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入籍した日の日記

前日も、またいつもと変わらない日々だった。膨大な仕事にため息をつき、育成のことに悩みながらも定時ダッシュ。職場のスタッフさん4人で飲みに行き、わいわいと話し、よく笑った。

帰り際、よく相談をしていた職場のお姉さんに聞かれる。「結婚に迷いはないの?」「なにがいいと思ったの?」
「一緒にいて楽。一緒にご飯を食べていたら楽しいし、ご飯を作ってあげたら嬉しい」そんな風に答えたと思う。
「それを聞いて安心したわ」と言われ、お互い帰路に着いた。

朝、落ち着かずに目が覚めた。彼はリビングで寝落ちしていて、これもいつも通り。3時くらいに起こしたの覚えてる?と聞くと全然覚えていないという。

陽が差し込んで、2月にしてはとてもあたたかく、良い天気だった。この日はお気に入りの真っ白なヴィンテージのワンピースを着ると決めていた。
朝から撮影をお願いしていて、8:30にカメラマンの方に自宅に来ていただいた。空気にすっと溶け込むような方で、ポーズを指示されることもなく、普段通りの何気ない時間を撮ってもらった。普段カメラに慣れていない彼も、自然に笑ってくれていた。
そのまま一緒に市役所へ向かい、写真を撮ってもらいながら、婚姻届を提出した。時間外窓口の担当のおじさんは、受付時間を9:41と書こうとして、覚えやすいから9:40にしますか、と聞いてくれ、「どっちでもいいです」と答えた。流れ作業でないささやか気遣い。「おめでとうございます」と言われ、市役所を後にした。

午後からは結婚式の初回打ち合わせがあった。毎度のことながら、大きなお金がぱっぱっと動きすぎて、わけがわからなくなる。
もうすでに進んでいっている話なんだけど、打ち合わせのたびに、日常生活で充分幸せなはずなのに、結婚式の意義とは、、と少し頭によぎる。なくても生きていけるもの、でもやっぱり形として、思い出として、残したかった。子どもの頃はたくさんの節目があるけど、おとなになると節目が少なくなる。数少ない節目だ。これから長いこと、ふたりで生きていく決意のようなものだ。

夜はワインを飲みたい、とリクエストして、彼が調べてくれたお店に向かう。が、なぜかお財布をまるまる忘れ、ICカードももちろん持っておらず、彼に切符を買ってもらう。恥ずかしい。カバンに携帯とリップしか入っていない。

注文したアヒージョはたぶんアンチョビが山ほど入っていて塩味がすごかった。ジビエを押しているお店で、地元の鹿肉のステーキも食べた。おいしかった。
酔ってテンションが上がって、入籍したよ〜世界の人たちみんなお祝いして〜と意味のわからないことを言いながら帰った。


島本理生の小説で、ずっと覚えている一節がある。HIVを抱える男性と付き合う主人公、知世へ、友達は「ほかにもいい人いるって」と言う。

「いないよ」知世は静かな声で答えた。
「なに一つ特別じゃない私の話をいつまでも飽きずに聞いてくれて、真剣に心配したり、絶対に傷つける言葉を使わずにアドバイスをくれたり。旅行すれば、楽しくて、なにを食べても二人一緒なら美味しい。初めてだったよ。そんな人。

島本理生 
わたしたちは銀のフォークと薬を手にして


ごはんを一緒に食べたら楽しくて、毎日一緒にいるとうれしい。
寝ていたら毛布をかけてあげたくなって、手間のかかる揚げ物だってつくりたい。
つかれてるときは慰めてもらい、わたしが仕事で遅い日はごはんを作ってくれて。
ひとりでもがんばれば生きていけるけど、ふたりのほうが煩わしいことももちろんあるけど。ふたりで生きるほうが楽しい。

現段階のわたしにとっての愛とは、そういうことだ。

入籍の日にお花が欲しいなと彼にお願いすると、黄色のアルストロメリアを選んできてくれた。花言葉は「持続」と「未来への憧れ」。

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