「OTHELLO SC」で良質すぎる観劇体験をしました
最近、noteがただのワンピカプレイヤーと化していましたが(スキした記事参照)、元気に観劇オタクもしています。お久しぶりの観劇日記です。
「Casual Meats Shakespeare 『OTHELLO SC』」を観てきました。全公演ではないにしろ、そこそこたくさん。
たくさんの想いを浴びました。何から書こう。
公演が千秋楽を迎えてから数日、頭の中ではふとしたときにまだオセローの劇伴が流れる。
OP、めちゃくちゃかっこよかったなあ、とかロス真っ只中してたら、主演がインスタでストーリーをアップした。「僕のかわりに浸ってください」ですって。もう推奨されてしまった、ロスを。笑
というわけで、語りましょう、長くなりそうです。
前置き
もともと古谷大和さんを応援していまして、松崎さんのもとでのシェイクスピア、そしてタイトルロール。楽しみで仕方なかった。
ただ、これまでシェイクスピアの演劇ってまともに見たことがありませんでした。台詞回しが難解というイメージがあって、それを文字でうまく咀嚼できる自信はなかったし、かと言ってストーリーや相関図をまったく知らずに観劇するのもついていけるか不安だし。
折衷案で映画化されているものを見てから劇場に行った。ケネス・ブラナーがイアーゴーのやつ、間違いないでしょ。よしよし、相関図とストーリー把握。
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B018S6SOBE/ref=atv_dp_share_cu_r
この先偉そうにいろいろ述べますが、個人の主観でただの感想で、間違ったことも言ってるかもしれません。長いだけの日記です。それではどうぞ!
初日の感想
シリアス(S)公演初日、大きな印象は「とても真摯にシェイクスピアを見せてくれた」。全員の熱量が高くて、それを表現する技量も高く、交錯するキャラクターたちの思いの大きさに飲まれるみたいだった。すごいものを観た、と思いました。
クライマックスにかけてメインキャラがばたばたと死んでいく。紛れもなく悲劇だったけれど笑える、と思った。罠を仕掛けられたとは言え、大いなる誤解でこんなに人が死ぬものか。誰かが、どこかで、もう少しだけ言葉を疑っていたら。
「ほんのささいなひと押しで、ころころと」。本当に、そのとおりだった。
映画にはなかったこの台詞が印象的だったし、随所で挟まれる語りの言葉はもっと味わいたい。現代に生きているから、日本で生まれ育っているから、分からない感覚もあった。
ただ、愚直で、自分の思いにまっすぐすぎる生き様の登場人物たちが、なんだか眩しかった。
Sを観たあと、オセローたち素直すぎるよね?? って一晩ぐるぐるしてからコメディ(C)初日を迎えた。
なるほど、脚本が同じでもコメディ脚色が入るとこうなるんだ。
イアーゴー役のウチクリさんがその日のカーテンコールにて「Sは皆さんを400年前に連れていく感じ、Cはシェイクスピアを現代に連れてきた感じ」と表現されていて、なるほどと腑に落ちる言葉だった。ン? とつっこみを入れたくなるようなところを楽しくいじっていたり、こすっていたり。伝え方が現代ナイズされている感じ。
楽しかったのに、最後のオセローの独白は昨日のSより悲劇を感じた。オセローがSよりも若めの年齢感に見えて、ピュアさが引き立っていたから余計になのかな。性格は違えど、オセローの芯にあるものはSもCもそんなに変わらないな、とも思いました。
Cはキャスト一人ひとりのキャラづくりがめちゃくちゃ濃くて、でも破綻していなくて。
キャストがいろんなところでお互いのことをモンスターだと褒め合っていたけど、ほんと全員モンスターみたいだった。バッチバチ。後に、まだまだ伸びしろがあったことを知りました。
SもCも、カーテンコールの瞬間惜しみなく拍手が出た。トリプルコールも心から呼びたかったし、スタンディングオベーションもためらいなかった。そんな風に感じたのは久しぶりだった。
初日なら「お決まり」の空気があるときもあるけど、今回はそんな空気読みも必要なかったように思う。2回目からはみんな迷惑にならないよう抑えたんじゃないかなと思うくらい。笑
そのくらい、舞台からの熱を浴びた。良質な「演劇」を観た。
