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仮想世界の二人の男に提示された二つの世界と、それをもたらした神の手-映画『HELLO WORLD』-

※この記事は映画公開直後に書いたものです。

内へ向かう動きと外へ向かう動き

この映画は「2027年世界<2037年世界<最後の未来世界」という(少なくとも)三重の入れ子構造の中で、最終的に「内へ向かうエンド」と「外へ向かうエンド」の2つの結末を提示する。

まず内へ向かうエンド。仮想(下層)世界の住人が、より上層(普通なら現実)世界にいる上位者に運命をいじくり回されるという展開はよくある。それでも直実(高校生)はナオミに連れ去られた瑠璃を取り戻そうと上層世界(2037年世界)に上がり込み、瑠璃を元いた下層世界(2027年世界)に連れ戻す。そして改心したナオミの進言により千古教授がアルタラの自動修復システムを停止してアルタラの記憶領域を無限解放(宇宙開闢)、2027年世界は外部から一切の干渉を受けない独立した世界になる。ともすればこの「内へ向かうエンド」は箱庭に逃げ込んだ現実逃避的な結末(仮想世界でも居心地良ければそれで良いよね)に見えるのだが、それは違う。アルタラが制御不能になったことで、2027年世界は外部から観測不能となってしまった。そして2027年世界内に存在する直実と瑠璃が現実だと思っている世界を、もはや仮想世界と呼ぶ義理はない。これは紛れもない彼らの現実世界であり、ナオミのノートに書かれていない/マニュアルのない/記録されていない、まだ誰も見たことのない新世界なのだ。そして直実は瑠璃と二人で新しい書き込み(HELLO WORLD)を行う。

そして外へ向かうエンド。ここまで「ナオミ/直実が瑠璃を救おうとする(時に奪い合う)」という物語が展開されてきた。瑠璃は常に世界から異質なもの(バグ)として排除される。世界が彼女を殺そうとするのである。しかしこの構図は謳い文句の「ラスト1秒(10秒だろというマジレスもあるが)」で本当にひっくり返る。小説版も読んでもらうとはっきり分かるが、2027年世界でナオミが直実に託した「神の手=八咫烏」、そして2037年世界で再び直実の手に渡った「神の手=八咫烏」は、実は最後に登場する未来世界(月面世界)のルリの送り込んだもの(もしくは彼女そのもの)だったのだ。八咫烏は2027年世界ではナオミ/直実の行動を観察する程度だったが、論理物理緩衝野(2027年世界と2037年世界の狭間)~2037年世界にかけては積極的に直実に干渉し、行動をアシストしつつ瑠璃救出を主導している。そして未来世界のルリは、(何らかの事件事故で)ルリを助けようとして脳死になったと思われるナオミ(最後のシーン、「ナオミが大切な人のために動いたことで中身が器と同調した」という瑠璃のセリフより推測)の精神が事件事故当時の状態に完成されるのを待っていたのだ。ここにおいて、動作主はルリであり救われる対象は直実だったことが明らかになる。この未来世界もまた仮想世界なのかもしれないが、映画の構成上、現実世界と言って差し支えないだろう。そしてナオミにも、ノートに新しい書き込み(HELLO WORLD)をすることが許されたのだ。

