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デザイナーの机の上で/『作家と楽しむ古典』/仮名手本忠臣蔵(松井今朝子)

 デザイナーの机の上で『作家と楽しむ古典』(河出書房新社)を見つけた。このシリーズは、池澤夏樹個人編集の日本文学全集のピックアップ・レクチャー本だ。
 基本的に池澤夏樹の読む力の深度に疑問をもっているので、そして池澤が選ぶ、訳者とか選者に目にも納得しがたいものを感じているので、大きなところではアンチ。全集自体は読んでもいなし買っていない。

 『作家と楽しむ古典』には、好色一代男・島田雅彦/曾根崎心中・いとうせいこう/菅原伝授手習鏡・三浦しをん/仮名手本忠臣蔵・松井今朝子/春色梅児誉美・島本理性が収まっている。このシリーズ他に数冊でている。こっちは買いそろえるかも知れない。何度も云っているが、今、興味があるのは、[読書]についてだ。批評の前にその文章をちゃんと読めているかどうかということがある。それを余り問われずに来た。自分批評は興味もないし、力量もないけれど、読書には興味がある。読書術というような本は一杯あるが、術ではなく[愉]が欲しい。

 さて松井今朝子『仮名手本忠臣蔵』のレクチャーを収録している『作家と楽しむ古典』——この本が宣伝している元は、日本文学全集10である。曾根崎心中・いとうせいこう菅原伝授手習鏡・三浦しをん/仮名手本忠臣蔵・松井今朝子などの現代語訳が読める。
 『作家と楽しむ古典』は、作家が担当した現代語訳小説の幕内噺とその苦労が披露されている。松井今朝子さんのように、舞台に惚れて、大学で近松研究をして戯曲を踏破し、興行の松竹を体験し、かつ近松座で脚本・演出をしたような、オールラウンダーの人ならいざ知らず、作家が本を読めるかどうかというのは、はなはだ疑問である。作家は往々にして自分が書くために読むことが多いので、大事に面白いところを読み飛ばすことがある。松井さんは、その時々に役者に惚れて舞台をみたり、戯曲に惹かれて戯曲を読んだりしているので…そしてのちに小説家になるのだが…小説家になるために何かをしたということはない。何かを真剣にやってきたことが小説家としての技量に役立っていることはあるが、書くというのは後から来ている。読むは読むで真剣に向き合っている。

 さて松井今朝子さんの解説はそうとうに面白い。つるつるいろいろなことが身に入ってくる。自分、四十年くらいぽつぽつ歌舞伎を見ていて、たぶん『仮名手本忠臣蔵』の通しも二、三回は見ていると思う。解説を読んで「ああ、そういうことなのか…」と、はじめて演劇としての全体像…ここで演劇というのは、劇場と観客とを含めて舞台の総ての要素を搦めて成立しているものの演劇ということだけれども…がはじめて見えた。通し興行が行われていたら今すぐ走っていって見たい気分だ。
 代わりに日本文学全集10から抜かれて一冊の文庫本になった『仮名手本忠臣蔵』松井今朝子訳を求めて一気に芝居に耽った。恋愛ものをいくつか重ねていてどちらかというと忠義噺ではないというところと、山場はラストにないという見方を習っただけでも、面白い面白い。現代語訳も小説調でもなく、逐語解説的なよくある言語訳でもなく、脚本と小説の中間辺りで原作の言葉世界に忠実で、読んでいる自分は、はじめて『仮名手本忠臣蔵』を通して見たきもちになった。

PS。
『作家と楽しむ古典』に松井さんと同席している三浦しをん『菅原伝授手習鏡』も興味深く、これから三浦しをんの舞台を愉しもうと思っている。三浦さんは文楽、義太夫のほうから舞台を見ている。

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