先生が30年かけてつくられてきたヒルサイドテラス(※)に敬意を表して、代官山T-SITEも高さを揃えた白い外壁の建物にしました。また、ヒルサイドテラスの特徴の一つに、いろんな場所から敷地に入れることが挙げられます。T-SITEも同様に、様々な出入り口から店舗へ入れるように設計されています。実は、お客様の出入り口が多いと運営面では大変です。しかし、まちに寄り添った施設づくりを優先した結果として、代官山の住民の皆様にも守られて13年間運営ができていると思っています。
 
※ヒルサイドテラス 1969年から1998年まで約30年かけて開発された集合住宅・店舗・オフィスの複合施設。渋谷区の猿楽町・鉢山町の旧山手通り沿いにあり、代官山T-SITEと隣接している。設計は建築家の槇文彦氏。
 
矢野:ヒルサイドテラスの歴史を辿ると、今年で開発着手から55年が経ちました。一代で開発を終えるのではなく、ヒルサイドテラスは二代をかけて現在の姿になっているわけです。槇先生が素晴らしいのは、まちづくりにおいて、建物という箱物をつくっただけではまちにならないと考えていたことです。建物を使って暮らす人たち、建物の中で店舗を運営する人たちが生かされて初めてまちになるという考え方で、50年以上かけて代官山のまちづくりを進めてきました。代官山には、長い目でまちづくりをしていくというゆるぎない精神があるように感じます。
 
金山:ビジネスの視点で考えると、住民アンケートの結果に寄り添う運営は大変だと思うんです。会社としては、代官山T-SITEの収益をどう見ているのでしょうか?
 
本所:そうですね。正直にお話すると、収益面はずっと試行錯誤でやってきました。前面に遊歩道があり、駐車場を備えた施設ですが、収益面だけで見ればマネタイズできない面積が大きいということになります。しかし、見方を変えれば都心の一等地にこんなに開けた場所を持っている施設であり、お客様が集まってくれる空間価値を生み出しているとも言えます。

代官山T-SITE外観(写真提供:代官山T-SITE)

本所:単純にモノを買いにくるだけでなく、犬の散歩の途中に立ち寄ってホッと深呼吸をしたり、ビジネスで行き詰まった方が気分転換にT-SITEに来て、インスピレーションをもらって帰るという声も多いのです。今は、2011年のオープンから13年間、代官山の皆さんの生活の中に代官山T-SITEがあるという価値を守り続けてきたことに意味があると思っています。
 
金山:TSUTAYAのビジネスモデルでいうと、代官山T-SITEのオープンはレンタルビジネスからの転換期にあたりますね。
 
本所:オープンから13年間かけてつくってきたこの空気感と空間をビジネスに変えたのがSHARE LOUNGEです。そして、SHARE LOUNGEが軌道に乗ったことでレンタルビジネスから大きく転換できた部分があり、今は収益面でも自信を持って運営できている状態です。
 
ヒルサイドテラスや代官山というまちの空気感を守りながら運営していくのが、私たちの使命です。持続可能な運営体制を整えるためにも、マネタイズのポイントを増やしながら施設を維持していきたいと思っています。代官山T-SITEの真価は、まちの皆さんや日々の暮らしに根付いた空間を持つ施設であるということであり、今後も譲れない価値だと考えています。

『#LOOK LOCAL SHIBUYA代官山編』出演者の皆さま
写真左上から時計回りに、渋谷区観光協会 小池ひろよ、株式会社ルートート代表取締役 神谷富士雄、渋谷区観光協会 金山淳吾、株式会社日本ガストロノミー研究所代表取締役社長古﨑義丸、代官山T-SITE館長 本所優、代官山商店会会長 矢野恒之、代官山come cafe Osamu barオーナー西尾治

>>後編【代官山の空気感は、長期的観点で継承していく】に続く


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