直実とナオミの成長物語

この映画は同一人物であり別の人物である「直実とナオミ」それぞれが成長し、新しい世界を切り拓いていくSF冒険成長物語である。まず直実はナオミが経験した過去とは異なるルートを歩む。瑠璃を励ますため古本市で燃えた本を「神の手」を使って修復し、消えた瑠璃を取り戻す決死の覚悟で2037年世界へ飛び込み、2027年世界ではその鍛え上げたイマジネーションで瑠璃とナオミをも救おうと奮闘する。自己啓発本の内容さえ実行できなかった直実が、ナオミの指示(マニュアル)も無しに自分の意志で戦うまでに成長する。そしてナオミは自分の瑠璃への愛が実は自分勝手なものだったことを悟り、真に「愛する人の幸せを願って」直実と瑠璃を救う。ナオミは自分が知っている瑠璃(脳死状態)を救うために、アルタラを私的利用し(教授やスタッフも欺いて)、2027年世界や直実を切り捨てた。そして、 (小説版だとよく分かるが)脳死状態から意識を取り戻した瑠璃に拒否されても無理やり繋ぎとめようと振舞う。しかし直実のパンチによって我に返ったナオミは、自分が瑠璃を不幸にしていることを理解し、2027年世界から来た瑠璃と直実の幸せを願って、彼らを手助けし、最後には直実の代わりに犠牲になるのだ。これは自分の幸せのためではなく、真に瑠璃の幸せを願ってやったことで、ここにおいてナオミの精神は未来世界におけるナオミの肉体と同調することができたのだ。直実の精神が成長していなければナオミを改心させるきっかけは生まれなかったし、ナオミがそこで改心して瑠璃を本当の意味で救わなければ、この結末には辿り着かなかった(実際、未来世界のルリは、ナオミの精神が成長せず行き詰ったルートを何度も観測しているのではないか)。
内なる結末は宇宙開闢を生み、若い二人は暗い運命(瑠璃の死)を克服し、自分たちの更なる可能性を信じて新しい物語を紡いでいくことだろう。そして外なる結末は、互いを熱望しながら長い時間を耐え忍んで老いた(と言ってもそんなに老いてないが)二人が、自分たちの念願を叶えて新しい物語を紡いでいくのだ。

HELLO WORLDとセカイ系

本作では、瑠璃は花火大会で落雷により死ぬことが運命付けられている。それに対しナオミ/直美は運命に抗って彼女を救い、2027年世界を改変しようとする。
しかしナオミは改変によって破滅に向かった2027年世界を切り捨て、2037年世界で瑠璃と幸せを築こうとする。が、その目論みを良しとしない2037年世界(システム)がナオミを攻撃し、その世界自体も修復機能が暴走して破滅しかける。
このように作中では二つの世界が破滅しかけるが、それでも物語は、ヒロインと安住できる新世界を切り開いていく結末と、ヒロインによって現実世界へ回収される結末へと分岐する。「ヒロインか世界か」というセカイ系のその先へ、明るい未来を提示している。
また、本作においてはやはり直実/ナオミのどちらもが救われるという状況そのものが印象的だ。その2人を救ったのが未来世界のルリであり、彼女こそが現実世界/アルテラ記憶領域において2人に「神の手」を差し伸べる神様なのである。それでは予定調和じゃないかと思われるかもしれないが、2人の男の成長そのものは、やはり2人の努力があってこそのものだと思う(思いたい)。
それにしてもラストの描写が少なすぎて、未来世界(現実世界)でどういうことがあったのかよく分からないのだが、どこかで補完してくれないものか。

やわめ批評と妄言

・SF的な演出もいいんだけど、もっと日常パートを丁寧に入れてほしかった。キャラクターに感情移入しにくい。一般向けにするには絶望的にエンタメ要素が足りない。そのくせに世界やシステムの説明が薄すぎるから、ついていけなくなるのも無理はない。

・音楽と映像美は素晴らしい。ハイスピード・ノンストップアクションムービーだけある。

・俳優陣の演技はすごく良かったです。特にナオミ役の松坂桃李がカッコよすぎた。関智一っぽい深み。

・一行さん、ツリ目可愛い。こういうリアル路線の映画でサイドツインテールって浮きすぎでしょ(最高)。絶対的に一行さんの登場シーンとセリフが少なすぎる。もっと直実と会話して欲しかった。もっといちゃいちゃしてほしかった。ただ、摩訶不思議な出来事が連続しても、あまり動じることなく直実/ナオミに従ってるのがちょっと違和感ある。この娘すでに全てを知っているんじゃないか…?

・イチギョウルリ、マジで何者だよ。2人の男を同時にハッピーエンドに迎えさせる女神(怖い)…。HELLO WORLDの全ての世界が彼女の微笑みの下にあるイメージ。セカイ系っていうかもはや神話だよ。

・勘解由小路さんヤバい。というか福原遥の声で脳が溶けてしまってストーリーが入ってこない。『恋雨』でもそうだったけど、あのゆるふわぽわぽわ感最高だよね。この映画、勘解由小路さんルートないんですか。直実と瑠璃の会話してる後ろからずっと覗いてたから、何か本筋に関わってくるのかと思ったら全然そんなことなかった。単純に恋愛沙汰を見たかっただけなのかな。(追記:外伝小説に説明あります)

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