嘘つきと街クジラ(納豆ご飯のカバー)

妻、納豆ご飯の作品をカバーしました。
オリジナルをご覧いただいてからカバーを読んでいただけますと幸いです



「街クジラ、見たことあるんだよね」

私は会社の屋上で小さい水筒を飲みながら後輩に自慢げに話した。

後輩はスマホをいじりながら
「あー、都市伝説のやつっすよねぇ」

街クジラというのは、後輩の言うとおり都市伝説で、私が小学生の頃に流行った噂だ。

海の浜辺に大きなクジラが打ち上げられた。そのクジラが地縛霊となり、この街の空を泳いでいるというものだ。
普段は見えないが、助けを求めると目の前に現れるらしい。

後輩は言葉にこそ出していないが、「どうせまた嘘なんですよね」って表情が顔に出ている。

何年もOLをやっていればわかる。

でも、本当に私は嘘つきだ。

この会社にも、面接で嘘を固めて入社した。

TOEICで992点を出したと話したが、そもそもTOEICなど受けたこともない。
なんなら990点満点らしい。

私は昔から何かとすぐ嘘をついてしまう。

私は小学校のころ友達がいなかった。

服はお兄ちゃんのお下がりの『BAD BOY』の文字と人の顔がプリントされている服を着ていた。

みんながニンテンドーDSを持っている中、私はまだゲームボーイアドバンスで遊んでいた。

話も面白くないし性格も暗い。

そんな中で私が周りに注目してもらうには嘘をつくしかなかった。

霊感があり、通学路の神社で幽霊を見た話。

おじいちゃんちの庭でヘラクレスオオカブトが獲れる話。

教育番組に出ていた人が逮捕された話。

ブロッコリーとカリフラワーが従兄弟という話。

皆が私に話しかけてくれる。
皆が私の話に驚いてくれる。
嘘なんてバレなければ、私は皆と話せる。

夏休みの前の蝉が本格的に鳴き出したある日のこと。
家の近くに男の子が引っ越してくるらしいと母親が言っていた。多分同級生とのこと。

私はそのことをたまたま隣だったみっちゃんに話した。

みっちゃんはクラスの一軍的な子だったから、話しかけるのに勇気がいった。

でも、みっちゃんはテンションが上がって喜んでくれた。

それが嬉しくて、みっちゃん以外の人にも話した。

多分、色白。

多分、イケメン。

多分、高身長。

今まで話したことがなかった子とも話した。

今まで自分の話に興味を持ってもらえることがあっただろうか。

クラス、いや学年中の女子がザワザワしていた。

私が話を装飾しすぎた結果、夏休み明けに水嶋ヒロが来るような空気になっていた。

夏休み。蝉の鳴き声にも慣れた。

『大好き!五つ子』と『キッズウォー』を毎日観ていたら、いつの間にか夏休みが終わった。

夏休み明け。蝉の鳴き声に飽きた。

みんなが期待している転校生が来た。

しかし転校生は水嶋ヒロではなかった。

坊主の野球少年だった。

野球やっている人特有のハッキリしすぎている自己紹介がクラス中に響いた。

でもそれと反比例するようにクラスは静まりかえっていた。

野球少年は何も悪くないのに。

クラス中の視線は野球少年ではなく、嘘をついた私に向いていた。

私は周りに何も話せなくなった。

また独りぼっちだ。

私には居る場所が無く、確実に誰もいない学校の屋上に足が進んだ。

遠くには青々とした連山が見え、足元には街が広がる。

おじいちゃんちの庭にヘラクレスオオカブトなんていないし、
私は幽霊なんか見たことないし、
水嶋ヒロなんて来ない。

私はみんなの輪に入りたいだけ、
私はみんなの驚いた顔を見たいだけ、
ちょっと嘘をついちゃうだけ。

私、なんでこんななんだろう。

遠くに夕日が見えそうだけど、大きな雲に隠されている。

なんとなく雲がクジラに見えた。

あの都市伝説が頭に浮かんで思わず、

「ここに来てよ、街クジラ」

と小さい声でささやいた。

すると、街は静寂に包まれた。

蝉の音も、遠くの電車の音も、野球少年の掛け声の音も、ピタッと止まった。

聞いた事の無い鳴き声と共に、何か大きい何かが迫ってきて私を連れ去った。

自然と私の体は街クジラの上に乗り、私は街クジラと一緒に街を泳いだ。

小学校も神社も公園も全部全部ミニチュアに見えた。

街クジラは透けていて、ゲームボーイアドバンスの本体のようだ。

私は街クジラに、「もう嘘はやめようかな」とつぶやいた。

気がつくと私は学校の屋上で寝ていた。

目を覚ますと目の前にはみっちゃんがいた。

心配して私を起こしに来てくれたらしい。



「いい話でしょ」

「あ、はい。そうですね」

まだ後輩の「どうせ嘘なんですよね」の顔が残っている。というか、スマホいじっててあんまり聞いていなかった様子だ。

でも、そんなのもう気にならない。

屋上から見える夏空には、クジラに似た雲は見当たらなかった。

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