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【からほりまちアート】運営形態の変遷

からほりまちアートの概要と重なるところはあるけれど、イベントの運営についての変遷まとめ。

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主催者の変遷~実行委員会へ

2001年からはじまった「からほりまちアート」のはじまりを作った人たち=「からほり倶楽部」立ちあげメンバーである。からほり倶楽部のメンバーには建築家、不動産屋、地元住民などがいた。
からほりまちアートのマップや記録集を見ると、最初3年は「主催:からほり倶楽部」になっていて、それ以降は「主催:からほりまちアート実行委員会」になっている。
実行委員会が立ちあがった、第4回の2004年頃は、からほりまちアートにとっても、からほり倶楽部にとっても変化のある年だったのかな、と想像する。その頃に空堀の路地や長屋を修景する補助金を出す「空堀地区HOPEゾーン協議会」が発足した(10年の補助機関を終え、現在は”空堀まちなみ井戸端会”として活動)
実行委員会となって、残念だったことはからほり倶楽部と乖離が起こったことで交流があまり生まれなかったことかなあと思う。アンチからほり倶楽部がいたり、実行委員長が意図的に関わらないようにしていた、というのも多少はあるけれど(って今更バラす)。私個人としては、同じ空堀のまちに関わるメンバーとして繋がっていた方がよかったんじゃないかなと今にして思う。

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