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昔話に学ぶ《i》

『きつねとすっぱいブドウ』

知っている?

イソップ童話にあるんだけれど

「すっぱいブドウの法則」

なんてものも心理学にある

このお話が由来の心理学の法則なんだけどね

とりあえず

まずはあらすじから…


むかしむかしあるところに、

旅を続けているキツネがいました。

キツネは

食べ物も小川もないところを歩いていたので、

何も食べていない日が続いていました。

キツネが歩き続けていると、

道の途中にぶどう畑が見えてきました。

腹ぺこでノドもカラカラだったキツネは

大喜びでぶどう畑へ近づきました

が、ぶどうの木が高くて手が届きません。

キツネが背伸びをしても、

どんなに高く飛び上がっても

ぶどうを取ることができませんでした。

ぶどうを取ることに疲れてしまったキツネは、

自分のしっぽでさえ重く感じてしまいました。

おいしそうなぶどうを目の前に、

ツバすら出てこなくなっていました。

悲しくなったキツネは、

「どうせこのぶどうは

すっぱくてまずいに違いない。

絶対食べてやるもんか!!」と言い、

その場を去っていきました。

おしまい


みじかっ

そして、バッドエンド...

何も得られていない上に

狐の印象も悪くなる始末。

一生懸命頑張っても

何も得られないと感じることもある

心が壊れてしまわないように

心を守る機能がヒトには備わっている

それは「防御規制」

前に進む為に、心を守る為に

一生懸命に心が動いている証拠

この場合は

欲しいものが手に入らなかったときに

その物が自分にはそぐわないものだった

むしろ手に入れない方がよかった

手に入れてもマイナスだったという

負け惜しみにも聞こえるかもしれないが

自分にとって

都合のいいものにすりかえる

「否認」「合理化」「躁的防衛」

「逃避」「反動形成」

に当てはまるのかな

無理やり自分を納得させて

切り替えるための心の作用

もう少しジャンプ力があれば...

足や手が長ければ…

ブドウが下に下がっていれば…

現状どうにもならないことも絶対的にある。

自分の弱点を痛感することは

誰しも嫌だから

「認めない」という手段をとった

ただそれだけの話

たぶんストーリーの重要性は

ここからなんじゃないかな?

だからどうするのか

蜘蛛の糸の犍陀多ではないし

犍陀多ほど悪いことをしてきた訳でもない

でも、

上手くいかないことを

他のものの理由で無理矢理納得させ

言わば周りからの自分の評価を下げた状況で

どうこれからリカバリーをするのか

これがこの物語のミソなんじゃないかな


「しあわせ」や「ゆたかさ」を探求し、

最低限の幸福と社会的援助を提供する

それぞれの自己肯定感を満たし、

存在や居場所を与え

目的に向かって助け合う。

それが福祉。

「しあわせ」や「ゆたかさ」の基準って

ヒトそれぞれ違う

当たり前になりつつあるものに

幸せや豊かさは感じづらい

不幸や貧しさを経験することで

ヒトは「しあわせ」や「ゆたかさ」を

噛み締めること実感することができて

自分の理想を考えるきっかけにもなる

失敗したからダメな訳じゃない

失敗したから成功に繋がる

ダメな部分があるから

いい所が際立つ

大事なことはリカバリー

そして足りないもの出来ないことは補う

助け合う

社会はそうやって出来てるんだ

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これは作った作品を見せてるのではないよ

ちょんまげなんだとさ

殿様になったんだとさ

これが彼のちょんまげ

顔ついてる

謎の緑色

感性もヒトそれぞれ

ヒトって面白い

ヒトって不思議

サポートがなんなのかすら理解できていませんが、少しでも誰かのためになる記事を綴り続けられるよう、今後ともコツコツと頑張ります!