ちなみにストーリー自体は予習した時点で「ツッコミ役くれよ」「ねえ最後死にすぎじゃない?」程度のものだった(情緒ないんか)ので、これを生きたストーリーとして受け止められたのは、やはり脚色と役者たちの熱量だったと思う。
土日の公演を観終えて、少し観劇に間が開く。
……よし、戯曲を読もう。
電子書籍をぽちり。書店を探し回らなくて良いなんて、少し軽い感じもするけど便利な時代。その軽さのおかげで次回観劇までには間に合う。
買ったのはこれ、今回の公演でもこの方の訳が元にされていたと聞いたので。電子版をKindleで買いました。このあとの文章で「原作」と称しているのはこれにあたります。
台詞回しが早くて追いつかなかったところ、こう言ってたんだ。あ、あの台詞ないのか、松崎さんの脚色かな。あー、この台詞出てくるシーン入れ替えられてる。ねえ、イアーゴーほんとに口悪いじゃん、等々。
潔く場面をまとめたり台詞変えたりして、2時間にまとめられていたことも伝わりました。松崎さんのこだわりの尺でしょうか。
訳者あとがきも読んで、普段研究をされている方の観点はそういうところか、へぇ、他に研究者の方の解説が拾えたら読んでみたいな、とか思ってネットでちょっと資料を漁った。
Xでポストもしたけれど、Sはクラシック音楽みたいだなと思った。
わたしはお芝居をやったことはないけど、音楽の古典はそれなりに触れてきていて、台本を読むことと楽譜を読むことは似てるんじゃないかと、ときどき思うことがあった。作者が何を作品に込めたか、それはどういう土壌で生まれたのか、当時の時代背景は、何に影響されたのか。
古典に向き合うってそういうことだと思っていたし、Sを見てその感覚を思い出せたから、少しだけ作品と自分が近くなった気がする。それが完璧に分かっていないと楽しめない、正解じゃないということではまったくないけれど、知るとより自分ごととして考えられるな、という感覚。
さて〜、劇場から離れている間に頭でっかちになったわたしは、明日から何を感じるだろうか。わくわく。
折り返し後
3日ぶりのS公演。
色んなキャストが少しだけ演技を変化させてきてるな、と思う。全公演見ていたらシームレスだったかもしれないけれど、数公演開けてから見たものは、熱量が上がったように見えた。込めている熱は変わらないのだろうけど、変化しているということ自体を、そう受け取れた。
公演中は主にオセローの気持ちを追っているのだけど、家に帰ってから思索の時間は、なんだかイアーゴーのことばかり考えてしまう。なにしろ謎が多くて。
イアーゴーは正直さが売りだと信頼されているけれど、その二枚舌でここまでやってきたのか、それとも歪む前までは本当に正直な男だったのか。前者ならすごく上手な猫かぶり野郎じゃん、って思う。ここまで立ち回りが上手いのは、善悪は置いておいて努力もあったんだろうなって。時には自分にも嘘をついて地位を築きあげてきただろうに、軽薄で若くて顔が良くて腕が立つだけのキャシオー(イアーゴー談)にその地位をとられたんだもんね、飲酒強要くらいするか。笑
イアーゴーの歯車はどこから外れてしまったのだろう。イアーゴーがこんなにオセローへの執着が強い理由。原作にはとってつけたように先に寝取られた、みたいな台詞があるんだけど、自分の人生を棒に振る可能性を孕んだまま、あの知略家が事を進めていく動機になり得るんだろうか。
男性性が現代よりかなり重視されていた時代というのも読んだ。地位と伴侶を取られるというダブルパンチは、男性として生きてきた自分の尊厳を相当傷つけらたのではと。
このあたりが当時の価値観と自分とではだいぶ差があるものなんだな、と思った。だからこの動機はとってつけたようなものに感じられた。
どれだけの嫉妬に突き動かされていたのか。イアーゴーは誰よりも知っていたのだと思う、嫉妬がどういうものか。
この世の関節が外れてしまった、はハムレットの引用だけど、イアーゴーの世界はこの物語が始まる前からそんな状態にあったように見えた。
ところで田口さんのイアーゴー、事を仕掛けているときの台詞が殊更優しい言い方で本当に嫌だった(褒めてる)。キャシオーに酒宴に出ようとけしかけるところ、エミリアにハンカチを渡せと言うところ、キャシオー、イアーゴー、ビアンカの会話をオセローに聞かせるところ。正直者のイアーゴーの仮面をがっちりとはめる。底意地の悪い自分を隠して、正直者を演じていることが分かりやすい。やっぱりずっと二枚舌じゃん……?
