線形代数の非対称性を幾何代数(冪単)で解決する
気になる非対称性
円函数と双曲線函数の回転行列の非対称性
線形代数で、円函数での実数角$${\theta}$$の回転行列を$${R_c(\theta)}$$とすると、$${R_c(\theta)=\begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos \theta \end{pmatrix}}$$である。
この右上のマイナスが、昔から引っ掛かっていた。何かバランスが悪い。
一方、双曲線函数での実数角$${\phi}$$の回転(これは円函数での虚数角回転となる)行列を$${R_h(\phi)}$$とすると、$${R_h(\phi)=\begin{pmatrix} \cosh \phi & \sinh \phi \\ \sinh \phi & \cosh \phi \end{pmatrix}}$$となることをある時知った。右上のマイナスなどない。極めて対称的で美しい。
円函数及び双曲線函数のeの冪乗表示の非対称性
これらの式の導出の根拠は$${e^\theta}$$のマクローリン展開$${e^x =\sum_{k=0}^\infty \dfrac{x^k}{k!}}$$である。
ここに$${x \to i\theta}$$として偶数乗の項と奇数乗の項を取り出して得られるのが円函数についてのオイラーの公式$${e^{i\theta}=\cos \theta +i \sin \theta}$$である。
一方、$${x \to \phi}$$(文字を替えただけなので実質は$${e^x}$$のまま)としてマクローリン展開から同様の取り出しを行ったものがオイラーの公式の双曲線函数バージョン$${e^{\phi}=\cosh \phi + \sinh \phi}$$である。
ここから、円函数及び双曲線函数の$${e}$$の冪乗表示が得られる。
$$
\cos \theta = \dfrac{1}{2}(e^{i\theta}+e^{-i\theta}),\sin \theta = \dfrac{1}{2i}(e^{i\theta}-e^{-i\theta}),
$$
$$
\cosh \phi = \dfrac{1}{2}(e^{\phi}+e^{-\phi}),\sinh \phi = \dfrac{1}{2}(e^{\phi}-e^{-\phi}),
$$
$${\sin\theta}$$の分母にだけ$${i}$$がある。これは決定的にバランスが悪い。その原因は、円函数の$${\sin}$$の前には$${i}$$があるのに、双曲線函数の$${\sinh}$$の前には何もないからだ。
三角函数と双曲線函数のこの非対称性。これが積年の疑問であった。
冪単uの導入
以下の論では、次の書を主に各種文献を参照している。
冪単とは
上記の問題に対しての一つの解答は幾何代数によって得られる。
複素数$${\mathbb{C}}$$は、実数$${\mathbb{R}}$$に虚数単位$${i}$$を加えたものである。$${i^2 =-1}$$という性質を持つ$${i}$$をたった一つ加えただけのことがが如何に数学を発展させたことか。
$${i^2 =-1}$$、即ち二乗して$${-1}$$になる数があるなら、$${u^2 =1}$$、即ち二乗して$${1}$$になるが$${\pm1}$$ではないという数があっても良い。これを冪単$${u}$$という。$${unipotent}$$という英名に拠る。また、これを双曲線数とも呼ぶ。
幾何代数で用いられる他の冪数
尚、幾何代数では他に冪等($${idempotent, d^2=d, d\neq 1}$$)、冪零($${nilpotent, n^2=0,n \neq 0}$$)等を扱う。虚数単位$${i}$$は冪負、他と同様ラテン語由来の$${negapotent}$$とでも呼ぶべきであろうが、検索しても一切出てこない。また、これらの数は全て行列で表現可能である。例えば$${i}$$は$${\begin{pmatrix} 0& -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}}$$、$${u}$$は$${\begin{pmatrix} 0& 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}}$$と等価である。
冪単による双曲線函数の再定義
マクローリン展開への冪単の代入
円函数を得る際にはマクローリン展開$${e^x =\sum_{k=0}^\infty \dfrac{x^k}{k!}}$$に$${x \to i\theta}$$と代入し偶奇で取り出した。
同様に、冪単$${u}$$を用いて$${x \to u\phi}$$としてみよう。$${u^2=1}$$となることに注意すると、次のようになる。
$$
\begin{align*}
e^{u\phi} &=\sum_{k=0}^\infty \dfrac{(u\phi)^k}{k!}\\
&=\dfrac{(u\phi)^0}{0!}+\dfrac{(u\phi)^1}{1!}+\dfrac{(u\phi)^2}{2!}+\dfrac{(u\phi)^3}{3!} + \cdots\\
&=\dfrac{\phi^0}{0!}+\dfrac{u\phi^1}{1!}+\dfrac{\phi^2}{2!}+\dfrac{u\phi^3}{3!} + \cdots\\
\end{align*}
$$
