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昔話に学ぶ《を》

おさるとぼうしうり

というお話を知っているかい?

それが可愛い可愛いお話なのだよ

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イラストが?

ストーリーが?

どちらも。

内容は以下…


昔あるところに、

頭に売り物の帽子をのせて

歩く帽子売りがいました。

まずはじめに、

自分の格子縞の帽子、

その上にねずみ色の帽子、

その上に茶色の帽子、

その上に空色の帽子、

一番てっぺんに赤い帽子を。

ある日のこと、

その日は朝から帽子がひとつも売れません。

帽子売りは疲れたので、

木の下で

頭に帽子を乗せたまま眠ってしまいます。

長いこと眠り目が覚めると、

疲れは取れて気分はさっぱり。

でも頭の上の帽子は、

格子縞の自分の帽子だけ

あとの帽子がありません

木の上を見上げると、

枝という枝に、

帽子をかぶったおさるがいっぱい

帽子売りが、

おさると睨みつけると、

おさるたちもじっと帽子売りを見ます。

帽子売りが

「おい、そこのさる」

と指を突きつけ言うと、

おさるたちは指を突きつけ

「ツー、ツー、ツー」と。

帽子売りが両手を振り上げ

「おい、そこのさる。俺の帽子を返せ!」

と言えば、

おさるたちは両手を振り上げ

「ツー、ツー、ツー」と言うばかり。

こうなると、

帽子売りはカンカンに怒って、

両足をドンドン踏みならし…

「おい、そこのさる。俺の帽子を返さんか!」

と言えば

おさるたちは両足をドンドン踏み鳴らし

「ツー、ツー、ツー」と言うばかり。

腹が立って、腹が立って

どうしようもなくなった帽子売り。

最後は自分の帽子をひっつかむと、

地面に投げつけ

スタスタと歩いて

帰ろうとしました。

するとどうでしょう。

猿たちも自分の被っている帽子に手をかけ

地面にえいっと投げつけました。

ねずみ色の帽子も、

茶色の帽子も、

空色の帽子も、

赤い帽子も

地面に落ちてきました。

そこで帽子売りは

地面に落ちた帽子を拾って

自分の頭にのせました。

自分の格子縞の帽子、

その上にねずみ色の帽子、

その上に茶色の帽子、

その上に空色の帽子、

一番てっぺんに赤い帽子。

全部の帽子をのせた帽子売りは

またも帽子を売りながら

歩いていくのでした。

おしまい…


なんとも可愛らしいストーリー

作者の

エズフィール・スロボドキーナ(1908-2002)

1908年ロシア生まれ、ユダヤ系女性。

ロシア革命下で

激化したユダヤ人迫害から逃れるため、

1917年満州国へ移住。

美術と建築を学んだのち、

1928年アメリカへ渡り、

ニューヨークで

抽象絵画のパイオニア的存在となった。

1938年、

巨匠マーガレット・ワイズブラウンに出会い、

影響を受けたことから、

ワイズブラウンに多くの挿絵を提供したほか、

自作の児童書24冊を残した。

「おさるとぼうしうり」が

彼女の代表作となったが、

多くの絵画・造形作品への評価も高い。

私生活では、

アメリカに移住後、結婚、離婚。

再婚した「最愛の夫」と三年後に死別。

「(その夫の死から)

立ち直るのに六年かかった」という。

その後、創作を続けながらも、

母親の世話をするため、

妹と同居するためなど、

アメリカ国内でも

一ヶ所に長く定住することはなかった様子。

2002年没。

ありがとうWikipedia先生。

なんとも過酷な人生だ。

だからこそ作り出された作品なのかな

猿真似

という言葉がある

よくも考えずに、

やたらに人のまねをしたり、

本質をつかまず、

うわべだけをまねたりすること。

まぁうまくいくわけないよね。

真似しただけじゃ。

成功したものは

成功するべくして成功する

環境、時間、場所、タイミング、流れ

色んな物事が重なって

たまたま成功したことが全て

成功は失敗から生まれる

失敗なければ成功かどうかだって定かじゃない

失敗があるからこそ成功が生きる

ぼうしうりは何をもって成功と言える?

帽子が売れて収益が入って

ようやく成功だよね

この物語

一見、

よかったよかったとなってしまいそうだけど

そもそも猿たちに帽子を奪われた

マイナスのスタートから物語が展開している

帽子が返ってきたのもたまたま

帽子が返ってきてハッピーエンドではないけれど

きっとぼうしうりは安堵したろうな

幸せの基準って人それぞれ

プラスとなることで幸福感を得られることは

もちろんそうなんだけど

そもそも奪われてたり失っていたり

何が幸福なのかも定かじゃない人は山ほどいる。

でもね

幸せを決めるのは自分自身でしかなくて

他人に決められるものでもない

物語の展開としては

帽子が返ってきたことの

ハッピーエンドかもしれないし

再び帽子を売れることが喜びかもしれない

猿たちが帽子の存在を知れて

美的感覚が爆発するのかもしれない

それはそれぞれ違うだろうに

同じ場所、空間、時間にいても

人が変われば結果だって展開だって変わる

時間は過ぎるし

何かは起こる

周りは進んでる

だからこそ、

帽子が奪われた

あーあ

じゃなくて

何かしら動かなきゃ

結果は後からついてくる

だからどうする?そこの視点で動けるかどうか

そこにかかってきてる

そんな気がするよ


人間って

一人ぼっちで生きてる人はいない

誰かしらとともに

社会の中で生きている

その中で

他人と比較してしまったり

相対してしまったり

その中で幸せ不幸せを判断してしまうことって

よくある

ホント良くある

他者の幸せを自分の価値観で判断してしまう

これもまたよくある

ホントよくある

幸せ不幸せを決めるのは自分

他人に任せてしまっていいわけではない

なんせ自分の人生なんだから

生きづらさを判断するのも自分

それがどうあるのかを考えるのも自分

結局、自分自身の思考により

生き方ってのも大きく変わるんだなぁ

と思う今日この頃です。


さぁ。GWも終わった。

GWらしい休みは

一ミリたりとも

子ども達に与えてあげられなかったけど

日々の関わり方で“他の子たちよりも”ってのを

与えれたらいいな。

日々勉強、日々感謝

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サポートがなんなのかすら理解できていませんが、少しでも誰かのためになる記事を綴り続けられるよう、今後ともコツコツと頑張ります!