ハンカチを持っていなかっただけで、妻を手にかけてしまうオセロー。事実は「持っていない」ことだけだったのに。
冷静になれなかった理由は、ブラバンショーにも言葉で呪いをかけられたところからだと思った。公爵や貴族の前で何度も「ムーア」とオセローを蔑む言葉の数々。
あの時代の貴族の価値観が伝わる。人を下に見ることに何のためらいもない人間がいるというか、それを疑問にも思わないようで、現代に生まれていてまだましだな、などと思ったりもした。そういう人がいないわけじゃなさそうだけど、現代はまだ「人権」という言葉を振りかざせる。
そして、娘はやがてお前も欺くだろう、とも。
生まれの違いで、オセローがここまで生きてきた中で乗り越えるハードルはきっと周囲より高かった。何年もかけて国に忠義を尽くして戦績を挙げ、実力どおり評価をもらえるようになるのはどのくらいかかったのだろう。信頼して友と呼べる存在も少なかったのでは。デズデモウナが現れるまで、恋人はいたんだろうか。
やっとの思いで努力が実を結び、蔑まれることが当たり前だった生まれを乗り越えたオセローだったから、それが脅かされることに人一倍敏感だったのでは、と境遇を考えて苦しくなった。大きな影を背負ったオセローだった。
ネットで読んだ知見の中で「シェイクスピアは余白があるから面白い」という考え方を見た。
原作を読んでも、アニメのキャラクター表みたいなかっちりしたプロフィールは各人物にはなく、年齢すら明記されていない。世界中で様々な演出によって上演されている。だから、今回のCもあそこまで自由に冒険できるのだろう。どこまでも解釈を広げられるようで、思索が楽しかった。
……またイアーゴーのこと言うけどさあ、副官をとられたのが一番の動機なら陥れるのはキャシオーだけで良くない? そこ、矛先はオセローに向かうんだ?? ねえ、OPで抱き合うオセローとイアーゴーの照明が一瞬どピンクになった話、しよか??(ここではやめときます)
ロドヴィーコー役阿瀬川さんのカテコ挨拶が印象に残った話。
「シェイクスピアの原作を読んだとき、『お客さんを楽しませたくて書いたんだな』と思った」というようなことをお話されていた。お芝居を受け取るだけの私からは出てこない言葉だったけれど、すとんとなにか納得した。
わたしは魔法が使えるとか妖怪が出てくるとか、せっかく受け取るならファンタジックな物語のほうが好きだった。日常で受け取るのが難しいことを、たっぷり与えてくれる作品が好きだった。
こんなに大きな感情の渦中にいられることは、たぶん日常ではほとんどない。少なくとも自分の日常の中には。オセローに出てくる人物たちの生き方は、十分ファンタジーみたいなものだった。そう考えると、これエンタメで良かったんだ、と400年前の物語を受け取れるようになりました。
そして大千秋楽の日、古谷さんは挨拶で「Sは喜劇で、Cは悲劇だと思っていた」とお話されていた。いつもは「どうぞ好きに受け取ってください」と自身の考えは置いていかないのだけど、珍しくどう思っていたかを述べたことを、わたしだけでなくファンはちょっと驚いていた。
このカンパニーで安心感を持って芝居に挑めていたこと、今の全力を出し切ったと思えたんじゃないかと、ちらりと感じました。配慮も遠慮もなく、舞台上でオセローとして生きられたんじゃないかなと。だって、すごかったもん。笑
わたしは初日にSを喜劇と感じたけれど、回数を重ねるごとに悲劇として受け止めるようになっていった。Cはどんどん悲しみが大きくなっていくようでした。大千秋楽のC、泣けたな。
いつかエーステ関連で古谷さんがお話されていた「舞台を観たあと、また原作も楽しんでくれると嬉しい」といったことも思い出しながら、今回は学びの機会だったのも楽しい公演期間でした。
本当に贅沢で濃密な時間でした。長い時代を生き残ってきた物語に、こんな素敵な形で触れられたのが幸せだった。「OTHELLO SC」、観ることができて本当に良かったです。
脚色部分について
※原作と比較していますが、あくまで上で紹介した筑摩書房のものしか読んでません。読み比べもたのしそうだな〜っ
・オセローの出自
原作を読んで感じたのは、今回のCMSではここをより重く扱っていたなということ。