偶数乗の項の$${u}$$は消え、奇数乗の項にのみ$${u}$$が残る。
偶数乗の項の和が$${\cosh\phi}$$、奇数乗の項の和が$${\sinh\phi}$$であるから、結局$${u}$$は$${\sinh\phi}$$にのみ残るため、
$$
e^{u\phi} =\cosh \phi +u \sinh\phi
$$
が得られる。円函数と並べてみよう。
$$
\begin{align*}
e^{i\theta} &=\cos \theta +i \sin\theta \\
e^{u\phi} &=\cosh \phi +u \sinh\phi
\end{align*}
$$
円函数と双曲線函数の非対称性が一つ解決した。
冪単による双曲線函数のeの冪乗表示
$${e^{u\phi}=\cosh \phi +u \sinh\phi}$$と$${e^{-u\phi}=\cosh \phi -u \sinh\phi}$$を加減して双曲線函数を取り出す。
$$
\begin{align*}
e^{u\phi} +e^{-u\phi} &=2\cosh \phi \\
e^{u\phi} -e^{-u\phi} &=2u\sinh \phi \\
\end{align*}
$$
即ち、以下のようになる。下に円函数を並べる。当然であるが、綺麗な対称性を為す。
$$
\cosh \phi = \dfrac{1}{2}(e^{u\phi} +e^{-u\phi}) ,\sinh \phi = \dfrac{1}{2u}(e^{u\phi} -e^{-u\phi}) \\
$$
$$
\cos \theta = \dfrac{1}{2}(e^{i\theta}+e^{-i\theta}),\sin \theta = \dfrac{1}{2i}(e^{i\theta}-e^{-i\theta})
$$
冪単により回転行列はどうなるか
円函数の回転行列の再解釈
円函数の回転行列が$${R_c(\theta)=\begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos \theta \end{pmatrix}}$$となることは、幾何学的証明、加法定理による証明、複素数による証明が思いつくが、最もシンプルなのは以前の記事で書いたようにオイラーの等式$${e^{i\theta}=\cos \theta +i \sin \theta}$$を用いた複素数によるものであろう。
複素数の展開の際に、あえて$${i^2=-1}$$とせず$${i^2}$$のまま放置してみよう。
$$
\begin{align*}
e^{i(\alpha+\beta)}&=e^{i\alpha}e^{i\beta}\\
=&(\cos \alpha +i \sin \alpha)(\cos \beta +i \sin \beta)\\
=&\cos \alpha \cos \beta +i^2 \sin \alpha \sin \beta\\
&+i (\sin \alpha \cos \beta + \sin \beta \cos \alpha)\\
\end{align*}
$$
これが$${e^{i(\alpha+\beta)}=\cos(\alpha+\beta)+i\sin(\alpha+\beta) }$$との実部虚部の一致により、以下の通りとなる。
$$
\begin{align*}
\begin{pmatrix}\cos(\alpha+\beta) \\\sin(\alpha+\beta)\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}\cos\alpha\cos\beta+ i^2\sin\alpha\sin\beta \\
\sin\alpha\cos\beta + \sin\beta \cos\alpha\end{pmatrix}\\
&=\begin{pmatrix}\cos\alpha & i^2 \sin\alpha \\
\sin\alpha & \cos\alpha \end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cos\beta \\
\sin\beta \end{pmatrix}
\end{align*}
$$
即ち、円函数の角$${\theta}$$の回転行列は、$${R_c(\theta)=\begin{pmatrix}\cos\theta & i^2 \sin\theta \\\sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}}$$となる。当然、$${i^2=-1}$$とすれば通常の回転行列と一致する。
双曲線函数の回転行列の再解釈
ここで、冪等$${u}$$を導入した双曲線函数におけるオイラーの等式$${e^{u\phi} =\cosh \phi +u \sinh\phi}$$で同様にやってみる。複素数の展開と同様に、あえて$${u^2=1}$$とせず$${u^2}$$のまま放置してみよう。
$$
\begin{align*}
e^{u(\alpha+\beta)}&=e^{u\alpha}e^{i\beta}\\
=&(\cosh \alpha +u \sinh \alpha)(\cosh \beta +u \sinh \beta)\\
=&\cosh \alpha \cosh \beta\\
&+u^2 \sinh \alpha \sinh \beta +u (\sinh \alpha \cosh \beta + \sinh \beta \cosh \alpha)
