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今日はコロッケの日

語呂合わせで決まった○○の日
国際規格とか度外視の日本語による決め方に
恣意性と将来性のなさを感じている

とはいえ、お題を優柔不断な自分では決められないし
自分で決めたお題ではつまらないので、あえて乗っかっている

で、今日はコロッケの日ということである
フランスの記事をみつけた
あ、そうそう フランスではコロッケをCroquetteと呼ぶ
という書き方は大間違いで
フランスが本家であるからして、Croquetteのことを日本ではコロッケという芸人にちなんで呼ぶ というのが正解だ
(↑ 多少間違いがある)

だから 語呂である 5も6もナンセンスである
岩崎宏美ってコロッケに似ているね というのと同じくらいヘンなのであるが、今回の記事は

Comment réaliser de traditionnelles croquettes japonaises ?

無理やり日本語にすると 日本のコロッケはどうやって実現するか?
というほどの意味である。

Gourmets et photographes, Shirley Garrier et Mathieu Zouhairi forment un duo inspirant baptisé The Social Food. Pendant le confinement, ils partagent chaque jour sur leur compte Instagram des recettes aux influences nippones, comme celle des croquettes japonaises sauce tonkatsu maison. Amateurs de gastronomie asiatique, à vous de jouer.

baptiser は Donner un nom à quelqu'un ou à quelque chose
というほどの意味で

Le drame fut notre passion, car on avait baptisé de ce nom de drame,
 non-seulement les ouvrages dialogués, 
mais toutes les inventions modernes de l'imagination, 
sous le prétexte qu'elles étaient dramatiques.    
(Musset, Lettres de Dupuis et Cotonet,1836, p. 661.)    


デュプイとコトネの手紙から引用した。
ドラマこそが我々のパッションであるなぜならドラマと名付けられたのは
対話(dialogués)で作られた作品というだけでなく、想像力の現代的発見のすべてを含んでいるからであり、その発見はドラマティックであるきっかけを下敷きにしているからである。

それは ともかく
美食家Shirley Garrier と 写真家 Mathieu Zouhairiの二人は
Social Food と名付けられたInstagramのアカウントで
日本食(和食でない)を発信しはじめた。

Social Foodと彼らが名付けた理由はわからないが、
社会的な食べ物とは、人脈があってこそ成り立つ物々交換である。
(炊き出しとか配給とかは厳密に言うと含まない。)

いわゆる ”おすそわけ”というものである。
釣ってきた魚を近所に配ったり、そのお返しに畑でとれた野菜を、といった具合の関係を指すのである。
日本のムラ社会が経済の裾野の社会構造で下支えした慣習なのかもしれない。

この二人のDUOがどうして日本の食べ物に目をつけたのかは不明だが、
外出禁止令下で(Pendant le confinement)発信しはじめたこの試みに注目しようと思う。記事では日本のコロッケやとんかつソースのレシピが書かれているので興味ある人は 記事 を参照されたし。

さて、私がお店で食べたコロッケで記憶に残っている2軒のお店があるが
いずれも食べログでは、掲載保留状態である
楽万みたいな有名な店ではない。
ひとつは 白金のひまわり亭、もう一軒が、新宿三丁目の三太である。

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