「私が、ムーアだからか……?」とおそるおそるイアーゴーに尋ねる台詞は原作に見当たらなかった(というか、あの一連のシーンが足されていたものかな)。あと、Sブラバンショーの「年齢、人種、立場を忘れて」という台詞の「人種」を殊更大きな声量で強調していたところ。
ムーアという存在がどう扱われていたのか、現代日本で育った私達には掴みづらい(ところで日本人は差別的というよりは排他的だと思う)。原作では「ムーア」という言葉が何度も出てくる。当時を生きていた人にはそれだけで伝わるのかもしれないけれど、肌感としては伝わりにくい。それを補完するための「ムーアだからか?」という台詞につながるシーンだったのかな。
・SにあってCにない台詞、その逆もひとつふたつあったと思う。どういう意図だったのか、松崎さんに聞いてみたかった。例として、
Sだけ:「正直さなんて美点ではない、〜、隠せ、騙せ、押し通せ!」
Cだけ:「奥様がキャシオーの復職をどれだけ熱心に頼み込んでくるか、〜」
あ、余談ですけど、「騙されていることを知らなければ騙されていないのと同じだ」「隠せ、騙せ、押し通せ」の台詞は、ワカハイファンのデリケート事情のこと言ってるのかと思った。原作には書いてなかったし。公表か隠しとおすか、どっちかでよろしくお願いしたいです(何)。
・全体を通して、語りが挟まれ、OP曲があり、全員での群舞で語りを表現したりという演出。そもそも語りがすべて脚色というか、物語のエッセンスをうまくすくいとって意味深な言葉にまとめられていて、すごく印象的だったんだけれど。
「失意は望みを」という語りの言葉で、キャストがラインナップしている中オセローだけが正面を振り向く、あの瞬間が感じ入りすぎて毎回頭抱えてました。
あと舞台上に全員揃うのってそれだけで盛り上がるよね、OP大好きでした。曲ラストでオセローとイアーゴーがフライヤーのキービジュみたいになるところ、爆沸きしてたな〜。
・ロドヴィーコーの存在
もはやオリキャラ。原作ではこんなに出番なかった。
物語の中立というか、イアーゴーの策略に巻き込まれておらず、地位や権力に固執しているわけでもなく。客席と近い気持ちで動いているキャラだなと思って、置き方がうまいなと思った。
そしてこの立ち位置を任される阿瀬川さんも石井さんもとんでもなかった。石井さんなんか、そもそもオリキャラみたいなロドヴィーコーをオネエキャラにするって、自由すぎるけどもはやコメディの象徴みたいなキャラになっていて、おもしろかったしすごかった。
・オセロー最期の独白
非常にシンプルな言い回しだった。原作はまた回りくどいというか、様々な比喩で述べられる長台詞だ。めちゃくちゃ分かりやすく、ストレートにどしりと伝わってきて、シェイクスピア初心者にはありがたかった。
上級者になってくると回りくどいのが聞きたくなってくるのかな〜、割り切ってカジュアルにしてくれたの、すごいなほんと。
キャラクターごと語り
・デズデモウナ
美人で、素直で、厳しく言うと世間知らず。あのブラバンショーのもとで守られて育った箱入り。箱の中で退屈さを感じていたところに、見た目より優しくて、知らない世界の話をしてくれ、面と向かって自分を狙ってこない存在がオセローだった。ギャップ萌えって400年前から変わらないのね。
Sの伊藤さんは白い女性を見事に体現していた。
自分の性格わるいなと思うけど、「この子がかわいくなかったら、物語は展開していたか?」という点は疑問だった。翌日にC見て、あ、オッケーただのバカップルだしこれは内面もかわいらしい子でした❣️ になったけど。笑
白くて人を疑うことを知らず、手にかけられてしまったデズデモウナ。
従順なだけだ、と思っていたけれど、伊藤さんが千秋楽で見せたオセローに食ってかかるような台詞。うーわ、頑固娘だ、ってところが見えてめっちゃ良かった。父を捨てて思春期の冒険心だけでついてきたのでは、とか思ってたけど、あれは駆け落ちする情熱的な娘でした。いいもの見た。
Cのやじりさん、はちゃめちゃ明るくて素直で、隣にいてほしいな、と思うようなデズデモウナでした。死を覚悟した瞬間まで明るくて、こんな子しんじゃうの悲しすぎたよ、こらオセロー、おいイアーゴー……! いやめっちゃかわいかったです。
