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燃えつきた地図

"探しだされたところで、なんの解決にもなりはしないのだ。今ぼくに必要なのは自分で選んだ世界。自分の意思で選んだ、自分の世界でなければならないのだ。彼女は探し求める。ぼくは身をひそめつづける"1967年発刊の本書は失踪三部作の1つ、前衛的にめくるめく都市社会を疾走する円環小説。

個人的には、失踪三部作の他ニ冊『砂の女』『他人の顔』が既読だったので、映画化もされている本書も手にとってみました。

さて、そんな本書は失踪した或るサラリーマンを捜索する興信所員『ぼく』が男の足取りをおって調査を進めていく様子が昭和の香り漂うハードボイルド探偵小説風に奇妙な人物たちと出会いながら展開していくも【謎解きはされず】それより、いつしか『ぼく』自身が表裏がひっくりかえるかのように名前や記憶の一切を失い、都市社会から失踪してしまうのですが。

まず。個人的には著者の作品も何冊か手にとってきましたが【回り道をあえてさせられているような細かい文章】が続く反復的、散文的な文体は、多少読みづらさこそあるものの"クセになる"というか。本書解説でドナルド・キーンも触れていますが冒頭の『アスファルトの道路』やラスト辺りの『電話ボックスに残された大便』や"油が乗っているから栄養になるかなあ"と『ゴキブリを肴にしてしまう男』など、映像的な【鮮烈なイメージに脳がハッキングされ、強制的に刷り込まれる】ような独特な魅力がある。とあらためて感じました。

また、それでも本作は展開としては失踪三部作の他ニ作、砂の中に埋められた家に閉じこめられる『砂の女』や他人の顔をかたどったマスクを被る『他人の顔』といった超常的な設定から唐突に始まる作品達と較べると、最初から【典型的、現実的な探偵小説のスタイルを与えられている】ので、とっつきやすいわけですが。やっぱりすぐに"あ、これは事件解決の望みはない"と気づいた後に【予想通りに異界へ連れさられていく】ような不安が与えられていく感覚。まんまと著者の思惑にのせられたような悔しさと楽しさ。控えめにいって最高です。

デヴィッド・リンチ監督のような映像的な作品が好きな人、都市社会の不安や孤独を描いた作品が好きな人にオススメ。

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