COP29結果:パリ協定6条交渉とAI・Web3企業のカーボンクレジット市場参入戦略
先月、世界各国が気候変動問題について議論する国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の第29回目の締約国会議(COP29)がアゼルバイジャンで開催されました。
メディアを通じて、開発途上国への資金援助を年間1,000億ドルの目標から、2035年までに年間3,000億ドルに増やすことなどが報道されていますが、パリ協定6条の排出量取引メカニズムについても大きな進展がありました。
京都議定書のCDM(クリーン開発メカニズム)の後続に位置づけられるパリ協定下の排出削減メカニズムは6条4項に明記されていますが、COP28までに、方法論の開発や評価の要件などの詳細ルールについて締約国間で合意できておらず、開始時期の見通しが立っていませんでした。
COP29では、方法論に関する詳細ルール、炭素除去を伴う活動の要件、持続可能性評価ツールが事前に作成され、CDMで登録されたプロジェクトや植林プロジェクトを、パリ協定の6条4項メカニズムに移行していくタイムラインとその条件、リソース配分計画などについて合意されました。早ければ、2025年末までにパリ協定下の排出削減メカニズムが始動する可能性が見えてきています。
また、二国間でのクレジット(=Internationally Transferred Mitigation Outcomes:ITMOs)の創出・取引については、6条2項で規定されていますが、各国が炭素クレジットの取引を認可する方法や、これを追跡する登録簿がどのように機能するかについて、今回より明確になりました。ITMOsの二国間取引のために、透明性のあるプロセスによる技術レビューを通じて、環境十全性(=クレジットの各要件)が事前に確保されることも保証されました。
6条4項メカニズムでは、UNFCCCの下に設置されている監督機関(Supervisory Body)がクレジットの発行に関する基準や方法論の策定、メカニズムの運用を監視する主体となる一方、6条2項ではホスト国の政府機関がプロジェクトの承認及びクレジットの発行主体となります。
方法論の簡素化とクレジットの質の保証は表裏一体ですが、6条2項は相手国との間で締結されるLoA(Letter of Autholization)に基づき取引できる仕組みを提供しているため、ホスト国にとって、よりフレキシビリティのある仕組み作りが進んでいるといえるかもしれません。
さらに、COP29では、ブロックチェーンを活用したカーボンレジストリのメタデータプラットフォームであるClimate Action Data Trust(CAD Trust)がGold Standardのレジストリを新たに連結させたことを発表しました。
CAD Trustは世界銀行がInternational Emissions Trading Association (IETA) 、シンガポール政府と協力して2022年12月に立ち上げたイニシアティブで、ボランタリークレジットの各スタンダードや各国(※24年12月時点ではスイスとブータン)のレジストリ情報がCAD Trustに接続・集約され、公開されています。取引情報はブロックチェーンで記録されているので、改ざんが困難となり、カーボンクレジットの二重計上の防止やデータの信頼向上につながることになります。
Gold Standardは世界で2番目にクレジット発行量の多いスタンダードであり、これが新たに加わったことで、集約されているアクティブなプロジェクト数は21,163プロジェクトになりました(2024年12月1日時点)。
COP29は、主に国連や各国政府が主体となるコンプライアンススキームのルールを決定する場ですが、このような前向きな結果は、ボランタリーカーボンクレジットを含む全ての市場関係者に良いシグナルとして受け止められたといえるのではないでしょうか。
とりわけ、京都議定書の第1約束期間の後、国連主導メカニズムの運用が実質的に不在であった間、一貫した成長と急激な縮小・停滞を経験し、需給の不足や品質、真の削減量の証明など、未だ多様な課題に直面しているボランタリークレジット市場の関係者にとっては、喜ばしいニュースとして受け止められたようです。
