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初めてのスノーボード

頬を切りにかかる鋭い霰風は全ての不純物を押し出そうとしていた
片足だけ固定されたバランスの悪い板をぶら下げながら乗せられたリフトは、降りたくても降りられない
まったく乗りたくなかったのに、流れるように当然のようにその列に押し込まれて進んだ
足がすくむような頂上へ辿り着いてもなお わたしはそこでひれ伏すことしかできない
覚悟など持ち合わせていなくともその時はやってきて、強制的に滑り下っていかねばならない
最近まで四足歩行をしていたのではないかと思うほどの小さな子供までもが軽快に雪を詠んでいく

正解と言われているはずの尻からの転倒は、回数をこなす度にこれは真の正解ではないと痛みで教えられる
雪は悪気なく私の不自由な足をなおも不自由にさせていく
もがく度に背中はじわじわと汗が吹き出し身体は熱いのに、指先は凍てついていき、雪は鉛となり重みを増していく
「大丈夫だよ」とわたしをみて微笑む最愛の顔に、いつものような愛しさを感じない
さりとてここでは、縋るものもこれしかない

【これより先 川 危険】との注意書きに衝突した
仰向けにひっくり返った瞬間、不意に年明けの市場での出来事を思い出した

あのときわたしは蛸を買った
慌ただしい市場のなかで 吸盤がみちみちと音を鳴らせそうなほどの新鮮な蛸
店主は値段を間違えていたが、私の指摘する声は人々のひしめき合いのなかで届かず消えた
結局あのとき私はもう一歩の努力を諦めて少し余計にお金を払った
余計に払ったいくらかよりも そこで消えていった自分の声や、掻き分けて貫き通すたくましさのなさが不甲斐なく、その出来事を消化するまで幾ばくかの時間を要した
クソダサい
わたしはいつも自分が不甲斐なく泣きたくてたまらない

やさしさのないやわらかい雪の上に寝転び
無限に屈折を繰り返しているいくつものひかりはわたしを貫き、わたしは己の無力さをひたすらに噛み締めていた
さほど遠くない遠くで、もう帰りたいよと泣き叫ぶ子供の声が聞こえた
あなたは正しい、と思うのと同時に やっとふもとまで戻ってこれたのだと気が付いた

スノーボード、二度といかない


イルマ/River Flows In You
https://open.spotify.com/track/3xr8COed4nPPn6XWZ0iCGr?si=GQ2r_JnqTqSIC6KkdEnkBQ

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