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【数学トラップ】aにロックオン

変化の割合=a ?

 中三の数学の問題。確かこんな感じです。

$${y}$$は$${x^2}$$に比例し、$${x}$$が$${2}$$から$${4}$$に変化するときの変化の割合が$${4}$$である。式を求めよ。

 「『変化の割合』って何?」と問うと、
 生徒さん「エーです。」
 「ん??? エー?って?」
 「$${y=a x^2}$$の$${a}$$です。」
 純真な輝く目でこちらを見てそう断言するのである。

 どうやら、一次方程式のときにさんざん
$${y=ax+b}$$の$${a}$$は「変化の割合」であると叩き込まれ、今回の二次方程式でも通用するものと確信を持っているようなのです。
(一次方程式では変化の割合は一定の値をとりますが、二次方程式では場所によって変化し、$${a}$$の値とは一致しません。)

「数学ロックオン」現象?

 我々であれば、$${a}$$は単なる数字(この場合定数)の代用品であって、いろんなところで違う役割を果たす仮の姿であることが分かっています。
 さらに、別に$${c}$$でもひらがなの「い」でも「せ」でも定義さえされていれば(極めて読みにくいが)数学的には全く正しいことも分かっています。

この件に関しては、言語学者の三上章(数学教師もやっていた人)が高校時代に本当にやらかしたエピソードが、YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で紹介されています。

ゆる言語学ラジオ【ズボンのボタン引きちぎる】ヤバ言語偉人・三上章の一生【三上章1】#99
https://www.youtube.com/watch?v=dqd4NLCQNIQ

 つまりは仮の姿であるものを絶対視するくらい叩き込まれているということなのでしょう。これを(余り外来語は使いたくないが適切な言葉が浮かばないので)「数学ロックオン現象」と仮にしましょう。

 ここで思い出した。中一の英語を教えていて、
「『from』の意味は?」
「『出身』です」
「いやいや元々の意味は?」 
「『出身』です!」
 というやりとりを何回かしていて、これは
 I am from Canada. = 私はカナダ出身です
を丸覚えし、fromが出身に完全にロックオンされた状態であるなあ、なんとかせねばという思いがありました。

一所懸命覚えたのに…

 こういうロックオンは、初学者においては「とりあえず仕方ない、あとから修正すれば良い」という考えもあるとは思いますが、真面目な子ほど一生懸命覚える傾向があり、その後「いや実はそれだけではない」と言われたときに「一所懸命覚えたのに、なんでまたそんなことを言い出すの?」となりかねません。というより、そういう思いをヒシヒシと感じます。

優秀な事務職員

勉強全般に感じることですが、多くの学生さんが、成績の良い人も含め、

  • 単語・用語・定義を覚える

  • 適用する場面・場合分けを覚える

  • 適切な場面で適切な適用を行い、正解を出す

という優秀な事務職員みたいな窮屈な手順で物事を修得しているフシがあります。全体をざっくり見て、その中での位置付けをフワリと確認し、柔軟に対応するという変化への耐性のあるものの見方の訓練がほとんどできていない。部分最適化に特化しているというか。

もう少しざっくりと…

 優秀な事務職員も大事です。が、これだけ変化への耐性に乏しいと、何事にも保守的にならざるをえません。いや、保守的にもふた通りあり、現状を認識した上でのより良い選択としての「保守」は問題ないが、他に選択肢がないという理由の「保守」は「頑迷」に陥りやすく、いいことではないと思います。楽しくないし。
 何事も、枝葉末節の前に全体像をフワリと認識させつつざっくりとした方が良いのではないかという個人の感想でした。


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