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月よりもきれいな言葉#テレ東ドラマシナリオ

大麦こむぎさんの「月がきれいですね」をテーマに。


背景
・学校の屋上 今にも日が落ちそうな夕焼け。
・ナオミとミツル クラスメイト。ミツルがナオミに告白しようとしている。
 けれど、彼は出すべき「言葉」を忘れたことを知らない。
 それが今の日本では常識だというのに。

・本編
ぱくぱく。口が金魚のように開いては、音を出さない。
ミツルは、呆然と自分の口元に手を当てる。

ナオミ「どうしたの、ミツル君」

不思議そうに尋ねる彼女。心配そうな顔。単純に、クラスメイトを心配している。
そう、ミツルは、そんな彼女に伝えようと思ったのだ。
けど。何を。

ミツル「……えっと、ちょっと、待ってくれ」

言葉を探す。
この気持ちを彼女にぶつけたかった。だから、一番お気に入りの場所の最高の時間に、彼女を呼び出した。

ミツルは自問する。

なんでだ。何を言おうとしたんだ。俺は、どうしてこんなに胸が痛いんだ。
焦った。困った。頭を抱える。

それを、ナオミが不思議そうな様子で見てくるので、さらに焦る。

どうしようどうしようどうしようどうしよう。

焦っていると、ナオミは、「しょうがないなぁ」というように肩を下ろした。

嫌われてしまったんだろうか。ふとよぎる恐怖。ミツルはぶわりと冷や汗が出るのを感じた。

けど、彼女は。

落ち行く太陽に手を伸ばし、何もかもを包み込むようなひどく大人びた笑顔でミツルを見た。

ナオミ「ミツル君は知らないんだね。この世界にはね、ある一つの言葉があったんだよ」

ミツル「言葉が、あった?」

ナオミ「うん。けどね、消えちゃったの。ろうそくの炎が吹き消されるみたいにあっさり」

ミツル「……それって、どんな言葉だったんだろ」

ミツルの前で、ナオミは屋上の手すりに手を伸ばし、グンと体を伸ばす。

太陽はもう暮れてしまった。
空は藍色。空の端には、綺麗な満月が顔を出している。

二人はふと、月を見つめた。

ナオミ「私も知らないんだけどね……この世で一番大事な人に贈る、この世で一番素敵な言葉だったんだって」

ミツル「そう、なんだ」

ミツルもまた、彼女の隣に立って手すりに顎を乗せる。

ミツル「そう。俺は、多分それを言おうとしたんだ。君に」

ナオミ「だろうな、って思ったよ。うん」

ミツル「どうして、そんな素敵な言葉が消えちゃったんだろうな」

ナオミ「そうだねぇ。きっと、誰かが、その言葉の持っていた綺麗さを全部使って、誰かにあげちゃったのかもしれない。そして、その人が今も大事に抱え込んじゃっているのかも」

ミツル「じゃあ、その犯人は、俺かもしれない」

ナオミ「え?」

・ ・ ・

ミツルは見た夢を語る。

夢でミツルは、ブランコに乗った小さな子供。
ぶらぶらと足を揺らしていると、一人の女子高生が隣に腰掛ける。
それは、ナオミの姿をしていたけれど、ナオミとはどこか気配の違う女の子。

違ったのは、瞳の色。

彼女の目は、綺麗な白がかった金色をしている。

夢だからか、ミツルにはわかった。

小さいミツル「こんばんは。お月様」

金色の目をしたナオミ「こんばんは。男の子」

ナオミの姿をした、満月が隣にいた。

・ ・ ・

ナオミ「それ、嘘じゃないよね」

ミツル「夢ではあるけど、嘘じゃない」

ナオミ「ミツル君は、お月様になんて言ったの? 何をしたの?」

非難するようなきつい声。そりゃあそうだろう。だって、隣にいるのは世界から一番素敵な言葉を消してしまった犯人なのだから。

ミツルは、ちょっと笑った。可愛いこの子の怒った顔を見られるのなら、犯人だと暴露するのも悪くはない。

ミツル「別に何も言ってないんだ。ただ、お月様と少し話しただけ」

・ ・ ・

再び、夢の場面。

小さなミツルと、月のナオミが夜の中で語り合う。

月のナオミ「私はね、忘れ物を取りに来たの」

小さなミツル「忘れ物。いつ、忘れたの?」

月のナオミ「そうね、ずっと昔。綺麗な着物を身に着けたら、こっち側に忘れてしまったの。忘れたことも、忘れてしまったの。でも、君を見ていたら、思い出したから取りに来たわ」

そういって、月のナオミは天に向かって手を伸ばす。

すると、ダイヤモンドより、星よりも美しい輝きが、彼女の手に収束する。

小さなミツルは、それが何か分からなかった。

月のナオミは、悪戯っぽく片目を瞑る。

月のナオミ「昔の私はね、色んな人にものを持ってくるようにお願いしたの。だけど今回は逆。さあ男の子。あなたはどうやって私の持ち物を取り戻すのかしら」

・ ・ ・

満月が高い位置にある。無邪気な女の子の笑い声が聞こえる。

ミツル「というわけで、俺は難題を突き付けられていることを思い出した。うん」

ナオミ「……そろそろ、私のことをばかにしてるでしょって言ってもいいかな?」

ナオミの表情は険しい。本当に馬鹿にされていると思っているんだろう。

ミツル「君に嘘はつかないよ」

そう、この気持ちがいけなかった。

ミツル「お月様は、君がいうように「言葉」を全部持って行ってしまって、独り占めしているんだ。だから、俺たちが取り戻さなきゃならない」

ナオミ「どうやって、取り戻すの」

ミツル「方法は教えてもらった。俺が、君にもっと素敵な言葉を贈ったら、返してくれるって言ってたよ」

ナオミ「え……」

ミツルは、彼女に向き合う。月に横顔を照らされて、まっすぐ、強い視線。
すぅっと息を吸う。一歩、彼女に向かって踏み出す。

ミツル「お月様は、空から俺の気持ちを見透かしてた。だから忘れ物を思い出して、それを全部世界から持って行ったんだ」

ナオミが、戸惑いながらミツルを見返す。

ミツル「だから、俺たちで取り返そう」

そういって、ミツルは月を見つめる。多分、こちらをまっすぐ見ている月のナオミを思い浮かべながら。

ミツル「ああ、月が、きれいだな。けど、あの月よりも綺麗な言葉を、きっと見つけるよ」

ミツルはナオミに目を向ける。

ナオミはびくりと体を震わせた。戸惑うように、恥じ入るように、その視線はミツルには向かない。

けど、ミツルはそれを気にせずに、彼女の手にそっと自分の手を重ねた。

今度こそ、ナオミの目がミツルを見る。恥じらいと、「取り戻す」という決意の瞳で、強くうなずいた。

ナオミ「ミツル君だけじゃないよ。私達で、必ず取り戻そうね……「世界で一番素敵な言葉」を」

ミツルは、はにかんだ笑いを浮かべた。

ミツル「きっと、俺たち二人じゃなきゃ、できないな」




#テレ東ドラマシナリオ

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