では、AIやWeb3などITテクノロジー領域には、今後どのようなビジネスチャンスの可能性が広がっていくでしょうか。
カーボンクレジットの主なバリューチェーンは、以下の通りです:
プロジェクト投資
方法論・プロジェクト開発
削減量のMRV
クレジット発行・レジストリ管理・運用
クレジットの質の評価
クレジット売買・取引
クレジットの償却・開示
ITテクノロジーを強みとする企業の場合、各国のレジストリやクレジット取引プラットフォームの構築、データベース同士の連結、あるいは排出削減量のMRV効率化などのフェーズで、事業参入の可能性があるかもしれません。
例えば、日本の国内クレジット制度であるJクレジット制度において、データ収集、削減量の計算、モニタリング報告書の作成及び検証のデジタル化が推進されています。今年度は、太陽光発電方法論を対象にブロックチェーンを活用したMRV支援システムの実運用に向けて、J-クレジット登録簿システムと連携した支援システム環境の構築が行われています。
国連や政府など信頼のおける主体のレジストリそのものは、改ざんされるリスクが比較的低いといえるため、必ずしもブロックチェーン技術で記録する必要はないかもしれません。しかし、パリ協定6条下でNDC達成のための国際的なクレジット取引を行う場合、相当調整(=バイヤー国のオフセットのために移転されたクレジットと同量の排出量を、ホスト国側に上乗せすること)を行う必要があるため、CAD Trustのように、二重計上の防止のためにブロックチェーン技術を活用することは理に適っているともいえます。
また、森林やマングローブなどの衛星画像を独自のコンピュータービジョンAIにより解析し、CO2吸収量のベースエミッションも算出・予測できるマシンラーニング基盤(dMRV)とReFiプラットフォームを開発しているエストニアのCarbontribe Labs(共同創業者は日本人の矢野CEO)といった企業も注目を集めています。
ボランタリーカーボンクレジットのトークン化については、ToucanやKlimaDAOなどのグローバルなWeb3企業が既に試みてきており、Gold StandardやPuro.earthといったスタンダードが、これらの企業と協働しながら資産のデジタル化に向けた取り組みをそれぞれ進めています。
こうした新たな仕組みは、質の低いクレジットを紛れ込ませてしまうリスクなどが指摘されているものの、法人だけでなく一般消費者がサステナブルな世界のために貢献できる機会を広げる可能性を秘めているのではないでしょうか。
クレジットの質の評価においては、SylveraやBeZero Carbonのようなサービスプロバイダーが独自のアルゴリズムを用いて市場取引されているクレジットの質の評価し、プロジェクトの格付けサービスを提供しています。しかし、大阪ガスが生成AIを活用してクレジットの質の評価を行うシステムの開発を進めています。自然言語で書かれた非構造化データを含むプロジェクト開発ドキュメントからクレジットの質にかかわる項目の情報を抽出し、評価を行うモデルを開発しており、対応する方法論を拡大させ、関係企業との共同開発も視野に入れていることから、今後の事業展開に期待が寄せられます。
COP29に併せて、日本のGXETS制度の義務化の対象となる基準が10万t-CO2/年以上(直近3年の平均値)を排出する企業とすることが公表されました。初年度となる26年度は、300~400社が対象となる見込みと報道されています。これらの企業は、野心的なネットゼロ目標を掲げているかどうかにかかわらず、無償で割り当てられた枠を超過するGHGを排出した場合に、排出の少なかった企業の余剰枠の購入が求められることになります。任意参加のフェーズではJクレジットやJCMクレジット(日本政府が主導する二国間クレジット)などのGXETS適格クレジットも活用されており、業種や企業ごとの枠の割り当て量などを含め、より具体的な制度設計がどのように決定されるのか、続報が待ち望まれます。
いずれにせよ、企業は自社の中長期的な成長を鑑み、本法制度の対象となるかどうかを確認し、自社のサステナビリティ戦略や炭素会計システムが本法制度に十分対応しうるかについて確認し、カーボンクレジットの活用を含め、事業戦略を見直していく必要がありそうです。
AIやWeb3を強みにする企業にとっては、そうした企業の経営課題の解決に向けて、新たなビジネスチャンスが到来するかもしれませんね。