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たくさん転んできましたよ(*^^*)

毎日同じような言葉を、大いなるモノ・万物へ挨拶と感謝としてかけていて。

自分で思う言葉だから、微妙に毎回違ったりするのだけども。

「文」として放っている時ってちゃんと自分の中に「そう思ってないよねぇ?」と言う気持ちが浮き上がる。そして、心からその対象を想い描き、言葉を放る時、きちんとそれと一致する。

「あー、ありがたいな…。」と。

スピードって大切。

急いでいると細かな感覚を拾えない。ゆっくり、丁寧に、一番大切な「時」を使ってその中へ。

しっかりと重なり合う事ができます。

人って、無意識に色んな「力」を使っています。気づいていない「能力」というもの。ニンゲンって凄いんです、ほんとに。

ケチとかじゃなくて。疑う事ってとても、とっても大切。

世の「教え」は初めに”その通り”にやってみる。言われている通りに。

「こういう事を言ってるんだよね」という、自分が当初に解釈した通りに。

そして、その行動を経て次の動作・行動。

暫くやっても、なんか違う、『うん』という手応えがない、思えない。という「自分の感想」、これを大切に。

ここに書いた数行に、色んな「能力」を使っています、人は。

・その通りにやってみる→その解釈自体が人によってしまう。フラットに見る力。

・行動を経て次の行動→継続する力、途中で結論しない、目的へ進む力。

・なんか違う…→と感じる違和感、自分の感覚を拾う力。


初めに「その通り」にやってみたから、できない!ならない!と自分から湧き出るものを汲み取れる。素直に抵抗なく入っていく人と、自分の感覚から「違うな」と感じる人それぞれ。

ただ間違いやすいのは、素直と言われたままは「思考していない」も含まれ全く違う事、やりもせずに疑う事はただのイチャモン、アタマが働きすぎる人の欠点。


そして、「これは心からの声か?思考か?」と、している時点で、ガッツリ思考モード。心からの声は上がる、湧くものだから、思考を挟む余地などない。「ただ分かる」という事。

ほいで。やっぱり何より場数、傷の数。やって試して転ぶから、どんどん自分が太くなる。無傷だと「なぜ無傷で行けたのか?」さえも検証しない。


アタマって考える為に付いている。心は感じる為に持っている。それぞれの役割を目いっぱい活躍させてあげられるのは人の意思。自分の中を整える事ってやっぱり大切な事なのね。

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ホントに繋がっちゃってるのね、シンクロ

今朝の記事に「呼吸・マスク」を入れてたけど消した。日中の記事にしようと思って(*^^*)

ただ私は、

当たり前にしている呼吸、口呼吸になっていませんか?

【鼻呼吸】にしましょうね。

と書きたかった。同じ息をするのでも、鼻を通しましょう、と言いたかったの。

ただそれだけ。

えっ?【花子級】じゃないよ(-_-メ)

「うみのみかをサポートしたい」と行動させてしまう様なクリエイターです(*^^*)。私も同じように読まれた方のサポートになる事を意識しています。 自覚を保ちしっかりと進んでいきます!