リスペクト
近所のミニシアターで、この映画を観てきました。
ジェニファー・ハドソンがアレサを演じた『リスペクト』。
◆予告編
アレサの幼少期とブレイク前、コロンビアからアトランティックに移籍しジェリー・ウェクスラーに出会ってからのブレイク後。そして例の教会ライヴ『アメイジング・グレイス』を録るまでの物語。
共演は父C.L.フランクリン牧師にフォレスト・ウィテカー、クズ夫のテッド・ホワイトにマーロン・ウェイアンズ、ジェリー・ウェクスラーがマーク・マロン。姉アーマはセイコン・セングローで妹キャロル はヘイリー・キルゴア。そしてダイナ・ワシントン役はメアリー・J・ブライジ。
長かったぁ~(>_<)
冗長なのよ。2時間20分でも良い映画なら短く感じるが、とにかく冗長。俺がここに書く文章もだらだら長いが。。。
監督のリーズル・トミーだか音楽プロデューサーのハーヴィー・メイソン・Jrだかは
「ただの伝記映画にしたくなかった」
とか。
いやイイんですよそれでも。しかし父親C.L.フランクリン師の束縛とか夫テッド・ホワイトのクズぶりとか、売れたあとのアレサ自身の増長満やプレッシャーとか、もうお腹いっぱい。
「アレサって、こんなに苦しんだんだよ」的な押し付けがウザい。ウザいだけじゃなく、全く感情移入できない。
理由は2つ。
その1。表現者は表現が全てであり、楽屋裏の話なんかどうでも宜しい。自身の生き様や苦労は全てその表現に盛り込まれているから、聴く人が聴けばわかる。
アレサが父や夫のことで苦労し、あるいは公民権運動を後押ししたのなんか知らなくたって、ただ彼女のボーカルに耳を傾ければ良い。
これは昨日アップしたジョン・レノンの平和運動とは訳が違って、というのも、俺はレノンの音を通じて政治活動デモンストレーションの重要性・政治的であることの意義を示したかったわけ。そもそも趣旨が違う。
その2。上述のとおり、「こんなに苦労したんだよ」というアピール・感動の押し付けが過ぎる。
単なる伝記映画にしたくない、1人のアーティストの人生以上のものを描きたかったと制作サイドは言うけれど、人生すら描けていませんね。
悲話エピソードのてんこ盛りで、同じく「伝記映画じゃない」ならキャロル ・キングをモデルにした『グレイス・オブ・マイ・ハート』の方が痛みは伝わるし、
◆God, Give Me Strength
ジャニスがモデルの『ザ・ローズ』は突き抜けていて、そうとしか生きられなかった者の生き様がリアルだった。
◆男が女を愛する時
『リスペクト』の狙いも、要はこれらと一緒でしょ? ただ「アレサだよ~ん♪」と銘打っているだけで。
過日「草の響きダメダメ問題」について書いたけど、洋の東西を問わず、こんな監督多いよなあ最近。
本作の訴求対象はいったい誰なんだろうか。ブラックミュージックやソウルの女王アレサに通暁している俺みたいな者にはウザいと言われるし、あんまり詳しくない向きにも映画の作り自体で「長っげぇなあ。はいはい、感動すればイイのね」「もうわかったから」と思われるんではなかろうか。
これ、1時間ちょいに充分縮められます。
むしろアレサの伝記映画・ドキュメンタリーにした方がマシ。ビートルズの『ゲットバック』みたく。←観てねえけど
というのも、音楽好きにはたまらないシーンが。いかに楽曲が作られていくか、磨かれていくのか。その顛末が、『リスペクト』にもあった。
例えばアトランティック移籍後、最初に大ヒットした〝I Never Loved A Man〝のレコーディング風景。同社があるニューヨークじゃなくアラバマのマッスルショールズで南部の音を活かしたのは有名な話だが、時々刻々サウンドが変わってゆく。
最初は拍の強い黒人教会音楽風に。アレサ自身が「それじゃ駄目」と指摘、次いでギターサウンドが前面に出る。「これだとボーカルが前に出ない」、そうアレサは再び却下。
最終的には自身が弾くピアノとボーカルのユニゾン。そこに南部特有のホーンセクションが被さる。
◆I Never Loved A Man / Aretha Franklin
※ちなみにワタクシ、この曲をHMVの企画「20世紀のNo.1シングル」に投票しました。
制作過程はいちばん好きな〝Ain't No Way 〝のシーンにも。妹キャロル ・フランクリンが作った曲な。
◆リアルと映画の上下コラボでどうぞ
このように、玄人向けに撮れば客は限られても訴求はできる。その点『リスペクト』は中途半端であり、玄人にも素人にも薄っすい映画。まあせいぜい「アレサってこんな人なのね」という、さわり程度のPVでしかないだろう。
問題は、以上制作サイドにもっぱらあって、ジェニファー・ハドソンはなかなか頑張ってました。アレサ自身が生前「あんたがやんな」と指名したとかしないとか。
パンフレットを読むと、単なるモノマネじゃなく自身の声を活かしたかったと書いてある。うむ、確かにモノマネではない。その点、彼女は成功している。
アレサと比べること自体がナンセンスではあるが、いっぽう、ジェニファーの声は生硬。アレサのは厚みと深みが段違い。こればっかりは如何ともしがたい。
本人のはいわば「底なし沼」であるが、大黒摩季がパンフに文章を寄せていた。いわく
「私の方が、もっと上手くアレサを歌える」
大黒摩季がジェニファー・ハドソンより上手いかどうかはともかく、言わんとしている事は分かるような気がした。
◆ジェニファー・ハドソンの歌唱で、Respect。
対して本人のは
いやだから比べちゃいかんと、そう何度も。。。
それでも比較したくなるのは世の常。つーか、アレサ好きにとっては致し方なし。
大黒摩季が、もういっちょ。「レコードは音を〝掘る〝感覚。いっぽうデジタルは〝置く〝感覚」。
彼女、いいこと言うなあ。
さらには
「『リスペクト』と『アメイジング・グレイス』を、セットで観た方が良い」
前者はもちろん作り物。後者は過日感想文を書いたところの、ガチ・リアル。
https://ameblo.jp/darshaan/entry-12685428955.html
https://ameblo.jp/darshaan/entry-12685443179.html
https://ameblo.jp/darshaan/entry-12685453606.html
『アメイジング・グレイス』は聖霊なる神が降臨してきましたねー。アレサのボーカルで。
ま、機会があったら両作品、比べてみてくださいな。段違いだから。
ラストはアレサ先生ご自身バージョンでAin't No Wayを再び。
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