\end{align*}
$$
これが$${e^{u(\alpha+\beta)}=\cosh(\alpha+\beta)+u\sinh(\alpha+\beta) }$$との実部冪単部の一致により、以下の通りとなる。
$$
\begin{align*}
\begin{pmatrix}\cosh(\alpha+\beta) \\\sinh(\alpha+\beta)\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}\cosh\alpha\cosh\beta+ u^2\sinh\alpha\sinh\beta \\
\sinh\alpha\cosh\beta + \sinh\beta \cosh\alpha\end{pmatrix}\\
&=\begin{pmatrix}\cosh\alpha & u^2 \sinh\alpha \\
\sinh\alpha & \cosh\alpha \end{pmatrix}\begin{pmatrix}\cosh\beta \\
\sinh\beta \end{pmatrix}
\end{align*}
$$
即ち、双曲線函数の角$${\phi}$$の回転行列は、$${R_h(\phi)=\begin{pmatrix}\cosh\phi & u^2 \sinh\phi \\\sinh\phi & \cosh\phi \end{pmatrix}}$$となる。当然、$${u^2=1}$$とすれば通常の回転行列と一致する。
回転行列の比較
結論として、回転行列は、円函数:$${R_c(\theta)=\begin{pmatrix}\cos\theta & i^2 \sin\theta \\\sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}}$$、双曲線函数:$${R_h(\phi)=\begin{pmatrix}\cosh\phi & u^2 \sinh\phi \\\sinh\phi & \cosh\phi \end{pmatrix}}$$となり、完全に対称的な形となった。回転行列の右上のマイナスとプラスの違いは$${i^2=-1}$$と$${u^2=1}$$の違いが符号として顕在化したものに過ぎないと解釈できる。
はじめに提示した非対称性は、幾何代数の冪単の力を借りて、これで一旦解決した。
更なる対称性はあるのか
双方の回転行列の統一
上記の回転行列の対称性には未だ些かの不備が感じられる。やはり右上だけに$${i^2}$$や$${u^2}$$が存在する点だ。
実は、回転行列とその作用を受ける座標自体に修正を加えることで統一的な解釈が可能だ。
ベクトル$${\boldsymbol{x}}$$に円函数の回転行列$${R_c(\theta)}$$を作用させ、ベクトル$${\boldsymbol{x'}}$$に変換する、所謂通常の一次変換を考える。但し、$${R_c(\theta)=\begin{pmatrix}\cos\theta & i \sin\theta \\i\sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}}$$とし、$${\boldsymbol{x}=\begin{pmatrix}x \\iy\end{pmatrix}}$$と、$${y}$$には$${i}$$を乗じておく。
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{x'}=&R_c(\theta)\boldsymbol{x}\\
\begin{pmatrix}x'\\iy'\end{pmatrix}=&\begin{pmatrix}\cos\theta & i\sin\theta \\i\sin\theta & \cos\theta\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x\\iy\end{pmatrix}\\
=&\begin{pmatrix}x\cos\theta+i^2 y\sin\theta \\
i(x\sin\theta+y\cos\theta)\end{pmatrix}
\end{align*}
$$
$${i^2=-1}$$とし、$${y}$$座標の$${i}$$を無視すると通常の一次変換となる。
双曲線函数の場合も全く同様に、
$$
\begin{align*}
\boldsymbol{x'}=&R_h(\phi)\boldsymbol{x}\\
\begin{pmatrix}x'\\uy'\end{pmatrix}=&\begin{pmatrix}\cosh\phi & u\sinh\phi \\u\sinh\phi & \cosh\phi\end{pmatrix}\begin{pmatrix}x\\uy\end{pmatrix}\\
=&\begin{pmatrix}x\cosh\phi+u^2 y\sinh\phi \\
u(x\sinh\phi+y\cosh\phi)\end{pmatrix}
\end{align*}
$$
と書ける。つまり、双方の回転行列が$${\begin{pmatrix}a & b \\b & a\end{pmatrix}}$$の形、即ち対角成分の等しい対称行列の形に統一される。
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