・エミリア
演じるお二人が達者すぎて舌を巻いてました。
Sでも軽妙なキャラクターで場の空気を少し緩めてくれる存在。Cはもう、強烈だった、みんなトコジラミに巣食われてた。笑
イアーゴーはエミリアのことを口から生まれてきたみたいな揶揄してましたが、似たもの夫婦ですよあなたたち、って思ってた。ここの夫婦喧嘩、ワード数と切り返しの手数がめっちゃ多そうだなとか。
最後のシーンでは臆することなくデズデモウナのために真実を告げる。強くて芯のある女性で、好きなキャラクターでした。
・ビアンカ
SもCもかなりいいキャラクターで、こちらも大好きだった。自分の生き方を持っていて、恋に激しく、自分に正直な女性。
「愛する人を殺そうとする人間なんて、どこにいるって言うんだ」って台詞の後ろからオセローが出てくるところ、松崎さん演出っぽいな〜〜! って思った。松崎さんの台上使った演出すきなんですよね。どこにいるって、後ろ後ろ! ああ、喜劇的。
「好きぴのキャシぴ」、語感良くて言いたくなっちゃう。笑
・イアーゴー
SとCでかなり印象が違う。いやそりゃそうなんだけど。「オセローを陥れる」までの動機が違うもののように見えた。
Cはフィレンツェ気障野郎に副官をとられたという動機が分かりやすいんだけど、Sは、まあ表面上はそう、というくらいだった。どこまでも素を隠しているように見えて仕方なかった。田口さん、お話聞かせて……。
SもCも、オセローとお芝居のぶつかり合いがすごくて、あんな古谷さんの姿を見せてくれてありがたかったです。
あと底意地悪い台詞カットされすぎです。笑 おかげで、特にSはめっちゃかっこよかったな〜。悪役というだけじゃなく、どこか「哀」を感じるキャラクターになっていたなあと思います。
イアーゴーはこの復讐を成功させて、何がしたかったのだろう、何になりたかったのだろう。あの結末はイアーゴーにとって成功だったのかな、失敗だったのかな。は〜、噛んでも噛んでも味するな。
・キャシオー
お前、酒弱いの知ってて勧めてきたイアーゴーのこと友とか言うなよな!
まっすぐでいいやつでした。Sの田中さんは文句なしに実直でかっこよかったし、Cの澤田さんは振り回されるポジションが似合いすぎだった。
細かすぎる好きなとこ言っていいですか?
OPでオセローに剣を渡して、カンカンカンってSEでみんな剣を振り上げて戦いに赴く、みたいなところあったでしょ。あれでCキャシオーだけ拳振り上げてたのずっと笑ってた。ずっとワンパンなんだ、あいつ。笑 オセロー救出も剣忘れたというより、いつもあれだったのかも。Sキャシオーは普通にかっこよかった!
・オセロー
ここ書くとこの先倍くらいの文字量になってしまう。一挙手一投足について書いてしまう。すでにだいぶ長い。あまりにもファンレターなので、ファンレターに書きます←
観劇後、フォロワーさんとSとCどっちが好み? とファンに聞いちゃいけない質問第一位みたいな話をした。良し悪しで言うとまったく甲乙つけられずどちらもほんとうに良かったという前提を置いておいて、わたしはきみちゃんが好きなのでどっちかと言えばCが好みかな、と答えると、それで言うとキャップが好きでSが好み、とフォロワーさんから返ってきた。哲学的な話をした(?)。
Cで言ってた「誰もいらないのか、私の最初の贈り物……😢」の台詞がすきですきでしょうがなかった。かわいそすぎる。いらなくないよ! デズちゃん大事にしてたんだから!
SとC主演で、両方役作りして稽古して本番ってだけでも大変そうなのに、1日のマチソワでSCやったりしててどんな情緒?? ってちょっと心配でした。観てみたらどの公演も素晴らしくて、ずっと舌巻いてた。以前から思っているけれど、ほんとすごい方だなあ。改めて見せつけられたような気がします。
最後に
私が松崎さん相当シェイクスピア好きなんだな〜って思ったのはこのインタビューを読んだときです。
今、シェイクスピアをやる上でどう作ってくれたのかの一端を聞けたような気がします。次回CMS、ラップバトルしてたらおもろいな。
まあいろいろ小難しいようなこと書きましたが、わたしは基本こんなテンションで観劇してますよ〜ん。