京都寒梅記

以下は10年前の三月に書いたものです。梅の便りはまだか。

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3月3日(木)、北野天満宮へ梅を愛でに参った。

気温6度(予報値)。途中、桂では横殴りの吹雪で梅見どころではないかと思ったが、洛中に入ると薄曇りながら陽も射す。

西院にて下車。友人との待ち合わせに遅れそうだったので、西大路を早歩きで北上。

北野白梅町の交差点を右折。ここからはたしか北東と、うろ覚えに進むと住宅街に迷い込む。自宅前を掃除していた年配の女性に天神さんはどこでしょうかと訊けば「すぐそこですよ」と笑みまじり。

参道に入った途端、携帯が鳴る。「ゴメン、遅れそう」。なんだ、慌てることはなかったな。まぁいつもこんなもんだ。

彼女を待つ間、手水で口を濯ぎ、境内を散策。きゅっと締まったやつ、桜さながらボワッと開いたやつ。一重八重、寒空に向かいあるいは頭を垂れ、梅というのはかくも個性的かとそこここで見入ること四半刻。ぼろぼろのアウディ乗りつけ友人到着。

この時期に咲くのは野梅というのだろうか。淡紅色大輪の、豊後なる種も見受けられる。

2万坪に1,500本とか。それでも、こじんまり感じるのが京都らしい。
菅公こと菅原道真の左遷先、筑紫は大宰府天満宮のほうが朱塗りの太鼓橋があったりして、より華美な印象。なんだかアイロニカル。

「東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花 主(あるじ)なしとて春を忘るな」

左大臣藤原時平に讒訴され、京を去るときにこの歌を詠んだのが901(昌泰4・延喜元)年。
学才をもって宇多帝に重用され、右大臣にまで上りつめた管公が、都落ちとはいえ雛も雛、筑紫くんだりへ流されるにあたり、梅に込めた思いは並大抵ではなかったようだ。「匂ひおこせ”よ”」「春を忘る”な”」の命令調にもそれが表れている。

中央集権を進め、唐の滅亡を予測し遣唐使を廃すなど政(まつりごと)にも秀でた彼は、才のみならず性格のうえでも、ちと斬れすぎたのかもしれない。藤原氏の反感を買ったのが運の尽き。もっとも、宇多天皇自身、道真を藤原氏の対抗馬として利用していたようだが。

菅公を慕った梅は都から大宰府へ飛び、彼の去った都には怨霊が残った。出雲大社もある意味そうだが災いを恐れ、御霊(みたま)を鎮める御霊(ごりょう)信仰の社が北野天満宮。
梅は立社の際、改めて植えられたものであろうか。

まがまがしい由来にも関わらず、梅ちゃんたちは寒空の下で健気。3時頃、桂の吹雪が梅苑を見舞い、木立を揺するほどであったが、実を花を固く耐えて佇む彼もしくは彼女らに「この世をば わが世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば」、絢爛たる桜の妖しさ恐ろしさは微塵もない。

ただただ肩寄せ合うようにし、それでいてほのかに香るそのありようは、もはや縁起と無縁の”生きる”。

春はすぐそこ。


*写真を撮った梅ちゃんたち(山茶花くんもいた)にトム・ウェイツのワルツを合わせてみました。


https://youtu.be/1x3BiTartGo


<歌詞訳:室矢憲司氏のものを一部改変>

馬に乗っているあなたと会って
土ぼこりをあげて追いかけた
上げた手は天国に向いていたが
あなたのハートを大地に引き下ろした
たなびく霞よりも濃く、何かがわたしの目を曇らせた
はこやなぎの綿毛よりもやわらかな息に触れたあの時

五月祭りの花やリボンに飾られた
ダンス会場のポールにうちまたがり
はねまわりながら他の誰かの腕にあなたは抱かれていた
腕のコサージュの花を噛んだわたし
そしてあなたはゆっくりとワルツを踊っていた
ウィドウズ・グローヴから来た女と踊っていた

ああ、川まであなたの後をつけていった
川の流れは海まで続いている
暗く寒い夜の風に吹かれ、雨に濡れながら
そう、わたしはずっとそこにいるの

つばめの息がかかったように
花びらが落ち、わたしは落ちていった
つかんだかと思えば恥ずかしそうにわたしを抱き
冷たい井戸に体を押しつけた
あなたの手にはグラス
あなたは夜に向かって氷をかかげ
氷はグラスに落ち、こまかな泡をあげた
わたしは願いを笑いとばした

グラスは暗いトンネルの井戸に滑りこんでいった
静かにそれが溶けていく音を聞くと
わたしはあなたを見つめた
大地にたったひとつの願いをぶつけるようにのけぞり
激しい動きに波打っていたわたしのスカート

ああ、川まであなたの後をつけていった
川の流れは海まで続いている
暗く寒い夜の風に吹かれ、雨に濡れながら
そう、わたしはずっとそこにいるの

わたしはエルムの木に隠れ、あなたの首にかかっていた
大枝を持ち上げた
それからあなたを追いかけて
深い淵にあなたを沈めた

あなたの口から水があふれた時
わたしは口づけをし、浮気な運命のすべてを飲みほしてあげた
末期の息であなたは言った
酔いすぎてしまってもう起きられそうもないと

ああ、川まであなたの後をつけていった
川の流れは海まで続いている
暗く寒い夜の風に吹かれ、雨に濡れながら
そう、わたしはこれからもずっと
そこにいるの

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