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【所感】滅ぶ葛城氏


葛城古道を歩いて以来、葛城氏が気になって仕方ないので、本を買った。

『謎の古代豪族 葛城氏』
平林章仁【著】

有間皇子に連座した塩屋連が途中登場して、期せずしてタイムリーな内容であった。

塩屋連と葛城氏は同祖、とされている。が、おそらく、葛城襲津彦(葛城氏の祖)に従い渡来した集団が塩屋連の祖であろうとのこと。

塩屋連は、海洋民族的な性質が強く、海運業を和歌山県日高川付近で営んでいたという。一方、葛城氏はヤマト王権(4世紀後半頃)の渉外対応を担っており、大陸との往来を管理していたことから、塩屋連と葛城氏は時代がズレるが深い関係であると言えよう。

有間皇子が生きた7世紀ごろには、葛城氏は滅びているが、帰化した集団のその機能は連綿と続いていたようだ。塩屋連が加担したということは、海路にて逃亡する計画があった可能性も否めないか。

ヤマト王権と姻戚関係を維持して権勢を振るう葛城氏の様は、蘇我氏、藤原氏を彷彿とさせる。
本書では、神功皇后と葛城襲津彦の世代から継体天皇までの姻戚関係と時代背景を分析し、分かりやすく解説してあり、初めてややこしい系譜(の一部)を理解することが出来た。

そして、前半を読んだ感想としては、
ヤマト王権は人を◯し過ぎ。
の一言に尽きる。

嫉妬深い磐之媛の苛烈な性格が、世代を追うごとにバージョンアップしているようにしか見えない。
彼女の息子世代、孫世代は特に、安易に人を◯し過ぎである。気に食わないアイツを消したら、自分も消される!みたいなパターンが続いて、結局は、武烈天皇の時点で後継者が居なくなる。
自業自得の極みである。

本書は整理された内容ではあれども、素人には少々難易度が高い。読んだ端から内容を忘れていってしまう。特に人物名なんかは、覚えられない。国風諡号は長すぎである。しかも、古事記と日本書紀で音は同じでも漢字が異なるなど、素人の頭の中をかき混ぜてくる。

せっかく読んだ内容が消えていくのは勿体ないので、読んだ内容のメモ(理解した範囲)として所感を残す。


水運海運を営む

葛城氏はヤマト政権の渉外対応をしていたと書いたが、彼らが本拠地とする葛城地域は内陸にあり、地理的には違和感があった。
だが、4世紀頃の大阪〜奈良付近の地形は今と大きく異なっていたようであり、それを把握すると割と納得がいく。

今と4世紀頃の大きな違いは、大阪の河内湖の存在である。
大阪は水の都とはよく言ったものである。そんなイメージはなかったのだが、言葉通り水運/海運業が発達していた地域であった。
なんなら、鶴橋から東側は湖の底である。

下記のサイトに掲載されている地図が非常に分かりやすかったので、リンクをはっておく。

大阪湾環境データベース

水都大阪

今の難波のあたりは砂州の先端に位置していた。難波の東にあった河内湖は、頻繁に洪水を起こしており水害対策として、湖の水を海へ流す堀江を掘削した。この堀江が今の天満川だ。

そうなんだ!?という驚きばかりである。
今も使われている川が、仁徳天皇が作ったとは知らなかった。立派な業績である。そりゃ、あれだけデカい古墳も作ってしまうな。納得。

この、水害対策に作った堀江のおかげで、難波の地域は水運も盛んになっていった。
葛城視点で見ると、古くから使われている紀ノ川水運だけでなく、大和川水運(大和川→難波)も使えるようになったわけだ。

また、これだけではなく、木津川と琵琶湖を通り北陸へ抜けて大陸へ行く経路も確保していたらしい。

紀ノ川水運、大和川水運、木津川・琵琶湖を使う水運を網羅するために、紀、吉備、尾張、日下などのそれぞれの地域の海運を抑えている豪族達と姻戚関係で強い連携を築いていた。

滅亡の背景

一時は、天皇側を凌ぐ権威を持っていたらしいが、安康天皇あたりから雲行きが怪しくなる。
日本書紀、古事記それぞれに記述されている事件が葛城氏の滅亡への一路を示唆しているという。
玉田宿禰の殺害事件、吉備氏の妻奪取事件、葛城大円臣と眉輪王の焼殺事件である。

これらの事件を通して、海運面で連携していた氏族と葛城氏族が断絶する。徐々に(?)葛城氏の権力を削ぎ、最期の葛城大円臣で滅亡する。

ヤマト王権の貿易・渉外を担っている重要役職の権力を削ぐことは、王権自体の権力を削ぎ落とすことと同じだと思うのだが、何故、安康天皇・雄略天皇はこのような行動に出たのだろう。
不思議である。

この頃、大陸側の情勢も転換期にあるらしく、高句麗の南下が激しくなり、中国南朝への遣使が雄略朝で途絶える。次に再開するのは、推古朝でかの有名な小野妹子の世代だ。

王権側は、そういった大陸側の情勢も踏まえて、貿易・渉外の優先度を下げたのだろうか。安康・雄略側からすると、優先度が低い(言うなれば、将来性の低い)職務についていながら、幅を利かせている氏族は排除したいと思うのも、アリかな。

これは、会社で実力もなく仕事もできないくせに、声だけ大きくてふんぞり返ってる上司・先輩を排除したい気持ちに似ているかもしれない。

それならば、めちゃくちゃ解るなー。

とはいえ、だ。
貿易を牛耳っていた葛城一族には、輸入で得た鉄、銅、金などから刀剣を精製する技術を有していたそうだ。ヤマト王権の軍事を支える職務であり、優先度は下がりそうにない。
やはり、素人には分かりかねる深遠な理由があるんだろうなぁ。

眉輪王がかわいそう

本当にかわいそう。
葛城大円臣と共に消されてしまった眉輪王が、哀れである。

無実の罪で、安康天皇に父を誅殺される。
母は安康天皇の皇后に取られ、連れ子として扱われていた時に、その事実を知り、齢6歳にして安康天皇を暗殺した。
そして、安康天皇の弟である雄略天皇に攻められ焼死した。

暗殺の系譜を書くと、酷いものである。
眉輪王父←安康天皇←眉輪王←雄略天皇

何回も言うが、ヤマト王権は安易に人を◯し過ぎである。だから、後継者いなくなるんだよ、、、!

長くなったので、とりあえずここまでとする。

総括すると、仁徳天皇周りのイメージの解像度が上がったのは非常に良かった。神話的な存在が一気に近い存在になった。

そして、大事なことなので、もう一度言っておく。眉輪王は本当にかわいそう。
来世があるならば、どうか愛に溢れた人生を送ってほしい。

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