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サラダ記念日

7月6日は、サラダ記念日だ。
何気ない日常を自分なりの記念日に変える。
私もぜひお手本にしたい生き方である。
自分なりの記念日を増やしていきたい。
そのわりには、制定された記念日を題材にノートを書いている。
それは、ある意味、修行であると思っているところもある。

1961年の今日、一人のミュージシャンが交通事故で命を落としている。
スコット・ラファロのクルマのトランクにそれはあった。プレスコットのサインが書かれた楓で作られたコントラバスである。木に衝突した。この事故でラファロとその幼馴染は命を落とした。楽器は?焼け焦げて散々な姿になった。

Elle était dans le coffre de la voiture de Scott LaFaro le 6 juillet 1961. Une contrebasse signée Prescott, « circa 1825 », faite en érable. Puis, l’accident : collision contre un arbre, incendie, LaFaro et un ami d’enfance tués. L’instrument ? Carbonisé et gravement endommagé.

ラファロの死後まもなく、ラファロの母親は、そのプレスコットをサム・コルシュタインに売却した。サムはそれをいつか元に戻すと約束した。約束を果たしたのは彼の息子、バリー・コルシュタインだった。何度も何度も細部まで再現するために作り直した。そしてついに生まれ変わったのだ。プレスコットは神話になった。ファンの間では魔力を持つものになった。

Peu après la mort de LaFaro, sa mère a vendu la Prescott à un luthier ami de la famille, Sam Kolstein, qui avait promis de la restaurer un jour. C’est son fils Barrie qui s’est finalement chargé de la délicate mission en 1988, redonnant du coup une deuxième (ou troisième, ou quatrième…) vie à une contrebasse devenue mythique, sorte de talisman des adeptes.
●taliseman  お守り・魔除け

ケベックのベース奏者フレディレック・アラリーによってラファロのためのトリビュートショーが開催されたりもした(2016年7月)。この楽器が復活したのである。このベースは2200万円以上もの価値があるという。
物理的特性を超えて、まさに正真正銘ラファロのコントラバスとして、そのライフストーリの価値を担っている。言い換えれば、革命を起こした楽器なのである。

Au-delà de ses caractéristiques physiques, la contrebasse de LaFaro doit une bonne partie de sa réputation à son historique de vie — et au fait qu’elle fut précisément la contrebasse de LaFaro. L’instrument de la révolution, en d’autres mots.

彼のプレーヤーとしての期間があまりにも短かった(約7年)
記事にあるが、この短命なラファロという悲劇性だけは決してない、とファンはいう。
(たしかに、彼はメトロノームのように正確に音を刻んだかもしれない。
しかし、それだけでなく彼の音色は文句なしに彼にしか出せないという人もいる。)
今日でもラファロの名は現代のベース奏者から尊敬されている。フレディレック・アラリーは「彼は絶対的に唯一の演奏者でした。すべての段階において例外的な存在でした。ラファロは”ベーシストのチャーリー・パーカー”なんです。2009年にJazzTime誌において、プロデューサーであるGeorge Klabinは次のように主張する「彼は技術的には、これまでにない方法で演奏したんです」

Car, si la carrière du contrebassiste mort à 25 ans fut évidemment courte (environ sept ans), son importance est fondamentale dans l’histoire du jazz. Encore aujourd’hui, le nom de LaFaro est vénéré par la plupart des grands contrebassistes jazz contemporains — et pour plusieurs raisons.
« Ce fut un musicien absolument unique, exceptionnel dans toutes les phases de son jeu », dit Frédéric Alarie. LaFaro fut le « Charlie Parker de la contrebasse », soutenait le producteur George Klabin en 2009 au magazine JazzTimes. « Il utilisait la contrebasse d’une manière qui ne s’était jamais vue avant, d’un point de vue technique. »

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オーネット・コールマンやスタン・ゲッツといった大物との演奏や、さらにはビル・エヴァンス トリオでの演奏を通して、ラファロは、消すことのできない痕跡を残した。それまでは、リズムを刻むだけのベースが、エヴァンスラファロモチアンのトリオからピアノとの対話、相互作用、対比が可能な楽器へと変ったのである。
チャールズ・ミンガスやレッド・ミッチェルも同様な思いをベースに込め演奏したが、変化をみせつけたのはラファロであった。
ロバート・ラフォントによるJazz辞典のラファロの項には次のようにまとめられている。
ベースはメトロノームの役割を終え、ベースが会話をするようになった

『ポートレイト・イン・ジャズ』『エクスプロレイションズ』『ワルツ・フォー・デビイ』および同日収録の『サンディ・アット・ザ・ビレッジ・バンガード』の4作は、「リバーサイド四部作」と呼ばれる。
『ワルツ・フォー・デビイ』および同日収録の『サンディ・アット・ザ・ビレッジ・バンガード』のわずか11日後の7月6日、交通事故 に見舞われるのである。

 JAZZの歴史にとって、痛ましい事故である。こうした衝撃は、人生のうちに出逢う人もいる。
 壮絶なJazzマンたちの人生、サラダ記念日のような微笑ましい日常、それらを天秤にかけることなんかできない。マーク・トゥエインがいったように、「ゆりかごから墓場まで、人が何かをするときの最優先の目的は自分んお心の平安を保つことである。これを置いてほかにはない。」
ラファロもそうだったように。
 それぞれの星を生きる人間について、これからも眺め、そして自分の星を生きていきたい。



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